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義務リストとウィッシュリストの魔合体を解除する方法

ウィッシュリスト三部作+αを書いたことで、急に「なんで私がこんなに混乱していたのか分かった!」「書こう書こうと思って書けなくて、でもちょっと泣きながら書いてみたら、本当に心の奥にあった欲しいもの(願い)が見えた気がした」と、大きな変化を感じたというご報告をぽつぽつと頂いています。

ウィッシュリストって、とても簡単な事で、失敗もなく、ただただ無責任に楽しい上に、ちゃんと書けば効果があるとてもよいもの、という認識でこれまでやっていたのですが、ウィッシュリストさえ自由にかけないくらい心が不自由になってしまっている人が、実は少なくなかったのだなということがどんどんわかってきました。

それもうまくやってて、お子さんも立派に育っていい人生っぽい人、キラキラと毎日楽しそうな人、愚痴や文句は多いけどセンスがあってなんやかんやでお金もある幸せそうな人、という人たちも、そういう思いが心の中に石のように重く硬くあるようでした。

今回のnoteは、その中でも見えない敵である「義務リスト」について、詳しく書きたいと思います。

まずは、こちらのウィッシュリスト有料note三部作をお読みください。


そして、今回のテーマになるのは、追加で書いたこちらの記事にある内容、「義務リスト」です。



「やりたい!」と「やらなきゃー…」

ウィッシュリストに混じりがちなのは、まず1作目に書いたように、ToDoリストが一番混じりやすいです。

別に混じっても構わないのですが、そのせいで混乱を起こしている人が結構いるので、混乱している人はToDoリストとウィッシュリストは分けた方がいいです。

ウィッシュリストも、言ってしまうと「やること」ではあるので、最終的にはToDoリストになります。だからといって最初から一緒くたにしちゃうと、ダメなのです。
理由は1作目を読んで頂きたいのですが、簡単に言うとToDoリストはやるべきことで、ウィッシュリストはやりたいけどやれない事です。やれないことをやるべき事として同じリストに入れてしまうと、『がんばったところで結局はできもしないリスト』が出来上がります。

できもしないことを混ぜたやる事リストは、すごい罰ゲームみたいなもので、いじめみたいな感じになってしまいます。
「コンビニで万引きしてこいよー」と言われても普通はできないし、やりたくないです。怖いし犯罪だし、めっちゃ怒られるし……つまりできない事です。なのに、「はい、今日のやる事(ToDo)ね!」と言われたものの中に「コンビニで万引きする」って入っていたら、すごい苦しくて嫌でつらい気持ちになると思います。

万引きという明らかに犯罪で、怖くてやりたくない事であるなら、「そんなことやりません!」って思えます。
でも、そうではなくて、いつか、いずれやりたいな、今はできないけどやってみたいな、ということだったら?
ここがトラップです。

結局できないという意味では、万引きと同じことなのですが、いつかやりたいと思っていることが混じると、前向きな気持ちに引っ張られて「できない」が見えなくなってしまいます。でも現実問題、できません。

つまり、ウィッシュリストが混じると、できもしないToDoリストを作ることになってしまうのです。

ToDoリストにウィッシュを入れておくと「いつかこれ絶対やるぞ!」って前向きな気持ちになってToDoリストに火が入るような感覚があるなら、それはいいリストになるのですが、「今は無理、やれるあてもないのに」という状態でやる事リスト=ToDoリストに入れられると、できもしないという意味では、「万引きしてこいよ」というものと同じ効果が発揮されてしまいます。

ToDoリスト=やらなきゃー

ウィッシュリスト=やりたい!(できないけど)

ここを混ぜることで、やらなきゃーがやる気につながってがんばれる人はいいのですが、むしろストレスになって混乱している人はうまく使えていません。
やりたい!は楽しそうだからいいのでは?と思うかもしれませんが、ここも「結局できてない(ガッカリ)」というストレスになります。

なので、「やらなきゃー」と「やりたい!(今はすぐにできないけど)」を分けることが大事です。

まず「できなくてもやりたいことを書き出していい」という事がわかってない人が結構います。ここは第一のつまづきポイントです。
それを乗り越えて、「できなくても好きなもの、やりたいことがあっていいんだ!(当たり前じゃん)」という気持ちでウィッシュリストを書いていいんだという許可(許し、認める、肯定、受容etc)が起きることで、いろんなことがスッと落ち着く人も多いです。
できなくてもやりたいという気持ちはあっていいんですよ、当たり前です。

そして「やりたい!」が出せるようになっても、「やらなきゃー」は消えるわけではないです。

だから日常はやらなきゃいけないToDoであふれています。
それは、未来の範囲にも次々に発生しています。寒くなったら冬服を出す、冬のタイヤにする、等々、まだ寒くないうちから未来にやるToDoはたくさんあります。

そしてそれは未来のことなので、「今じゃない」という認識から、うっかりウィッシュリストと混同されることがよくあります。
なのでウィッシュリストとToDoリストは混じりやすいものなのです。

ですが、ToDoリストはウィッシュリストから外しやすいです。
「これはやる事であって、別にやりたいことじゃない」とすぐにわかります。
ところが、ToDoリストをはずしても残る、別にやりたいことじゃないけど「やらなきゃー」領域のものが残ってしまう事があります。

もうなんとなくわかっているかと思いますが、それが義務リストです。

義務リストも「やらなきゃー」です。
ただ、今日明日ということではないです。もっと長いスパンで、常にじんわりずっとつきまとっています。

この「やらなきゃー」感の扱いは、とてもとても、要注意ポイントです。

無味無臭の劇薬・義務リストの存在

まず、そもそも自分が義務リストを持っているかどうかについて、無自覚な人がすごく多いです。
義務リストをウィッシュリストだと勘違いしているくらいですから、すごい無自覚です。

この無自覚さが全てを狂わせているのですが、まず、ご自身の義務リストについて整えていきましょう。
義務リストを持っている事すら気が付いていないのですから。

ウィッシュリストを書いてもワクワクしないという人は、大体義務リストを書いています。
そうあらねばならない、そうあれば私は幸せになれる、みたいな覚悟のにじんだ願いがあれば、大体それは義務です。
あなたが勝手に自分の義務だと信じ込んでいるものです。

義務にもいろいろあります。
信号をきちんと守る、というのも義務です。
それは法律だから守っている人もいれば、交通事故を防ぐために守っている人もいます。別に理由とかないけど守っている人もいます。守らないと怒られるから守っている人もいます。理由はひとそれぞれなのです。

いざ書き出せと言われても、ちょっと無理だと思います。
それくらい、人は地味に、無自覚に、義務を心に持っていて、自分の価値観や判断と一体化しているものだからです。ほぼ無味無臭の存在です。

なので、すでに書いたワクワクしないウィッシュリストを見て、その中から「これは義務では?」というものにマークをつけていくという方法が一番手っ取り早い上に、非常に的確にあぶり出せると思います。

(ですから、とりあえず一回か二回はなんか無理って思いながらもちゃんと文字にして言葉でウィッシュリストを書いてください。ここはもう、無理でもがんばって書いてください!!)

義務はいろいろあります。
大体、親孝行しなくては、みたいなのが絡んでくる人は多いです。
お金がないといけない、というのも、結構義務な場合もあります。
お金と同様に、仕事をしていないといけない、という義務もあります。
それから、結婚しなくてはというやつも。ただ結婚するというだけじゃなくて、地元に住むとか、こういう人じゃないとダメとか、なにかこう、すごく「こうあらねばならない」という義務感がまとわりついているやつです。
子供についても、そういうのがあるかと思います。
そして、立派な女として、社会人として、40代になったら、50代の女なら、みたいな年齢や立場に関わるもの。ここら辺もわかりやすくあります。

なにせあり過ぎて、無味無臭の空気のようにそこら辺にありまくるのです。

だけど義務は悪いものではない

そもそもですが、義務があることは、全然悪い事じゃないです。
むしろ、立派な事である場合が多いです。

大人として正しい振る舞いができるようになっていたい、というのは、尊敬すべき心がけでしょう。
それを義務と思い定めて精進するのは、やはり大人らしい責任感に溢れた姿だと思います。
だから、それ自体は、なにも悪い事ではなく、むしろ良い事も多いのです。

が、なぜか、悪い方にその義務が働いている事があります。

この悪い作用をやめさせるために、よく見かけるスピ系や夢を叶える系であるのが「ワクワクしない願いは入れちゃダメ!」という、排除スタイルです。
でも、排除すると、なんにも残らない人がいつも泣きそうな顔をしていますし、今まで必死に守ってきたものが全部無駄だったというのは受け入れがたい事です。結局、ワクワクする事なんかひとつもないダサい低賃金人生に無気力に戻っていくか、急に仕事をやめていろいろはき違えた自由な生き方ごっこをはじめてすぐに潰れるか、そんな事が散見されています。
つまり、ただ排除するのは、いまいちうまくいかないようなのです。

ですから、ここでは、義務をぶっ壊せー!自由だーーー!と暴動を起こすのではなく、義務は義務として適切に機能させること、義務で自分を追い詰め苦しめるのはやめる事を目指したいのです。

つまり、義務の存在でウィッシュリストが書けないのなら、ウィッシュリストとは別に、義務リストを書けばよいのです。

もともとご自分でも「かくあるべき!」と思う程度には、義務と定めている事象に憧れたり、そうありたいと願ったものだと思います。
それ自体は、きっと悪い事ではないのです。

ところが、とにかく無自覚な感覚なので、それに支配されていることに気づいていません。そしてそのせいでダメなことが起きている、非常に厄介なものだというのも、わからないです。
(だから、乱暴に排除する方法が採用されやすいのです。無理にでもなくせば、少しはマシになりますから)

義務だと思い込んでいるものには、分けもわからず「目は二重が絶対!」とか、そんなに大切な事じゃないものが義務リストに紛れ込んでいることもよく起きてしまいます。

この間違って義務リストに入ってしまったものたちも、非常に厄介です。

まず、ウィッシュリストを書いているのに義務リストを書いてしまっている事自体が、間違いで厄介なことです。
そして義務リスト自体も、自分がよいと思っているわけではない事を義務として設定してしまっている、という厄介が起きがちです。

厄介の多層構造なので、パッと理解することができないし、なにが問題なのかもわからない。しかも、書いていることは、決してやりたくない事ではない。

やりたい事ではないが、やりたくない事ではなく、やった方がいいこと。
しかし、可能ならやらずに結果だけ欲しいこと。

こういう袋小路状態にになっている人が、ウィッシュリストに義務リストを混ぜて、手詰まりになっています。

ややこしいですね。
やりたい事ではないが、やりたくない事ではなく、やった方がいいと自分では思っている事。
わかりますでしょうか。

こうなっちゃうと、じりじりとしてきて、ストレスがたまると、全部ぶち壊しちゃった方がいいよね!?みたいな狂暴な気持ちが出てきます。
それが「義務なんか知らない!」という破壊的な行動や態度につながっていくことも少なくないです。(それを肯定するように、ワクワクしない事はやらない方がいいという暴論を支持してしまいます)

でも、実際にはそんなに抵抗したいわけじゃないし、仲良くできる人とは仲良くしたいし、義務だって、ちゃんとできるならやり遂げて、胸を張っていきたいと思っているのです。

なのに、なんでこんな、よい事であるはずの義務が、こんなにも苦しいものになってしまったのでしょうか。

ウィッシュリストを「自分で行動しないでも勝手に叶うリスト」だと思っていると…

ウィッシュリストに義務リストが混ざってしまう最大の理由。
これは、私の観察と考察によると、ウィッシュリストを「自分で行動しないで、書くだけで叶ってしまう魔法のリスト」と誤認していることから起きていると思います。

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