“評価”って一体何なんだ?~専門家も所詮は人の子
ハンス・フォン・ビューローの例
オーケストラには必ずといってよい程、「指揮者」という存在がいます。その指揮者をプロとして初めてやった人がハンス・フォン・ビューローという人です。この人は元々、「ワルキューレの騎行」
なんかで知られるワーグナーの熱烈な信奉者だったんです。彼が活躍していた頃のクラシック業界というのは、おおよそワーグナー派とブラームス派に別れて激しいデッドヒートを繰り広げていたんです。まあ、素人の私なんかからすると、そんなことどうでも良いやんと思うんですが、プロというのはそうはいきません。「守るもの」があるので。ああでもない、こうでもないとお互いにディスり合いをやっていたわけです。まあ、みっともない。
ということで、ビューローはワーグナーの「推し活」をせっせとやっていたわけなんですけど、あることが原因で、何とあろうことか、対抗馬であるブラームス支持派に鞍替えしてしまったんです。原因は一体何か?そうです。いわゆる「ネトラレ」です。
彼にはコジマという奥さんがおりました。この人はあの「ラ・カンパネラ」
で有名なリストの娘さんです。そのコジマがあろうことか、ワーグナーと出来てしまったんです。アーティストというのは中々豪快な人が多いと聞きますが、彼もまたその一人でした。ビューローという夫がいるにもかかわらず、二人は同棲してるんですね。その間にワーグナーとの間に3人の子供まで儲けている。実にお盛んなことです。今だったら連日ネットで叩かれ、マスコミに追われまくってワーグナーもコジマも歴史に名を残すことは無かったでしょう。しかし、彼らは19世紀の著名な歴史人です。ワーグナーは「ワ
グネリアン」などという言葉があるように、今でも熱烈なファンに支えられている音楽家です。そんな人が他人の嫁さんを寝取ったわけです。ともすると、このエピソードを「神聖視」する人もいるでしょう。でも、私から見ると、どこにでもある単なるネトラレ事件に過ぎません。崇高なエピソードでも何でもありません。単なる醜聞です。
離婚までの間、ビューローはワーグナー支持者という面子もあり黙認していたのだとか。結局、ビューローはワーグナーから離れてブラームスの推し活を始めることとなります。ブラームスがドイツの3大B(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)なんて言われることがありますが、それはビューローのブラームスへのリップサービスとして言い出したことでしょう。なのでさしたる意味は無さそうです。現に、ブラームスの代わりにブルックナーを入れる人もいます。
考えてみてください。ブラームスの音楽は、ビューローがワーグナー支持者だった時も、ビューローがワーグナーから離れて以降も同じモノです。その質は全く変わりません。一音も変わっていないのです。なのに、ビューローはある時を境に評価を一変させたわけです。私からすると、ブラームスの音楽が本当に素晴らしいのであれば、最初から彼はブラームス支持でも良かったんですね。ところが当初はワーグナー支持者だった。でも変わった。変わったのはビューローの気持ちです。音楽ではありません。その理由は個人的な私怨に他なりません。私なんぞはワーグナーもブラームスもどっちも凄いと思う。それで良いじゃないかと。でもプロはそれじゃダメ。なんでだろう?一体、プロの評価って何なんだろう?格調高いクラシック音楽の世界にも、今と変わらないドロドロした愛憎劇がごく普通に存在しています。ビューローもまた人なり。ある意味ホッとします。
まあ、こんなことですから、私はクラシック音楽を理屈ではあまり聴きません。そもそも理屈を知らないですし。なので感覚でしか聴かないのです。感覚は自分だけが持っているものですから、他人とは違う楽しみ方が出来ます。それで良いと思いますけどね。理屈は音楽家と評論家にお任せします。自分が感覚で聴いた音楽が、評論としてどうやって文字化されているのか。それを見るのもまた楽しいです。
アーサー・エディントンの例
私は星が好きなので、たまに物理の一般教養書を買って読みます。とりわけブラックホールは興味の尽きない天体ですので、それが何故出来るのかなど、分り易く説明されているので重宝します。その本の中に「はあ?」と思うエピソードが書かれてありました。
アーサー・エディントンはイギリスの高名な物理学者で、当時のイギリスの物理学会をリードする存在でした。そんな彼の許に、英領インド生まれのチャンドラセカールが教えを乞うためにやって来たのです。当時、まだブラックホールの存在は全く知られておらず、誰もそんなものがあるとは思っていませんでした。
ブラックホールがどうして出来るのか、理屈度外視でメチャクチャ簡単に説明します。とにかくデカい恒星(太陽の30倍以上)が燃料を使い果たしますと、究極的に小さくなります。(この辺の理屈は難しいので省きます)そうしますと、とてつもなく質量が大きくなる。つまり重くなります。例えば地球を究極的に小さく潰す(例えば直径1㎝くらいの玉くらいに)と、メチャクチャ重い玉が出来ますね。小さくても人間じゃあとても持てません。宇宙はゴム膜のような性質があって、星はそのゴム膜の上に乗っかっているイメージなんです。ということは、そういう重くて小さい玉は、ゴム膜をメチャクチャ凹ませることが出来ますね。ブラックホールはつまり、こうしてゴム膜(宇宙)を究極的に凹ませた天体なんです。ですので、1㎝くらいに小さくなった地球を仮に宇宙に放り投げたら、それでブラックホールが出来るというわけです。これがブラックホールの作り方です。宇宙がゴム膜みたいとう理屈は、実はアインシュタインの「相対性理論」なんですが、その辺は超難しい理屈なので、私ごときにはとても文字に出来ません。この辺でご勘弁くださいませ。この動画がごく簡単にブラックホールについて説明していますので、どうぞご利用ください。
で、今ではこういうことが分かっているんですが、エディントンが生きていた頃は、そんな奇妙な天体があるなんて誰も思っていません。とにかくデカい星が燃料を使い果たして収縮しても、せいぜい白色矮星にしかならんだろうと言われていました。(理屈は難しいのでそういうことだと思って下さい)ところが、天才物理学者であった若きチャンドラセカールは、「それっておかしくね?」と思っていたんです。彼の計算では、太陽の30倍もあるデカい恒星が小さくなると、白色矮星よりももっと密度の大きい、つまり重い天体になるはずなんです。実は、彼はこの時点で、ブラックホールの存在を予見していたんです。その辺の理屈を確立すべく、チャンドラセカールは心勇んでエディントンの門を叩こうと思ったわけです。ところがです、これが彼の人生をちょっと狂わせてしまうんですね。何と、エディントンによる陰湿なアカハラが始まるんです。まあ、チャンドラセカールの生まれも影響していたと思います。彼は英領インドの出身です。エディントンからすると、植民地の若造が何を偉そうに言うということですね。ことあるごとに嫌がらせをするんです。そこにはもう、物理学者の顔はありません。単なるパワハラ親父です。例えはこんな具合です。
ある学会では、エディントンはわざとチャンドラセカールの講演の直後に自分の講演がくるようにプログラムを変更させ、直前に発表したチャンドラセカールの理論は間違いだと述べました。エディントンの権威が絶大であり、またブラックホールが常識破りの天体であったため、聴衆はエディントンのほうを受け入れたのです。
まあ、イヤらしいこと。現在では、完全にチャンドラセカールの理論が正しかったと証明されています。チャンドラセカール質量という単位も創設されました。彼はその後ノーベル物理学賞を受賞します。またその名はNASAが打ち上げた観測衛星チャンドラに刻まれています。
エディントンは敵国の物理学者であったアインシュタインの相対性理論を世界に広める重要な役割を果たした物理学者でした。ところがその一方で、彼は自身の権威に固執し、有能なチャンドラセカールを否定、人類の物理学の発展を阻害したのです。彼の行動は、理論に裏付けされたものではなく、単なる印象批評に基づくものに過ぎませんでした。彼らがもし手に手を取ってブラックホールの研究を推し進めていたら、我々はもっと多くの事実を解明出来ていた可能性は大きいのです。
”評価”って結局一体何なのだろう
結局、専門家のそれであろうとも、評価というものは主観的に判断される可能性を秘めていると思います。だとしたら、一体「評価」とは何なのか?「専門家」とは何なのか?専門家は専門家である前に人間であるのです。ビューローとエディントンの人生を垣間見ると、私はますます評価の価値が分からなくなってしまうのです。
恐々謹言
参考文献:大須賀健著「ゼロからわかるブラックホール 時空を歪める暗黒天体が吸い込み、輝き、噴出するメカニズム」(ブルーバックス)
