僕がアメリカに密入国した日 ―1979― (3)「カリフォルニアの青い空」
前回のお話
(3)カリフォルニアの青い空
「あっちに車が停めてあるので」
カマタは流暢な日本語でそう言って、駐車場を歩き出した。
カリフォルニアの青い空が広がっている。
僕の頭の中には、アルバート・ハモンドの『カリフォルニアの青い空』が鳴り響いていた。なんのひねりもなく、そのままだ。
駐車場にはオールズモビルのエンブレムを付けた、バカでかいだけが取り柄で、いったい何人のオーナーが乗り継いできたんだ、というくらい古くてぼろいセダンが停まっていた。
「外身は古いけど中は綺麗だから」
カマタはそう言って、僕たちを車内へ促した。
言う通り、中は綺麗に片付いてはいたが、じゅうぶん古かった。
ボードおばさんをデブ呼ばわりしたガタイの良い彼が、自然と助手席に乗り込んだ。
カマタは、僕たちを見回して言った。
「あらためまして、僕はカマタと言います。こちらのエージェントからの依頼で今日、君たちを一日サンフランシスコ観光に案内します。今朝、電話で聞きましたが、みんなはビザなしの裏入国ですね。もし勝手に動いてはぐれたり、警察沙汰にでもなると、どうなるか責任は負えません」
僕はおまけのように付いたサンフランシスコ一日観光には特に驚きも喜びもなかったが、ビザなしの裏入国、警察沙汰という言葉に、車内には少し緊張が走った。
カマタは続けた。
「僕自身もたいへんなことになります。明日からみんな、ヨーロッパへ行くんですよね? ヨーロッパに着けば自由なんだから、今日だけはぜったいに単独行動は止めてね」
今日一日だけはと、自制を促すカマタの言葉に四人は改めて深く頷いた。
色白くんが言った。
「あの、荷物を受け取ってないんですが」
カマタは意外に頼り甲斐のある笑顔で言った。
「それは大丈夫だよ。こちらでちゃんと手配して、保管してあるからね」
それからカマタの運転するオールズモビルに揺られて、当地の主だった観光地を見て廻った。
スペンサー砲台からゴールデンゲートブリッジを眺め、街へ戻ってきた時だったと思う。
車の中で、カマタとこんな会話も交わされた。
車窓から眺めていると、アパートの窓など、街のところどころに虹色の旗が掲げられている。
助手席のガタイの良い彼がカマタに尋ねた。
「さっきからたまに虹色の旗を見かけるんだけど、あれは何の旗ですか」
カマタはなんの衒いもなく答えた。
「あの旗はレインボーフラッグといって、同性愛者、こちらではゲイって言うけど、その権利をもっと認めてほしいという運動の旗なんだ。去年からあの旗が運動のシンボルになったんだよ」
当時の僕には、同性愛、特に男性同士のそれについてほとんど知識がなかった。何かの機会にちらりと見た雑誌『薔薇族』から、どこか淫靡で、日陰の世界のようなイメージを勝手に抱いていた程度だった。
カマタは続けて言った。
「僕がこっちに来た時は、まだとても人前でゲイとは言えない世の中だったけど、運動が少しずつ実って、同性愛者の権利も認められるようになってきたところだね。それでもまだまだ差別や偏見は残っていて、ゲイやレズビアンという理由で銀行から融資を受けられないこともあるんだ」
キリスト教系大学の彼は、僕よりこの辺りの事情を知っているようで、頷きながら話を聞いていた。
「それで今、ゲイやレズビアンの人たち向けの小さな銀行、アメリカでは貯蓄組合っていうんだけど、その設立も進められているんだよ」
助手席のガタイ君がしみじみと呟いた。
「自由の国っていっても、黒人差別だけじゃなくて、いろいろあるんだなぁ」
つづく
