第2話 英雄が引退した日、俺の人生は止まった
※登場人物名・団体名など一部は仮名で記載しています。
※記憶をもとに再構成しており、プライバシーに配慮して一部表現を調整しています
第2話
英雄が引退した日、俺の人生は止まった
—支柱が抜けた。“見届けなかった自分”が刺さった—
二十三歳の夏。
中田英寿が引退した。
そのとき、俺の人生は止まった。
ニュースは追っていたはずなのに、
どこかで見落としていた。
あとから知って、
時間差で喪失感が来た。
怒りでも悲しみでもない。
ただ——
支柱が抜けた。
そんな感覚だった。
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その頃の俺は、社会人一年目だった。
成田の塾で働き、
富里の校舎で生徒と向き合い、
夜は四畳半の部屋に帰る。
忙しかった。
授業。
保護者対応。
営業。
雑務。
一日が終わる頃には、
体力も頭も空っぽだった。
それでも夜になると、
テレビをつけた。
サッカーを見るためだ。
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2006年、ワールドカップ。
ドイツ大会。
日本はグループリーグ敗退だった。
最後のブラジル戦。
試合終了の笛が鳴ったあと、
中田英はピッチに倒れ込んだ。
仰向けだった。
空を見ていた。
しばらく動かなかった。
あの映像は、
多くの人が覚えていると思う。
俺も見ていた。
でも、その意味を
ちゃんと受け取ってはいなかった。
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そのあと、
中田英は引退した。
突然だった。
でも、よく考えれば突然じゃなかった。
中田英はずっと言っていた。
自分のタイミングで終わる、と。
誰にも引き止められない場所まで行って、
自分で決める、と。
それを本当にやった。
最後まで、自分で終わらせた。
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問題は、俺だった。
中田英寿は
自分の人生を走り切った。
でも俺は、
何も走っていなかった。
塾講師として働いていた。
それなりに頑張っていた。
でもそれは、
自分の人生を賭けた挑戦ではなかった。
サッカーを見て、
中田英に熱くなって、
その熱で自分を保っていた。
つまり俺は——
自分の人生を、中田英に預けていた。
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中田英が世界で戦えば、
どこかで自分も報われる気がした。
中田英が批判を跳ね返せば、
自分も強くなれる気がした。
中田英が覚悟を貫けば、
自分も大丈夫な気がした。
今なら分かる。
あれは応援じゃない。
依存だった。
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英雄が引退した瞬間、
その構造が終わった。
預けていた人生が、
強制的に返ってきた。
でも俺は、
まだそれを引き受ける準備ができていなかった。
だから——
少しの間、人生は止まった。
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2008年。
地方に異動になった。
黒羽。
田舎の独り暮らし。
空気が濃い。
群れの輪郭がはっきりしている。
そして職場。
理不尽は特別な出来事じゃない。
常態だった。
縦社会。
黙って従う空気。
染まるのが当たり前の文化。
怖かったのは、
理不尽そのものじゃない。
自分が慣れてしまうことだった。
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俺は戦った。
正しさを武器にして。
逃げなかった。
嘘もつかなかった。
衝突も摩擦もあった。
空気は何度も悪くなった。
でも——
残らなかった。
成果はゼロだった。
全身全霊でやったのに、
俺は簡単に降格した。
あっさり切り捨てられた。
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その瞬間、俺は——
ほっとした。
負けたのに、安心した。
戦いが終わった安堵じゃない。
戦い方を変えられる安堵だった。
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あとになって分かった。
俺は誠実だった。
でも、優しくなかった。
正しさで人を追い込んでいた。
救った人より、
削った人の方が多かったと思う。
他人の犠牲の上に立つ正しさに、
成果が残るはずがない。
あれは自己満足だった。
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それでも、俺は染まらなかった。
歪んだけど、折れなかった。
孤独に戦っていたから壊れなかった。
でもそれは——
誰とも本当には組めていなかった
という意味でもある。
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でもまだ、
俺は自分の人生を引き受けてはいなかった。
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次回 第3話
俺は特別だと思っていた。
—俺が活躍すれば、チームは強くなると思っていたー
—そして—
全てが始まった夜の話へ。
あなたにも、「支柱」だった存在はいますか?
#サッカー #中田英寿 #エッセイ #人生 #挫折 #自己分析
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この連載全体の入口は、固定している「はじめての方へ|このnoteで書いていること」から読めます。
感想は、一言でも大丈夫です。
刺さった場面だけでも、読んでもらえたこと自体が嬉しいです。
