オールAの死角。健診では見えない血管リスク
※2026年7月 2026年ACC/AHA脂質管理ガイドラインと、同年6月22日付の訂正を反映してアップデートしました。
「先生、今年も人間ドックでオールAでしたよ」
50代前半の患者さんにそう言われたとき、 自分もそこまで心配していなかった。見た目はふつう体型、タバコも吸わない。 接待は多いが、本人いわく酒も「ほどほど」。
ただ、二つだけ引っかかった。父親が60代で心筋梗塞を起こしている。脂質もA判定とはいえギリギリだった。
「念のため、頸動脈エコーを受けてみませんか?」
少し面倒そうな顔をしていた。それでも「先生がそう言うなら」と受けてくれた。そして結果を見せると、その人の表情が固まった。
頸動脈の壁に大きなプラークが映っていた。しかも両側。動脈硬化のサインだ。
「なんでですか。ずっと全部Aだったのに」
健康診断や人間ドックのA判定は、健康の保証書ではない。 わかるのは、今回調べた項目がその施設の基準から大きく外れていなかったということだけだ。
調べていないものは、見つからない。
※この記事に登場するエピソードはプライバシー保護のため、複数の事例を参考に再構成したものです。実在の特定の個人とは関係ありません。
A判定は「今後も大丈夫」という意味ではない
一般的な健診や人間ドックでは、身体測定や血糖と脂質、肝機能と腎機能の採血、胸部X線、心電図、腹部エコーまで入ることが多い。
これらには大きな意味がある。高血圧や糖尿病、脂質異常症、肝臓や腎臓の異常を見つけるきっかけになる。
詳細な血液検査:sdLDL-C、ApoB、Lp(a)など
頸動脈エコー
冠動脈カルシウムスコア(CT)
冒頭の経営者のLDLコレステロール(LDL-C)は119mg/dLだった。その施設ではA判定。中性脂肪は149mg/dLで、こちらも判定上は基準内だった。HbA1cは5.5%と、正常とされる範囲の上限に近かった。
日本動脈硬化学会の基準では、LDL-Cが120〜139mg/dLの帯を「境界域」と呼ぶ¹⁾。119mg/dLはその一つ手前だ。ただ、120を超えたとたんに血管のリスクが跳ね上がるわけではない。血圧や血糖、喫煙、腎機能と合わせて考える。
中性脂肪も149mg/dLと、「高い」とされる空腹時の基準150mg/dLのすぐ手前だった。
父親の心筋梗塞歴もあった。上限に近い脂質と重なって、もう一段調べておきたくなった。
一つずつなら、大きな異常には見えない。複数の情報を合わせると、A判定だけで終えていいかは迷った。迷ったときに、血管リスクを確かめる方法がいくつかある。
A判定の先を確かめる検査
A判定は、何もしなくていい許可証ではない。特に追加の検査を考えたくなるのは、以下のような時だ。
親や兄弟に心筋梗塞、脳梗塞、突然死を起こした人がいる。発症した年齢まで確認すると判断しやすい。一般に、男性で55歳、女性で65歳より前の発症を早発性と呼ぶ。
血圧や腹囲、LDL-Cや中性脂肪、HbA1cの複数が前年より悪化している
外食や飲酒、睡眠不足が重なり、中性脂肪や血圧まで動いている
当てはまるものがあるなら、まず血管そのものを確かめる検査から見ていく。
頸動脈エコーは、安全で動脈硬化を直接評価できる
頸動脈エコーは、首の血管を超音波で調べる。被ばくはなく、血管壁の厚さやプラーク、狭窄の有無を確認できる。
頸動脈プラークは、全身の動脈硬化リスクを考える材料になる⁶⁾。ただし、症状のない人全員に行う検査ではない⁷⁾。
冒頭の経営者が、最初に受けたのがこれだ。父親の心筋梗塞歴とA判定の上限に近い脂質が重なり、結果で管理が変わると考えて追加した。両側プラークが見つかり、生活と管理目標を見直して経過を追うことになった。
血管にサインが見つかったとなれば、次は血液検査の側を確かめたくなる。119mg/dLというLDL-Cの数字の裏に、何が隠れていたのか。
同じLDL-Cでも、粒子の数や大きさは同じとは限らない
LDL-Cは、LDL粒子の中に入っているコレステロールの量を測っている。粒子そのものの数は数えていない。
同じLDL-Cでも、コレステロールを多く積んだ粒子が少数ある人と、少量ずつ積んだ粒子が多数ある人がいる。血管壁へ入る機会は、粒子数が多いほど増える³⁾。
粒子の大きさも人によって違う。小さい粒子がどれくらい混ざっているかも、119という数字からは見えない。

粒子の数も小さい粒子の量も、健診の標準メニューには入っていない。ただ、いきなり検査を足す前に、手持ちの健診票の数字だけで出せる目安がある。
中性脂肪(TG)÷HDL-Cは、健診票だけで計算できる
この比は、LDLが小粒になっているかを推測する目安になる⁵⁾。日本人男性39人の小規模研究では、LDLの粒が小さかった人の75%で、この比が2を超えていた²³⁾。共通の診断基準ではないが、自分は2を超えたら注意し、3を超えたら黄色信号としている。
この経営者の中性脂肪は149mg/dL、HDL-Cは48mg/dLで、149÷48は3.1だった。これだけで異常とは決められないが、追加の検査に進む理由にはなった。
sdLDL-CとApoBは、小さい粒子と粒子の数を測る検査
3.1という結果を受けて、追加で調べたのが次の二つだ。
ApoB:動脈硬化を起こしうる粒子の数の目安
sdLDL-C:小さい粒子のコレステロール量
実際に測ると、sdLDL-Cは52mg/dL、ApoBは112mg/dL。どちらも高めの範囲だった。sdLDL-Cの高値は、日本人を追跡した研究でも冠動脈疾患の発症と関連していた⁴⁾。
ApoBは、中性脂肪が200mg/dLを超える人や糖尿病・メタボリックシンドロームがある人で役立ちやすい²⁾。治療後のLDL-Cが70mg/dL未満でも脂質由来のリスクが気になる人や、LDL-Cとnon-HDL-C(総コレステロールからHDL-Cを引いた値)が食い違う人にも使う。
動脈硬化を示す画像所見があり、管理目標を決める手がかりがもう一つ欲しい場合も追加を考える。
冒頭の経営者は、中性脂肪200mg/dL超や糖尿病には当てはまらなかった。それでも両側プラークが見つかっていた。LDL-Cだけでは判断しにくかったため、個別に加えた。
管理の土台は、LDL-Cとnon-HDL-Cだ。総コレステロールの項目がある健診票なら自分で計算できる。ApoBやsdLDL-Cは、この二つだけでは判断しにくいときに加える。今回は粒子数の情報と画像所見が重なり、管理を見直す理由がそろった。
ApoBとは何か、自分で測ってどう読むかは、別の記事に書いている。
健診でLDL正常だった人ほど、一度ApoBを測ってほしい
Lp(a)は、人生で一回は測るべき検査
Lp(a)は、LDLに「アポリポタンパク(a)」というタンパクが結びついた粒子だ。心筋梗塞や脳梗塞、大動脈弁狭窄症(心臓の出口にある弁が狭くなる病気)と関係する。血中濃度は遺伝の影響を強く受け、食事や運動だけでは大きく変わりにくい。たとえLDL-Cや血圧が基準内でも、Lp(a)が高ければリスクは残る。この残り分を、残余リスクと呼ぶ。
2026年のACC/AHAガイドラインは、成人で少なくとも一度のLp(a)測定を勧めている。125nmol/Lまたは50mg/dL以上は、心血管リスクを高める目安になる²⁾。世界全体ではおよそ5人に1人が高値域に入るとされるが⁸⁾、分布には人種や民族差がある。
日本人は低めの人が多いとされる。国内のデータベース研究では、測定された人の中央値は13.9mg/dLで、50mg/dLを超えた人は7.0%だった。
それでも値が高い群ほど、心筋梗塞や脳梗塞の有病率は段階的に上がった²⁴⁾。国内の多施設研究でも、30mg/dLを超える群で冠動脈疾患や慢性腎臓病の有病率が高かったと学会で報告されている²⁵⁾。
それなのに日本での測定は進んでいない。動脈硬化性疾患の予防対象となる人の中で、Lp(a)を測定されたことがある人は0.42%だったという報告だ²⁴⁾。
高値なら、Lp(a)そのものを生活だけで大きく下げるのは難しい。LDL-Cとnon-HDL-Cの管理を強めたり、血圧や血糖を整え、喫煙などの変えられる要因も減らしていく。
この経営者のLp(a)は低値だった。
高Lp(a)という追加要因がないとわかり、ほかの脂質と生活習慣に集中できた。検査結果は、不安を増やすためだけに使うものではない。やらなくていいことを決めるためにも使える。
冠動脈カルシウムスコアは、薬や目標値を決めきれないときに使う
冠動脈カルシウムスコアは、心臓の血管の石灰化をCTで撮って点数にした検査だ。薬を始めるか、管理目標をどこまで厳しくするかを決めきれないときに使う。
2026年ACC/AHAガイドラインでは男性40歳以上、女性45歳以上が選択肢に入る²⁾。これは米国の目安なので、日本人にそのまま当てはめない。被ばくもあり、結果で管理が変わらないなら優先度は下がる。
この経営者は、頸動脈エコーの所見で管理の方針が決まった。追加でCTを受けても方針は変わらないと判断し、見送った。
ここまでの検査は、人間ドックのオプションに入っている施設もある。入っていなければ、かかりつけの内科や脂質異常症、循環器疾患を扱う医療機関に相談する。
追加しない判断も必要になる
検査を増やし続けない方がいい場面は、性質の違う三つに分かれる。
リスクが低い場合。症状も心血管疾患の既往もなく、糖尿病も慢性腎臓病もない。喫煙していない。早発性の家族歴もない。前年から大きな悪化もない。この場合は検査を増やし続けず、家庭血圧や毎年の健診を追い、変化があったときに相談する
急な症状がある場合。突然の強い胸痛、片側の麻痺、ろれつが回らない、意識を失う。こうした症状がある場合は、119番を含めすぐに医療機関へ連絡する。労作時の胸痛や息切れを繰り返す場合も、早めの受診が必要
すでに高リスクな場合。心筋梗塞や脳梗塞の既往、糖尿病や慢性腎臓病、喫煙、家族性高コレステロール血症(遺伝でLDL-Cが高くなる病気)が疑われる人では、追加の血液検査を次々に受けるより、LDL-Cやnon-HDL-Cをどこまで下げるかを決める方が先になる
検査結果を眺めるだけでは、血管は守れない。
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