灰色の顔をした猫たちの話(6)
先行きは玉の飼い主になるのかもしれない姪は、その母親、つまり私の姉から頭の骨格を受け継いでいる。ことに後頭部をやや上から見たところはそっくりだから、その角度でたまたま見るたびに感心しては、おお、懐しいとも──似て見えるのは同じ年頃の姉にだからだが──その都度思う。
似通っているのはそこだけではない。なにかを選ぶとき、それも食堂でなにを頼むのかを決める、というようなごく些細な選択に限って長く悩むところもそっくりで、
(遺伝するのねえ、こういうことも)
と私は興味深く思い、やはりその都度懐しくも思ってしまう。
後頭部の形態はともかくとして、そこまで長く逡巡する理由の方は昔から謎だったから、外で二人で食事をとったある午後に、
「教えてくれる? なんでそこまで悩むのかというか、長く迷っているときの気持の動きみたいなの? そのあたりについて、もしよかったら」
と試しに聞くと、しばらく考えてから、
「決めちゃってから、あっちにしておいたらとかもし思うといやだから──それが怖いから、かなあ」
たぶんね、と姪は言い、
(そういうことだったのか!)
このときにもおおと私は驚いていたく感心はしたのだけれど、腑に落ちた、よくわかったとは言いがたかった。当の私は、お年玉をもらえば一軒めのおもちゃ屋ですぐに目についた人形をつかみ、レジへと直行するタイプの子供だったし、今一だったかなともしあとから考えたにしても、後悔も(もしかすると反省も)別段しないまま、
(悩んでもしかたないじゃない? もう、そうなってしまったことは)
としかほぼ考えないタイプの大人に育ってもいたのだったから。
このことかとようやく腑に落ちたのは、それから約十年後、望んだ時期よりは三月ほど早く、これも当初の予定と異なって花に半端に似た仔猫を連れ帰って何日か過ぎた頃だった。
一つめのキャッテリーでは、目星をつけた子がタッチの差で成約済みとなり、見にまでは行った二つめのキャッテリーでは、定期的に近況報告をなどと言うから見送った。
三つめも含めて、探す上での条件はどれもアビシニアン、(できれば)成猫、(できれば)雄で、優先順位もその順でと考えていた。十分にはあいだを空けられなかった分だけなお一層、わかりやすく違った方がいい。猫はもともと雑種か原種寄りの品種、要は生きものとして無理のなさそうなタイプが好みなのだし、中でもアビシニアンはとくに好みに合う見た目に加え、性格もあたまもいい個体が多いというではないか?
当然、三つめのキャッテリーでも見るのは二匹のアビシニアン、どちらかでと思っていた三歳のルディの雌と、四ヶ月のレッドの雄のはずだった。それなのに、一歩入った途端に私の目に飛び込んできてしまったのは、入口近くの大きなケージに一匹だけでいた仔猫、花によく似た──とそのときには見えた──灰色の仔猫だったのだ。
つい立ち止まり、蹴りぐるみに熱中する姿に見入っていたら、出してみましょうかと言われてついついまたええと言い、
「じつはロシアンだったんですよ、死んだ前の子が」
「ああ、それでしたらね……。今日はアビをということでしたので、ちょっとケージに入れといたんですよ、この子の方は」
なんでしたら抱いてごらんになりますか、とも言われてそうですねと私は答えてしまい、数秒と経たないうちに、腕に抱いてしまってもいた、漠然と記憶していたより遥かに軽く、柔らかい体のその猫の子を。
猫の子は腕の中から逃げようともしないどころか、ぐい、ぐいと卵ほどしかない頭を押しつけてきたりもするから、
「人懐っこいですねえ、ずいぶんとまた……。喉までもうこんなにゴロゴロ鳴らしてて」
「でしょう? 人気者なんですよ、うちの」
胸を張ってブリーダーは言い、頭のどこかでは、
(いや、アビシニアンを……)
そう考えもしながらおいくらですか、こちらの猫はともう言っていたのだった、私の口は(ついでに言えば、その値段は当初の予定だった二匹のどちらよりもかなり安かった)。
今になってこうして書けば、連れて帰る以外になくないかと思い、その一方で、姪や姉なら、ほかの二匹も当然見た上で決めていたのに違いないと思う。ごく些細な選択とは言えないものの、やはり迷いには迷った上で。もしかするとその日のうちにはとうとう決めかねて、あらためてまた訪れてさらにしばらくは悩んだ上で。そして連れて帰ったそのあとは、姪も姉も後悔なんかはしなかっただろうな、一度もとも思う。
道に以外迷えたことはない。人に何度か言いもしたその言葉は多少の冗談を含むにしても概ね事実だし、後悔した記憶がそうないのも事実なのだが、これも今になって思ってみれば、その結果が私のほかにはほぼ及ばないような場合のことなのではなかったか、それは。ほかのだれかの先行きにもいやでも影響する選択に関していえば、決めかねも困惑もじつは案外していたではないか。ことに、決めるべき期限は迫ってきているのでは、とこちらは思うのに、そのだれかの要望は見えにくい場合、とくに、言葉にして伝えてはもらえないような場合には。
当然ながら猫は「私ではない・ほかのだれか」で、けして新しい人形の類いではない。にもかかわらず、まさか人形をとまでは言わないにしても、私自身の今後の身のふりかたを選択でもするかのように、私一人の勝手な思惑だけであのときは決めてしまった、
(それもつい癖で、山勘だけの即決で……)
あとになってからごちゃごちゃと私は思い、これだったのか、そうなったら怖いからと言っていたのは、とようやく納得して頭を抱えたりした。
たとえば花はこんなにがさつな食べかたはしなかったのに、朝の起こしかた一つにしてももっと繊細だったのに、果ては、もっと美形だったのになどと思うたび、要は玉は花ではない、というだけのことに苛立つ自分にうんざりするたびに、やはりまったく違うタイプにするべきだった、いや、秋まではなんとしても待つべきだったので──等々と慣れぬ後悔を何度もしては、慣れない気持の動きそのものにも困惑し続けていた。
無論、あの時点では空いていたのはロシアンブルーの形の穴でさえなく、花の形をした穴だったのだ、まるで、当てがって切り抜きでもしたかのように。そして穴の輪郭がもっとぼやけていくまでには危惧したとおり、もっと多くの日数が必要だったということなのだ。
十分なだけの日数は経って、そしてやはりこうして書けばの話だが、
(玉の方だってちゃんと選んで、態度にして伝えていたじゃない?)
あんなにもはっきりとと私は思い、あらためてほっと安堵もしたりする。玉の性格からすれば、よくよくの場合を除いたらたぶんほとんどだれでも受け入れていたのではないか、という気がしなくもないけれど、まあ、少なくとも「よくよくの場合」には入れないでおいてくれたのだ。それだけでももう、十分にありがたい話ではないか?
