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動ける体──戻せる体と、変え続ける構え


はじめに

何かに躓いて、転びかけたとき。
疲れ切って虚空をぼんやり見つめていたとき。

ふと、身体の構えが崩れていたことに気づくことがある。
そして、人はとっさに立て直す。

この文章は、そんな**「立て直し」から始まる身体の話**です。
整えること、戻ること、変えること。
そのあわいにあるものについて考えてみます。



崩れた構えを立て直す

躓いて転びそうになったとき、
とっさに足を出して体を支える。

疲れて虚空を見つめていたとき、
呼吸を整え、視線を戻して、意識を引き直す。

こうした一連の動きは、構え直しと呼べる。
崩れた身体の状態を、自分で立て直す行為だ。

そしてこの構え直しができる身体を、ここでは戻せる体と呼ぶ。
崩れても、もう一度動き出せること。
それが、動ける体の出発点になる。


戻る前に、状況が進んでいる

ただ、現実の動きは、それほど待ってくれない。

体勢を立て直したと思ったときには、
すでに一歩先に出ていて、相手とぶつかっている。

呼吸を整えている途中で、
よろめいた先の椅子の角に肩をぶつけている。

戻ろうとしている意識より先に、
身体や状況の変化が進んでしまっている。

戻っていられる時間がない。


構えには、有効期限がある

構えとは、これから起こる何かに備える形だ。
しかし、構えた時点で、それはもう崩れ始めている。

相手の動き。
空気の流れ。
自分の集中や足裏の重さ。

どれか一つが変われば、
さっきまで通じていた構えが、次の瞬間にはもう間に合わなくなっている。

構えには、有効期限がある。


戻っているようで、選び直している

構え直しとは、まったく同じ姿勢に戻ることではない。

呼吸を整えるたび、
視線を戻すたび、
足の置き方を直すたびに、
その構えは少しずつ変わっている。

毎回、今に通じる構えを、
静かに選び直している。

戻っているようでいて、構えを選び直している。


崩れる前に、変えている

本番では、崩れてからでは遅い。
構え直す間もなく、次の動きが始まっている。

だから身体は、
崩れる前に、構えを変えている。

重心を滑らせ、
視線をずらし、
呼吸の形を変え、
次に備える。

それは反射でも、予測でもない。
今に合わせて構えを滑らせるように変えていく感覚


適応というふるまい

構え直しのつもりで、
少しずつ構えを変え続けていたのなら、

それはもう──

戻っていたのではなく、
適応していたのかもしれない。


動けるということ

動ける体とは、
崩れても構えを立て直せる体であり、
そして、崩れる前に構えを変え続けられる体でもある。

何度でも、
今に通じる形を選び直せること。

それが、動ける、ということなのだと思う。


おわりに

身体は、いつも思っているより早く変化している。
戻ろうとしたときにはもう、場のリズムも、足元の角度も変わっている。

それでも、自分の構えを取り直しながら、
変わり続けていける身体。

そういう動きの中に、
「動ける」という実感が宿るのかもしれない。

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