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健康にもバーベル戦略がある

「先生、幹細胞点滴ってどう思いますか」

こういう質問をもらうことがある。悪い質問だとは思わない。自分も新しい健康法はワクワクするし、むしろ試したくなる側だ。だから、その人が幹細胞に惹かれる気持ちは、けっこうよくわかる。

ただ、こう聞かれるたびに頭に浮かぶのは、いつも別のことだ。

この人の体には、「生活防衛資金」があるんだろうか?

最近どれくらい眠れているのか。週に何回筋トレしているのか。歩いているのか。お酒の量は?健診票をちゃんと読めているのか。幹細胞やNMNの話のときは前のめりだった人が、この話になると、急に口が重くなる。

偉そうに書いているけれど、自分も長いあいだ完全にそっち側にいた。

医療メディアを立ち上げたり基礎研究で没頭していた頃、デスクの引き出しには、サプリのカラフルなカプセルが10種類くらい並んでいた(怪しまれないように森永のラムネの瓶に入れていた)。
最新鋭の検査も年に何度も受けていた。なのに、肝心の睡眠は4〜5時間で、家庭血圧計にいたっては、プロテインの粉を盛大にぶっかけた日に壊れて、粉まみれのまま捨てた。それきり買い直していない。

派手なものから先に買っていたわけだ。けれども、あとから振り返ると、本当に自分の体を守っていたのは、もっと地味で退屈なほうだった。これはなかなか認めたくない事実だった。

今回はその「派手な健康法」と「退屈な健康習慣」を、どうポートフォリオ的に振り分けるか、という話を書きたい。ナシーム・タレブのバーベル戦略という考え方を借りながら、自分の失敗もまじえて、健康投資の配分を整理してみる。


土台が空のまま、夢を買っていませんか?

土台が空のまま、夢を買っていないか

投資に置き換えるとわかりやすい。

生活防衛資金がない。現金も守りの資産も持っていない。毎月のキャッシュフローも把握していない。その状態で、値動きの激しい個別株に有り金を全部ぶっ込む。想像するだけでなかなか怖い。当たれば一気に増えて脳汁が出そうだけど、外れたら退場だ。

健康でも、これとよく似たことが起きている。

さっきの自分でいえば、睡眠は4〜5時間。筋トレは続いたり途切れたり。歩く日もあれば、一日中座りっぱなしの日もある。お酒はなんとなく。健診票は「まあ大丈夫っしょ」で、封筒に戻したまま。その薄い土台のうえに、サプリと検査とデバイスへ、毎月それなりのお金を突っ込んでいた。

あれは、健康における個別株投資だったんだと思う。面白いし、夢があるし、当たれば体感も変わる。ただ、そこに全額を入れるものじゃなかった。危ないのはサプリそのものじゃなくて、土台が空っぽのまま夢のあるものばかり買い足していくことだ。

つまり、サプリの良し悪しではなくて、配分の問題だった。

足せる健康法は買える。でも土台は買えない

足せる健康法はだいたいお金で買える。サプリも、検査も、デバイスも、プライベートサウナの回数券も、ジムの会費も、出せば手に入る。

でも寝る時間は買えない。お酒を一杯で止める判断も、週に二回ジムへ行き続ける仕組みも、健診票を毎年めくって去年と見比べる習慣も、買った瞬間に手に入るものじゃない。

だから、忙しい人ほど、足すほうへ流れる。
生活そのものを変えなくても、何かを足せば、とりあえず「やっている感」だけは出る。これは、あまり責められない。健康でいたいし、倒れたくないし、できれば歳にも逆らいたい。その気持ちが強いほど、手っ取り早く効きそうな、派手なもののほうに惹かれていく。

ただ、体のほうは、こっちの高揚感にはあまり付き合ってくれない。

寝ていない体は、どう頑張っても調子が悪くなる。運動していない体の筋肉は、それなりに鈍っていく。飲みすぎた翌朝は、どこかに必ず残っている。
体は派手な努力よりも、地味な積み重ねのほうに、ちゃんと反応する。

そこで思い出すのが、ナシーム・タレブのバーベル戦略という考え方だ。

バーベル戦略は、全振りの逆にある

バーベル戦略は、最初に聞くと、少し変わった発想に思える。

資産の大半は、値動きの小さい退屈なくらい安全なほうへ寄せておく。
そしてごく一部を、リスクは高いけれど大きく跳ねるかもしれないところに賭ける。真ん中の、そこそこのリスクでそこそこのリターン、という中途半端には、あまり厚く張らない。バーベルみたいに、両端だけに重さが寄っている形だ。

バーベルみたいな形をしているのでバーベル戦略という

投資でいえば、大半は現金やゴールドのような守りで持つ。派手には増えないし、眺めていても面白くないし、一生を変えてくれる資産でもない。でも、相場が荒れても、簡単には退場しない。残りのわずかだけを、個別株やオプションや新しい事業みたいなものに回す。
当たれば大きい。そして、外れても痛いけれど致命傷にはならない。

ここが、バーベル戦略のいちばん面白いところだと思う。この一割は、外しても、失うのはその一割だけだ。損には、最初から上限がついている。でも、当たったときのリターンには、上限がない。何倍にも、ときには何十倍にもなりうる。
負けは小さく頭打ち、勝ちは青天井。この非対称性こそが、バーベル戦略の本質だ。

大事なのは、そこに全額を入れないことだ。わずかに留めておくからこそ、外しても損失が限定されて、何度でも小さく賭け続けられる。生活防衛資金まで崩して個別株に突っ込むのは、もうバーベル戦略じゃない。ただの全振りで、肝心の非対称が消えてしまう。

タレブの面白いところは、「未来を正確に読む」ことを、はなから信用していないところだと思う。未来なんて、だいたい読めない。読めないのに読めたつもりで全部を賭けるから、人は派手に壊れる。だったら先に、何が起きても壊れない形を作っておく。そのうえで、小さく賭けて遊ぶ。

この発想を、そのまま体に持ち込むと、健康に対する考え方が変わる。

健康における守りの資産と個別株

健康における「守りの資産」は、退屈な土台のほうだ。睡眠、筋トレ、歩くこと、食事、タンパク質、お酒の量、歯のメンテナンス、それに健診票をちゃんと読むこと。並べているだけで、自分でも少し眠くなってくる。

地味だしタイムラインでは映えない。人に話しても、あまり盛り上がらない。新しいサプリの成分や、サウナの入り方や、血糖値のグラフのほうが、よっぽど話のネタになる。それでも、人生から途中退場しないためには、こっちのほうがはるかに効く。

もう片方の「個別株」は、楽しい実験のほうだ。リブレ、サウナ、NMN、ウェアラブル、腸内フローラ、時間栄養学、それに高度な検査。どれも面白いし、自分の体を知るきっかけにもなるし、毎日をちょっと楽しくしてくれる。ただ、ここは全体の一割くらいで、ちょうどいい。

問題は、個別株が悪いことじゃない。
守りの資産を持たないまま、個別株だけを買い込んでいることだ。

多くの人が(昔の自分も含めて)バーベルの左右を、逆に握っている。
退屈な土台のほうを細くして、楽しい実験のほうばかり太らせていく。
これをやると、体はすぐにダメになる。

ガイドラインも、退屈な9割を推している

これは、自分の気分だけで言っているわけじゃない。

心臓と血管の領域に、米国心臓協会が出している「Life's Essential 8(命に大切な8つのこと)」という健康指標がある。中身を並べてみると、食事、運動、たばこ、睡眠、体重、脂質、血糖、血圧。見事に地味な項目ばかりだ。最先端の何かではなくて、ほとんど生活そのものに近い。

睡眠にしても、魔法のサプリから始まる話にはならない。厚生労働省の睡眠ガイド2023でも、まずは成人で六時間以上を目安に、と書かれている。ただし、必要な睡眠時間には個人差がある、とも添えてある。だから「七時間きっちり寝ろ」で済む話でもない。何時間眠れたか、翌朝ちゃんと頭が動くか、昼過ぎに崩れないか、休日に寝だめしないと持たないか。自分の体の感じと、セットで確かめていくしかない。

運動も、特別な裏技は出てこない。WHOは、少しでも動くことは何もしないよりいい、どんな身体活動にも意味がある、筋力をつけることも多くの人の役に立つ、と整理している。歩く、動く、筋肉を使う。それだけだ。拍子抜けするくらい地味だけれど、体は、こういうものにこそ反応する。

血圧も、脂質も、血糖も同じ。高い検査に走る前に、まず手元の健診票を読む。「A判定でしたよ」で封筒に戻さず、去年から数字がどっちへ動いたかを、指でたどってみる。気になる動きがあれば、医療機関で相談して、追加の検査や治療が要るのかを考える。「A判定でした」で済ませてはいけない理由はこちらに書いた。

正直、こういう作業は、ちっとも楽しくない。でも、これが破滅のリスクを、静かに削ってくれる。退屈な習慣は、人生を劇的には変えてくれない。ただ、人生が壊れる確率のほうを、こっそり下げてくれる。

個別株は、悪者ではない

念のため書いておくと、自分は実験のほうを敵あつかいしているわけじゃない。

リブレもサウナもNMNも、全部ひと通り試してきた。サウナは今でも好きだ。サプリも飲んでいる。ウェアラブルも高度な検査も、だいたい通ってきた。だから、否定する立場じゃない。問題はいつも、サプリそのものより、それを乗せる土台のほうにある。

土台のある人が、一割の遊びとして試すぶんには、実験は面白い。会話のネタにもなるし、生活もちょっと楽しくなる。リブレを2週間つけるだけで人生でずっと使える知見が得られる。守りの資産だけで固めた人生は、正直、少し退屈でもある。

でも、個別株だけの人生は、あっけなく壊れる。だから、両方を持つ。ただし、配分を間違えない。

自分なら、8割は退屈な土台に振って、残りの2割で遊ぶ。退屈なほうを先にしっかり押さえて、そのうえに楽しい2割を乗せる。言葉にすると、当たり前に聞こえる。

ただ、当たり前のはずなのに、昔の自分も含めてほとんどの人が逆をやってしまう。地味なほうが2割で、派手なほうを8割にしてしまう。これは、けっこう不思議なことだと思う。

ここから先は、その「なぜ」のほうを掘ってみたい。なぜ、効くとわかっている地味なほうを、人はこんなに後回しにするのか。そして、どうすれば、その癖を直せるのか。

入口は、自分がいちばん払っていた、ある出費の話だ。

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健康投資の大半は、たぶん不安への課金だ

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