ルーツ旅【京都・山城地域⑪後日談】曽祖父の本に書かれていた「6年後の偶然」
数週間後、W町を案内してくれた西条さんから連絡がありました。曽祖父の本の一部を解読したというのです。
本の内容は、全て流れるような筆文字(草書体)で書かれていて、私には読むことができません。西条さんが古文書サークルに所属していると聞いて、ぜひ一部だけでも解読してもらえないかとお願いしたのです。
▼曽祖父の短歌を現代語になおす
本は、縦16センチ・横11センチと小さめで、手帳サイズです(表紙を開けると曽祖父の写真が貼ってあります)。

次のページを開くと、タイトルに、「宣戦詔勅 16年12月8日」と書いてありました。書道を習っている人なら、本文をスラスラ読めるかもしれませんが、私にはさっぱりです。

西条さんが、これを現代の文字に直してくれました。

ちょっと見にくいので、書き起こしてみましょう。
宣戦詔勅十六年十二月八日
過きし日の霜月八日
事おこり今年今日
きく戦(いくさ) 御詔(みことのり)
英米の永きたくみも
時めくり鉾(ほこ)も交ゆる
今日の八日と
過きし日の事の破れも
八日にと数うれば
六とせ(歳)経ぬらむ
世の中の凡て
悉ことごと荒れになむ
前つつに
神や知らさる
▼あれから6年後に始まった、もう1つの戦争
おそらく、この歌の意味は、こんな感じでしょう。
過去の12月8日にあの事件が起き、そして今年の12月8日、戦争の詔勅を聞いた。
英米のたくらみから長い時間がたち、ついに日本が戦争を始めるのが今日の8日とは。
昔、あの事件で敗れたのも8日だったなあと指折り数えてみれば、あれから6年がたったのか。
世の中のすべては荒れてしまった。こうなることを、ずっと前から神様はご存じだったのだろうか。
西条さんが言いました。
「どうも意味がよくわからないな。いったい何から6年たったんでしょうね?」
私は、興奮を隠しきれませんでした。
「この歌に書いてある昭和16年12月8日は、真珠湾攻撃のあった日で、英米との開戦記念日です。でもそれだけじゃなくて、その6年前の同じ日に、第二次A教事件が起きたんですよ!」
▼曽祖父が本当に伝えたかったこと
昭和10年12月8日、当局は治安維持法を適用し、A教の弾圧を始めました。A教の指導者を含め約1000名を検挙し、京都府西部にあった本部の施設だけでなく、W村にあった曽祖父の神殿も破壊しました。
しかし、まさか太平洋戦争が始まったのと、A教の弾圧事件が同じ日だったとは、それまで気づきませんでした(日本史に詳しい人なら、気づいたかもしれませんね)。
曽祖父は、おそらくラジオで、天皇陛下が英米との開戦について告げるのを聞いて、こう思ったのでしょう。
「ついに、英米と開戦したのか……これから一体、日本はどうなってしまうんだろう。ちょうど6年前、A教の弾圧事件で、私は何もかもを失った。こんな風に世の中が荒れ果ててしまうことを、神様はずっと前からご存じだったのだろうか」
曽祖父があの家系図を作り始めたのは、この弾圧事件から9か月後のことです。きっと、限りない絶望と神への不信感を抱き、自分の足元を立て直し、自尊心を回復するためにも、偉大な先祖とのつながりを見出す必要があったのではないでしょうか。
今回、私が家系調査を始めることになったのは、「ご先祖様は大和の戦国大名・筒井順慶」という曽祖父の作った家系図を裏付けようと思ったからで、まさに曽祖父の導きによるものでした。
でも、もしかしたら、曽祖父が本当に知ってほしかったのは、大和の筒井氏のことではなく、A教事件のことと、それがうちの一族にもたらした影響についてではないか。そんな気がしてきました。
▼それでも、遠い過去への探求は続く
そうはいっても、成り行き上(?)、大和の筒井氏のことを調査しないわけにはいきません。せっかく調べたのだから、ぜひ書いてみたい。
大和の戦国大名であった筒井順慶とその一族は、いったいどんな人々で、何をしたのか。そして、その後どうなったのか。次の新シリーズでは、それらについてお伝えしたいと思います(もちろん私のルーツ探しの続きも)。
★今回の見出し画像は、クロノツカヤさんの撮影された写真です。どうもありがとうございます。
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サポートありがとうございます! 近々、家系図のよくわからない部分を業者さんに現代語訳してもらおうと考えているので、サポートはその費用にあてさせていただきます。現代語訳はこのnoteで公開しますので、どうぞご期待ください。