「暖簾」の灯り
それはとてもいい暖簾だった。
劇場、つまり芝居小屋などに来る人や
はたまたその舞台に立つ人というのは、
どこか、何か、ぽっかりとした穴のようなものを抱えているんじゃないか。
いつからだろう、そのようなことを考えるようになった。
穴は、埋まったり埋められたり、
でも、完全に埋まることは(たぶん)ない。
もしかしたら、他人の力はおろか自分自身でも
ずぅっと埋めることが出来ないようなもので、
皆それを抱えていたり抱えてゆくんじゃないか。
ちょっと違う。というか、言葉がちょっと足りない。
おおきなことを言うと、
たぶん、たぶんだが、人は皆その穴を抱えている。
人間は皆、どのようなひとにもその穴がある、抱えている。
おおきかったり小さかったりはそれぞれだけど、
大人になったり、年齢を重ねたりすると、
より、気付くようになる、気付かされるそれは、
その存在はつまり穴は、誰しも皆にある。
だが、劇場、
中でも芝居小屋という場所に、
通う人びとやその舞台に立つ人は、
穴の存在をより
意識的にも無意識的にも自覚するしている人なのではないか。
そのようなことを考えるようになったのは、
自らもまた、穴についての自覚もあり、
通い続けることで、
知るひとも知らない人のそれも、
より感じるようになったからかもしれない。
とは、格好つけすぎかもだけれど。
でも、なぜかどうして、そう考えたりする。
五木ひろしの『暖簾』は
旅芝居・大衆演劇の舞踊ショーにおけるテッパン曲のひとつだ。
多くの役者によってとてもよく踊られる。
歌詞がいい? うん。なんか人生っぽいようなことを言ってるし。
ということで歌詞がええから、
踊りが少々微妙だったりアレだったりでも
ごまかせるというかごまかせる?
いい空間エモいムードをつくれる?
つまり(大変ゲスな言い方をすると)コスパがいい?
ということで、たいへんよく踊られているのだが、
でもそれはわたし曰くの「本人の力<曲の力」と思うことが少なくない。
ほとんどかもしれない。
でも、芝居小屋には、たいへんよく合うし、踊られる。
五木のあの泣き節というのだろうか泣き笑い節と声、にあの歌詞。
華やかさやにぎやかさと、
でも、なぜかでも同時にいつもずっとある侘しさや寂しさ、
あの感じが、芝居小屋ではたいへん、「効く」のだろう。
クセモノだ。
よくもわるくも、つまり、よくも。
その日観た、いや、観ることが出来た暖簾は、よかった。
少々、やはり、エモさにやられていただけかもしれない?
いや、違う。そんなこと、それだけじゃ、ない。
とは、妙に、いや、確信を持って、言う。
ああ、とてもいい暖簾だったな、とわたしは思った。
ただ曲の中に居て、自分のやり方で。
そのやり方は、たぶん、自分(本人)にしかわからない、
わかってる、かも、と思うひと(私)にも
たぶんわかりきっていないんだろう。
が、わたしにはその数分間、
それが、とても、「とても「『暖簾』だ」となった。
ただ五木の暖簾の中に居る(だけ)という訳じゃなく、
そのひとが作る空気と空間が出来て、消えて、
ああ、あーっ、『暖簾』だ、って。
殊更に主張しない。媚びない。どの曲でも「そのやり方」。
でも「なんか」「そんな」「そのような」曲を、
だったからこそ、より「力」を、感じた、気がした。
「説得力があった、歌詞の」さらりとした中に。
だから、いいなと、素直に、思ったし、
それが他ならぬ「今」だからより一層いいな、とも感じた。
〝お前らしくでいいさと今夜も酒が笑う〟
らしくって、何だろう。
その人らしい、なんて思い込みでしかないのかもしれない。
ともすれば決めつけでしかないし、
それをぶつけたり無自覚に広めたりすることは暴力ですらある気もする。
人は日々変わる、変わっていく。
いかざるを得ないしいくのが人であり生だ。
でも、その中で、でも「らしく」、
自分が自分であるところ、いいもわるいもそういったところもまた、
どのような人の中にも、あるんじゃないか。あるのだろうと、思う、笑う。
旅芝居・大衆演劇は生きること。
生きることそのことで、そのもの。
何も言えていないが、でも、漠然と、これしかないと思うようになった。
生きてきたこと、生きてゆくこと、生きていることのかなしさだったり、
でも、やはり、おもろさだったり。
そのそれぞれのやり方に、
生き方に、滲むものに、引き寄せられることや人も居て、
でもそれぞれの人生が(も)あって、皆、皆、生きている。
芝居小屋って、劇場って、やはり生きること生きている場所だ。
熱や高揚とひたひたとした冷静さの両方に満ちた、不思議で面白い場所だ。
生きているそのものそのことみたいな生や熱のにおいもするそれは、
同じものはひとつもないひとりも居ない、舞台であり、人間そのもの。
だからわたしもあなたも芝居小屋に劇場に足を運ぶのだろう。
穴を抱えながらも日々生きる皆は、だから、
この灯りと熱に魅了され芝居小屋に劇場に足を運ぶのだろう。
そのようなことを感じ、考え、ふわりと笑う。

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ライター/エッセイスト/構成作家の
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