教室で孤立した「ルール警察女子」が10年後の同窓会で体罰教師を許すまで。【創作大賞2026】
テレビドラマを見る時に主人公がピンチになるシーンを見ることが出来ない。
それまでの展開は楽しんでいたし、なんなら結末だって知りたいと思っている。
が、主人公が周囲の人に誤解されてり、責められるシーンだけが本当に苦手で家族とドラマを観ていて件のシーンに差し掛かるといたたまれない気持ちになってトイレに逃げ込んだりしてしまうのだ。
幼い頃からずっと自分じゃない誰かが叱責されるシーンが苦手だった。
小学5年生の時の担任教師は、怒ると手が付けられなくなるタイプだった。見た目はかなりワイルドでサングラスのような色眼鏡をつけ、昭和の石原軍団にいそうなタイプだった。
授業を妨害するような雑談やおふざけをする生徒がいると教卓を蹴り飛ばし、該当生徒の机も蹴り倒した。給食時であれば牛乳パックを運ぶためのケースを手で机から滑り落とした。家庭でも聞くことがほとんどない怒号に私は毎日怯えた。
今から30年も前、不登校というワードはほとんど耳にしたことがなかった。子供はどんなにいやでも学校に行くことが当たり前だった。少なくとも私にとっては。
親が共働きだったこともあったが、担任が怖いからと言って学校を休むという発想がなかった。
現代で発生したら一発で問題になるだろう担任のブチ切れタイムはまるで避けることは出来ない災害のようだった。
6年生になった。私の学校は担任が2年ごとに変わるシステムだったので相変わらず同じ教師が授業中キレ散らかしていた。私はクラスの学級委員になった。人望があったわけではない。やりたい人がいなかったのだ。
この文章を書いていて思い出したが、クラスの係を決める学級会でさえ、いつ担任教師がキレるかわからなくて早く終わらせたかったのだ。学級会で議論が進まず煮詰まった空気が流れるくらいなら立候補してしまえばいいと思った。
そんな消極的な流れで手にした学級委員という役職だったが、それがささやかな武器を持つことに私は気がついた。
授業中、教師がブチ切れる前に学級委員である私が騒ぎを起こしそうな男子生徒を睨みつける大義名分が出来たのだ。男子生徒がTPOを弁えない振る舞いをした時、そちらを見てギッと睨む。「お前、学級委員が見てるんだからやめろよ~」と何となくその場が落ち着くのだ。
担任がキレるのを阻止したかったのだ。
その代償に、私は友人を失っていた。
小学校の卒業式もその後の祝賀会という名の打ち上げも別れを惜しむ友人はいなかった。
もちろん学級委員云々のことがなくてもただ単にコミュ障すぎて友人がいなかった可能性は否めないが、勝手にクラスのお目付け役のような、今でいうルール警察女子でありながら同時に他の子ども達とも馴染めるようなポジショニングは難しく、孤立したまま卒業した。
大学2年生の夏休み、帰省していた私に小学校の同窓会の連絡がきた(勿論ハガキで一斉連絡だったため私が誰かに誘われたわけではない)。
その時、私は小学校中学校高校とずっと巨漢でいた頃から20kgのダイエットに成功しておりはっきりいって調子に乗っていた。同窓会であの頃の私と全く違うイメージで現れたら参加者を驚き、当時の自分が少しでも報われるのではないかと思い、参加を決めた。
そこには、あの担任教師も招かれていた。
宴会場の端から見る先生は変わってなかった。
あの頃から10年近く経っているのにも関わらず見た目から受ける印象はほとんど同じで、ただ少し小さくなっていた。
元々小柄なタイプではあったが、生徒だった私達が更に小さかった上に教室で対峙する大人は先生だけだったのでサイズ感がよく分からなかったのだなと思った。
そして当時先生をキレさせていた生徒たちは、笑顔で先生を迎え、老いた先生に気遣い、楽しく酒を酌み交わせる大人に成長していた。先生はその輪の中でご機嫌に酒を飲み、話をして楽しそうだった。
私は先生の隣に移動した。
あの頃、あれは酷かったですよと嫌味のひとつでも言ってやりたかったのだ。
お久しぶりです~。おお、アンナ今どこの学校いってるんだ?などという当たり障りのない話が続いた後、先生がおもむろに言い出した。
「お前たちにはほんとすまないことした。あの頃したことは許されることではなかった…」
私は、ヒュッと息を飲んだ。
先生は小学校を退職したあと、地域の様々な事情で学校に行けない子供たちのために個人塾をやっていた。様々な子達と出会い、時代が流れ、先生は私達にしていたことがどんなことだったのかを。そしてあの時は間違っていたということを考え後悔していたのだった。
私は成熟仕切った大人でも変わることができることを知った。
先生が蹴り飛ばしていた机の光景、私が毎日感じていた恐怖。私の中でその記憶がなかったことになるわけではない。先生は教育者としても人としても当時は間違っていたし、許されることではない。
でも人は変わることが出来る。
「お前にも……苦労かけたな」
私が教室の片隅でピリピリと神経を尖らせてたことには、先生は全く気がついていなかったと思う。
私個人の苦しみには気がついていなくとも、あのクラスの生徒に苦労をかけたと先生は後に振り返ってずっと思っていたのだ。まぁ当時、生徒の苦しみに気がついていたとても先生は行動を改められなかったかもなって今では思うけれど。
過去はもう選べない。今とこれからは選べる。先生も当時は選べなかった道を後悔しながら歩いてきたのだ。
私は先生を許すことにした。
謝罪を受けたからじゃない。人は変われるということを目の前で見ることができたからだ。旧友達とろくに話せなかったけれど(当時友達じゃなかったんだから久しぶりに会ったからと言って友達にはなれないのだ。)同窓会に行って良かったなと思った。
今日もテレビでは主人公が必要以上に責められている。夫がそういうドラマが好きなのかもしれない。主人公が逆境を乗り越えるような。
「ちょっとお手洗い……」
「え?今いいとこなのに?」
そそくさと退室する私に夫が不思議そうに投げかける。
まだドラマで主人公がピンチになるシーンは苦手なままだ。けれどそれは幼かった頃の私が精一杯戦っていた証なのだと私は知っている。
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