知ってるのに、できない…これってチャンスなんじゃない?
わたしがめ〜ちゃくちゃ生意気だった、小学生の頃。「知ってる」ことが、なにより偉いと思ってたんです。
だって、知ってればテストでいい点が取れるし、大人からも褒められるし。クイズ番組だって、知ってる人が勝つ世界じゃないですか。
だから小もなかは、まわりが知らないことを先に知ってると、「ドヤァ!!」って感じだったんですよ…ほんとに。
いや〜。お恥ずかしい話です。いまは、心の底からこう叫びたい!
知ってるがなんだ〜〜!!!!
…とはいえ、当時は仕方ない。だって、そーゆー育てられ方をしたんだもん!(開き直り)
もちろん「知ってること」自体が悪いってわけじゃありません。知識があるから、できることの幅も広がるし、危険を回避することだってできる。
だけど、知識だけで止まってしまったら、それはまだ、自分のものにはなってないんですよね。
いまや「知ってるだけ」なら、AIでもできちゃう時代ですからね。まあ、不文律を取り仕切るお局とかは、さすがにまだ無理かもしれないけど(笑)それはさておき…
だからこそ、わたしたち人間が大切にしたいのは、「知ってる」の先にある「できた」の感覚なんじゃないかなーと、つくづく思うんです。
最近、太鼓のレッスンで、おもしろい体験をしました。わたしは太鼓歴2年そこそこのレベルですが、一応、楽器演奏としてはその10倍ぐらいギターをやってまして。
楽器は違えど「リズム」という共通の軸がある。だから、頭の中では「ここで音が鳴ればOK」って、ちゃんとわかってるんです。それも、結構な解像度で。
…わかってるんですけどね。
太鼓だと、その通りにからだが動いてくれないんです。
鳴ってほしいタイミングで、音が出せない(わかってるのに、めっちゃ悔しい!)ギターなら絶対にできることが、太鼓ではできない。そこには、太鼓専用のコントロール方法があるからなんです。
わたしには、まだそれが身についていない。まさに、「知ってるだけじゃ、できない」っていうのを体感したんです。
…これ、実は「できるようになる」の重要なヒントが隠れてて。
できないって思ってるだけだと、何を練習したらいいのか、わからないんです。このケースの場合、「知ってる、けどできない」→「太鼓専用のコントロール方法があるんだ!」って気付けているから、次のアクションが明確。「できるようになる」に一歩近づいています。
わたしはこれまで、演奏、イラスト、文章など、いろんな表現を「できるようになる」努力をしてきました。演奏に関しては、教える立場でもあります。
その体験すべてを通しても、思うんです。
「知ってるのに、できない」って感覚を持てる人って、結構いいところにいるんじゃないか?って。
たぶん、習得の入り口にちゃんと立てた証拠なんじゃないかって。
そんな実体験から、「できるようになる」って、なんだ?というテーマでお話ししていこうと思いました。
…ですが、これを語り出したら、わたし自身が通ってきたエピソード、生徒さんとのやりとり…いろいろ出てきてちょっと長くなりそうなので…一旦、今日はここまで。
「知ってる→できる」の間にあるものは、一体なんなのか…わたしなりの考えを、いろんな角度から掘っていきたいと思います!
▼第2話へつづく
「できない」状態から「できるようになる」瞬間について、深掘りしていきます!
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「できるようになる」ってなんだ?
「知ってる→できる」の間にあるものは、一体なんなのか。「できるようになる」って、どういうこと? 演奏、イラスト、文章など、さまざまな表現を…
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