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金木犀と君影草の庭

※これは小説です。

 
 桜も散って、もうすぐ四月が終わろうとする頃、私は実家に帰ってきていた。
 最近、恋人と別れたばかりの私はそれを引きずっていたが、それとは別の悲しい知らせが届いた。祖母が家で倒れ、亡くなったのだ。
 先日、祖母の葬式を終え、今日は一階の祖母の部屋で遺品整理をしていた。その作業の途中で、アルバムを見つけた。
 私は手を止めてアルバムを開くと、そこには祖母の若い頃の写真や、結婚してからの家族との写真が残っていた。そして、アルバムと一緒に棚にしまわれていた日記に手を伸ばし、表紙を捲る。わずかに知っている匂いがした。
「これ、金木犀?」
 棚の中には匂い袋も入っていた。たぶん、そのせいだろう。
 私は窓の外の庭へ視線を向ける。
 庭には一本の金木犀が植わっている。今は季節外れだから、香ってはこない。
 私は再び日記に視線を落とした。日記帳ではあるけれど、一日一日を綴ったものではなく、亡くなる前に書き残したもののようだった。
 人の日記を勝手に読むことへの罪悪感は多少あったが、それよりも亡くなる前に祖母が何を思っていたのか気になり、私は文字を追っていった。

 私には大切な幼馴染みがいた。幼い頃、金木犀が香る秋に、近所に引っ越してきた男の子。彼の家の生け垣には金木犀が植わっていて、彼の家の前を通る度に、その香りを感じていた。
 彼とは保育園から小学校、中学、高校と同じで、友人関係や学校の部活などでだんだん彼と一緒にいる時間は減ったけど、それでも仲は良く、私の初恋は彼だった。
「果穂」
 彼が私の名前を呼んでくれる度に、私は心臓が高鳴った。
 しかし、彼は事故に遭ってしまった。それは、彼も私と同じ気持ちだったと知って付き合い始めた三ヶ月後で、金木犀が散って香りがしなくなってきた頃だった。
 飲酒運転の車にはねられた事故。彼は帰らぬ人となって、私はたくさん泣いた。次に出かけるときはこれをしよう、あそこへ行こうと一緒に話して、楽しみにしていたのに。
 それも、もう出来ない。彼には二度と会えない。その年から数年間、秋に金木犀の香りを感じると、私の胸は締め付けられた。楽しい思い出もあったはずなのに、悲しみばかりが胸を占めていた。
 それが続いた社会人二年目の年。私は夫に出会った。仕事を通じての出会いだった。ずっと独りだったけれど、彼には自然と惹かれていって、結婚も考えられる人だった。
 彼とは、植物園や庭園といったところへ花の観賞に行くこともあった。ただ、それでも秋に金木犀の香りを感じられるような場所へは、なるべく避けていた。
 そして、そのまま私は夫と結婚した。
 夫の実家であるこの家に移り住み始めたとき、庭に金木犀があることに気付いた。生け垣ではなくて、木が一本植わっているものだったけど、秋になればちゃんと香ってくる。義母が好きなようで、香り袋まで私にくれた。昔ほどではなくなったけど、私は金木犀の季節になる度に、少し心がざわついていた。
 息子が小学生に上がった年。私の誕生日に夫は鉢植えをプレゼントしてくれた。君影草だと言って微笑みながらわたしてくれたものは、鈴蘭だった。
「鈴蘭は谷間の百合と言われるけど、君影草っていう別名もあるんだ。外国じゃあ、五月一日に相手の幸せを願って、鈴蘭を送る風習があるらしくて。庭にはないし、こういう小さな花も果穂は好きかなと思って」
 金木犀とは違う、白くて控えめな香りの花。でも、一つの茎にいくつも連なるその花は、とても可愛らしいと思った。
 彼に言われたことを調べてみたら、たしかに外国では大切な人に鈴蘭を送るという風習があり、鈴蘭の花言葉の一つに、「再び幸せが訪れる」というものがあった。それを知って、私は夫がくれた今の幸せを改めて感じた。
 そして、その年の秋から、私にとって金木犀の香りは楽しかった思い出の一つになり、義母がくれた香り袋も、袋から取り出して香りを楽しめるようになった。
 季節は過ぎていくけど、今年も控えめながら、私の誕生日にはあの白くて可愛らしい花が咲くかな。
 鈴蘭が咲く度に、私は夫の笑顔を思い出し、夫がくれた幸せを感じている。

 私は祖母の日記を閉じた。そして、アルバムや匂い袋と一緒に棚にしまった。
 もう一度、庭に視線を向ける。祖母の誕生日は過ぎたが、鉢植えの鈴蘭はまだいくつか咲いていた。
 生前の祖母を思い出し、私は喪失の先にも幸せはあるのだと気付いた。


                              ー了ー

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