効率ばかり求めていたら、先生に泣きついてた
「できるようになる」ってなんだ? シリーズの3回目です。
前回は、「できた!」と感じた瞬間の感覚について深掘りしました。今回は、練習の「量と質」について、わたしなりの考えを綴っていきます。
新しく何かを始めた人や、停滞感を感じている人にとって、ちょっとでもヒントになれば嬉しいです。
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練習の「量」なのか「質」なのか問題って、ずーっと語られる永遠のテーマですよね。
わたしはこれに対して、自分の練習と人に教えることの両面を見てきて、ある程度「こんな感じかな〜?」っていう自分なりの解がようやく見えてきたところです。
ここまで来るのにいろいろ…振り返ると「オハズカシイ…」って思うようなことも、やってきたわけですが。それがあっての今なので、今回は少しだけ、そのお話をさせてください。
社会人は「時短」が命!
まず大前提として…わたしは勉強もそこそこに、ギターに没頭する学生生活を送っておりました。
つまり、弾きたいと思えば、いつでも弾ける状態にありました。チャレンジしたい曲はどんどん練習したし、じっくりと向き合う時間も取れていたんです。
ところが、就職して状況は一変しました。大学を卒業する頃はまだ、たとえ残業があったとしても、続けたいという気持ちさえあれば練習時間くらい取れるだろうと、高を括っていたのですが…
現実は、脳みその残量がほぼゼロ状態での帰宅。練習どころではありませんでした。平日は、朝に無理くり絞り出した出勤前30分が限界。
学生時代とは、まったく環境が変わってしまいました。あんなにいつでも弾けたのに…時間があるのに練習できないってどういうことだ!
さらに…社会人になると、日常的にこんなことを言われがちなんですよね(笑)
「効率よくやれ」
「ちゃんと考えてから聞きに来い」
馬鹿正直に、わたしの中に新たな価値観がインストールされたんです。
短い時間の中で、いかに効率よく練習するか。必要とされるのは「量」じゃなくて「質」。無駄なく質の高い練習をするのが、賢い大人の練習法なんだ、と。
そんな「効率信仰」みたいなものが芽生えたんです。
楽器を持たないギターレッスン
効率よく練習するための手段として、専門家の力を借りることが選択肢に入ってきました。
ほぼ毎週日曜日、90分ガッツリ。教室に通うことにしたんです。(ギターの先生になろうなんて、まだ1ミリも思ってない頃の話です)
ひょっとしたら、先生に習えばそれだけで上手くなれると思っていたのかもしれません。
当時のわたしは「なんでも弾けるようになりたい」という感じだったので、演奏を補強するため、ジャズを題材に音楽理論メインのレッスンを受けました。
そのレッスン、今考えるとスゴかったな…と思うのが、ギターを弾いてるよりも、楽曲分析でノートを書いてる時間の方が長いんですよ。ギターのレッスンなのに!
自分のギターを持って行ったのに、場所をカフェに移してずっとノートに書く…なんて日もありました。コーヒーは先生に奢ってもらいましたけども笑
でもこれが、ものすっごく楽しかったんですよね。
ただただ耳から入って、感じることしかできなかった音楽が、美しく数学的に整理されて、頭で理解できる気持ちよさ。
自分が知らなかった世界の扉が開いて、知的好奇心を刺激される感覚。脳みそが喜んでる。
正直…このレッスン、満足度めっちゃ高かったんです。「何も弾いてないけど上手くなった」錯覚にさえ陥っていました。
この感覚って、アレに近くないですか?
ビジネス書です。
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このシリーズは、第5話まで続く予定です。わたしの中でアップデートがあればさらに増えるかもしれません。
気になる方は、お好みの形で続きをお楽しみいただけたら嬉しいです。
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「できるようになる」ってなんだ?
「知ってる→できる」の間にあるものは、一体なんなのか。「できるようになる」って、どういうこと? 演奏、イラスト、文章など、さまざまな表現を…
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