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「百人一首を旅しよう!」短歌と写真で今と繋がる〜第五回●伊勢大輔●〜

 五回目の今日は、紫式部や和泉式部の同僚かつ後輩である伊勢大輔(生没年不詳)をご紹介します。格調高く堂々たる詠みっぷり、計算し尽くされた完璧な意味が、読む者に鮮烈な印象を残す名歌です。

 いにしへの 奈良の都の八重桜
 けふ九重に にほひぬるかな

 意味)古都・奈良で咲いていた八重桜が、今は京都九重(宮中)で美しく咲き誇っています。(一条天皇、中宮彰子様に歌と共に捧げます)

 この歌の完成度の高さによって座がどよめき、大輔は大いに称賛されました。今にも桜の香りが漂ってきそうな、鼻腔とハート一瞬で射抜く素晴らしい和歌だと思いませんか?(当時八重桜奈良特有の桜だったようです)

 面白い逸話として、本当は受け取り役の大任を受けたのは紫式部だった所、伊勢大輔に譲ったというものがあります。昔の漫画では、歌まで紫式部が代作しているような場面がありましたね。さすがに代作ではないと現在では思いますが。
(紫式部については記事の最後にリンク掲載)

 まず上の句奈良下の句京都対比。さらにいにしへけふ八重九重をなしています。つまり、奈良から京都へ移されて咲くことから、一条帝の治世寿いでいます。

 実際に奈良の八重桜が献上された時、当時新人に近いような立場の伊勢大輔が藤原道長から歌を詠めと命令されて帝と彰子の御前で披露したもの。若いのにすごい度胸です!

 八重桜を献上したのは奈良・興福寺の僧房。興福寺の起源はあの中臣鎌足の病気平癒を願い創建された山階寺です。今や興福寺は藤原氏の氏寺、そして阿修羅像でも有名ですね。

奈良

 私は阿修羅像が大好き。作者はきっと愛しい誰かの顔や表情を思い浮かべ、慈しむ想いを抱きながら作ったのではないかと思ってしまう、美と愛と永遠を感じさせる最高傑作国宝の一つです。まだ見ていない方、おすすめです!

 ちなみに、伊勢大輔はもともと歌の家として名高い大中臣(おおなかとみ)氏の出身。結婚後、3人の娘を出産。3人とも勅撰集に歌を残しています。血筋ってありますよね、本当に。

 では伊勢大輔の歌に寄せて、もりやま作で締めくくります。

 君が歌 ちとせ響けり今もなほ
 短き春に 花匂ひけり

 意味)貴女の歌は千年の時を超えて今なお愛されています。現代では短くなった春でも、その香りは辺りに漂っていますよ。

 最後までお読みいただきありがとうございました!
 次回・第六〜第八回目男性歌人による「声に出して読みたい美しい歌三選」を個人的セレクトでご紹介します。
 どうぞお楽しみに!!

 (伊勢大輔の先輩、紫式部については下記の記事も参考になさって下さいね!)⤵︎

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