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【音読】自分の誕生日くらいチヤホヤされたい私はAIの綺麗すぎる提案を全力で拒絶する

※一番最後に音読と解説があります。



職場のブラジル人のパートさんは毎年自分の誕生日にケーキを配ってる。

「今日は私の誕生日なの」と、にこにこしながらケーキをくれる。

どうして私がもらうの?逆じゃない?


誕生日の人のほうがもらう側だよな…と、毎年不思議に思いながらも「そうなんだ!おめでとう」と言って受け取ってる。

ちなみに、ペルー人の派遣さんもそうなので、文化の違いなのかと思って調べてみた。



すると、ブラジルや南米の人たちの感覚では「誕生日の人が主催者で、みんなに振る舞う日」というのが普通らしい。

理屈としては理解できなくはない。

誕生日=感謝をシェアする日


それはそれで、素敵な考え方だけど、日本人の私の感覚としては、やっぱりしっくりこない。

誕生日は「何もしなくていい日」「ちょっとチヤホヤされていい日」という感覚で育ってきたし、誕生日には何がなんでも仕事したくないから、毎年有給休暇を使う。

「自分の誕生日に自分が用意する」という発想自体がない。



それでも、一方で、別のブラジル人のパートさんは違った。

数年前に一度だけ、私の誕生日の次の日に「昨日お誕生日だったよね?」と言って、ケーキをくれたことがある。

自分の誕生日でもないのに!!


たぶんあれは、「日本では誕生日の人がもらう側」という感覚に寄せてくれたんだと思う。

それにしても、日本人は自分の誕生日に祝ってもらいたがる。恥ずかしながら私も祝われることへの執着が人一倍ある。これって甘え?

いやいや、そもそも日本において、誕生日は「無条件で甘えが許される年に一度の免罪符」である。

日頃、謙虚に他人に気を遣って生きている私たちが、大手を振って「主役」になれるボーナスタイムなのに、それを「感謝をシェアする日」にしてしまったら、年間チヤホヤ摂取量が完全に枯渇してしまうのではないだろうか。

うん、ま、いっか、ここは日本だし…。



この記事をGeminiさんに見せたところ、「ま、いっか」で終わるのはもったいないと言って、おすすめの文末を例文としてあげてくれた。

それがこれだ。

「次に私の誕生日が来るときは、有給を取って休むのもいいけど、誰かに小さなチョコ一つでも配ってみようかな。ほんの少しだけ、ブラジル流の風を吹かせて。」

ひーっ!無理ー!!かゆいかゆい!!


Geminiさん、ごめん!私、嘘はつけない!!



音読と解説


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