見出し画像

【失言考】No.70:幸運を待つか、戦略を練り直すか~フィッツジェラルドから学ぶ停滞から抜け出す方法

失言考とは

人は誰しも、意図せず、あるいは不用意に言葉を滑らせてしまうもの。
特に、公の立場にある人物の発言は、時に大きな波紋を呼び、その後の人生や歴史の流れを変えることもあります。
失言考は、偉人や著名人が残した失言をひとつずつ取り上げ、その背景、当時の状況や影響、そして、その失言からの学びや教訓などを掘り下げていく大人の学びなおしコンテンツです。


本日の失言

僕に必要なのは、新しい物語じゃない。
ただ、新しい幸運だ。

"I don't need a new story; I just need a new stroke of luck."

この言葉は、『グレート・ギャツビー』で一世を風靡し、狂騒の1920年代を象徴するアメリカの作家、F・スコット・フィッツジェラルドが晩年に残した悲痛な叫びです。

フィッツジェラルドのプロフィール

https://ja.wikipedia.org/wiki/F%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%89

フィッツジェラルドは、1896年、ミネソタ州生まれ。
23歳でデビュー作がベストセラーとなり、時代の寵児となりました。
美しい妻ゼルダとともに贅沢三昧の生活を送り、ジャズ・エイジの旗手と呼ばれましたが、その栄光は長くは続きませんでした。

  • 生没:1899年~1940年(44歳没)

  • 出身地:アメリカ合衆国 ミネソタ州

  • 主な経歴:作家、ハリウッド脚本家

  • 功績:20世紀アメリカ文学を代表する作家。
    失われた世代(ロスト・ジェネレーション)の代弁者であり、若者の虚無感と希望を鮮やかに描き出しました。

フィッツジェラルドは、繊細な感性と鋭い観察眼を持っていましたが、一時の成功に慢心し、自己管理や金銭感覚が麻痺していく脆さも抱えていました。

失言の背景とメッセージの核心

この言葉がつぶやかれたのは、彼が、過去の人になりつつあった1930年代後半でした。
世界大恐慌によってアメリカの華やかな空気は一変。
最愛の妻ゼルダは精神を病んで入院し、彼自身もアルコール依存症と膨大な借金に苦しんでいました。
かつての人気作家は、ハリウッドの雇われ脚本家として小銭を稼ぐという、不遇な毎日を送っていました。

【失言のエピソード】

彼は、ハリウッドの下請け仕事に翻弄され、書きたいものが認められない苦しみの中で、自分の才能が枯渇したことを認めませんでした。
新しい小説のプロットを練る気力を失い、酒を飲んでは、知人に「自分は実力はあるのに、運が回ってこない」と愚痴を漏らしていました。
この言葉の裏には、「自分は特別な存在であるはずだ」という強烈な自負(過信)と、「なぜハリウッドは自分を認めてくれないのか」という猜疑心が混ざり合っていました。
彼は、物語を書く(=自ら道を切り拓く)という作家の本分を横に置いて、ただ、天から降ってくる幸運に依存してしまいました。

失言がもたらしたもの


運が悪いだけだという考えは、彼から戦略を練り直すという選択肢を奪いました。
市場が何を求めているのか、自分の文体はどうアップデートすべきか、といったリサーチを運の一言で片付けてしまったのです。
環境のせいにしている間は、その環境を自力で変えるエネルギーさえも失われていきます。
彼を支えた編集者たちも、現実を見ようとしない彼に距離を置くようになっていきました。

もしも、あの時、こうしていたら

フィッツジェラルドの過ちは、過去の成功体験から抜け出せず、現状を客観視できなかったことにあります。

  • 自分の現在地を確認する
    かつての成功者という看板を下ろし、今の自分が市場のどの位置にいるのかを冷静に把握するべきでした。

  • リサーチする
    目の前のユーザーがどのようなニーズを抱えているのかを、しっかりリサーチしていたら、新たな成功の種が見つけられたのかもしれません。

  • 戦略と向きあう
    一発逆転の幸運を待つのではなく、今の自分にできる「1%の改善」を積み重ねる。
    それが幸運を引き寄せる戦略となるのです。

失言が導く教訓

フィッツジェラルドの悲劇は、私たちに次の教訓を教えてくれます。

  • 幸運は待つものではなく設計するもの
    運が悪いと感じる時の多くは、実は、準備不足や戦略ミスが隠れているものです。

  • 環境のせいにすることの代償
    不遇を環境のせいにした瞬間、私たちは自分の人生の主導権を放棄することになります。

  • 調べてやり直す謙虚さ
    真の謙虚さとは、目の前の現状を調べ、そして真摯に受け入れ、そこから泥臭く行動を始めることにあります。

私の迷言

幸運は、行動と機会が重なった場所にしか生まれない。
そして、機会は探さなければ見つからない。
機会を探して行動する。
それが戦略である。

運がないと嘆く前に、機会を探し、泥臭く調べたでしょうか?
そして、見つけたチャンスを活かすための小さな行動を積み上げたでしょうか?
戦略とは、「不確かな未来に対して、自らの手で幸運を掴み取りにいく」という「意志」そのものなのですね。
まさに、己に言い聞かせる失言考となりました。

本日も素敵な一日をお過ごしください。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。

おすすめコンテンツ

※ご注意
こちらは、Wikipediaなどのインターネット情報と著者の個人的解釈を組み合わせたコンテンツです。
誤った情報が含まれている可能性もありますので、あらかじめご了承ください。

いいなと思ったら応援しよう!

ススメ@マーケター よろしければサポートをお願いします。