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わたしにできること。



数日前に、風邪をひいてしまいました。とにかく喉が痛くて、体もだるいし、何もする気力がなかった。スマホを見る元気もなく、noteを書くことや、読むことから少し離れてた時間がありました。(今はもうだいぶ元気になりました!)

すると、頭のなかが空っぽになった感覚があって、すっきり楽になった気がした。もしかしてこれってデジタルデトックスってやつなのかな?

どうしても、いつの間にか、もっとたくさんの人に読んでもらいたいとか、そのために出来ることは何かとか、何を書くのかとか、そんなことで頭がいっぱいになる。そもそもは、そんなこと目指してなかったはずなのに。

デジタルデトックスで頭のなかがリセットされたことで、頭のなかが数字や結果を追い求めることでいっぱいになることから離れたいと思った。

これまで、noteの世界で築いてきた繋がりがあるだけで、もう十分じゃないのだろうか。
何者かになったり、何かを成し遂げたりなんてことは、必要ないのではないのか。
そんな気持ちになった。

それは、何かを目指すことを「諦める」ということとは違う。いつの間にか頭のなかが、書いて結果を出したいモードに占領されていたけど、それを、書くことが生きることになるモードへ意識を「変える」というイメージ。いや、「戻す」と言った方がいいのかな。

周りが眩しく見えてしまったり、「わたしも結果を出すんだ」って引っ張られてしまうこともある。


でもわたしが本当にやりたいことは、わたしのなかにしかない。それは、noteをはじめた最初の頃、わたしはとにかく夢中になって書きたいことを書き続けていた。あの頃の自分のようにいたいということなんだと思う。

あの頃の自分は「書いて成果を出す」なんてことを考えてもいなかった。「書いて自分を取り戻す」そのために書いていたと思う。
風邪をひいて休んだことで原点を思い出すことができた。この原点は忘れたくないと思う。


きっと、そんなわたしができることって、何かを成し遂げることでも、誰かに何かを教えることでも、導くことでもない。


わたしにできること。
それは、一緒に歩くこと。想いが届いたらいいなってささやかに願うこと。そうやってそっと寄り添うこと。

それはきっとわたし自身もしてもらいたいことなのかもしれない。


自分が書きたいことが書ければ、究極は誰にも届かなくてもいいのかもしれないと思った。誰にも届かなくていい、は行き過ぎた表現かもしれないけど、それは「誰かのため」より先に「自分のため」だから。
書きたいことを書くということは、自分の内側を潤すということだと思うから。だからまずは、自分自身に届けなければ意味がない。

どこかを、何かを目指さなくても、今ただここにいる時間を大切にしたい。

何者かになるために書くんじゃない。
自分であり続けるために書く。

たぶんわたしは「誰かのために」より、
自分のなかで渦巻くものを外に出したいっていう衝動が原点なんだと思う。



だからわたしは、自分のために言葉を残したい。

その言葉が、いつか誰かの心にそっと届く日が来たなら、それだけで十分。




最後までお読みいただきありがとうございました。
読んでくださることがわたしの力になってます。


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紬羽(つむは) お読みいただきありがとうございます🕯 そのあたたかさが、また次のことばを灯す力、わたしの書く力になります。 これからも一緒に素敵なあかりを灯せたらうれしいです。

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