アオハル放課後ラボ・番外編①『Sign』
ChatGPTへ、アオハル放課後ラボの番外編をお願いしました。
イラストもChatGPTに作ってもらいました。
『Sign』
一限が終わる頃、教室の黒板の上に取り付けられた蛍光灯がチラチラと瞬いていた。
「なあ、見た? あの蛍光灯、また切れそうだぞ」
前の席の男子がひそひそと話すと、別の女子が声を潜めて言う。
「それより聞いた? 森野くん、また“当てた”って」
「また?」と慎也。
「昨日、『明日の一限で蛍光灯が切れる』って言ってたんだって」
「先週は体育祭で佐伯が転ぶってやつも当たったしな」
教室のあちこちでさざ波のように噂が広がる。
高城結衣は、その会話をただ静かに聞いていた。噂話には加わらない。
蛍光灯のチラつきをちらりと見上げると、何も言わずにノートに視線を戻した。
——十五分後、蛍光灯は「バチッ」という音とともに消えた。小さな歓声とざわめきが教室に広がる。
その視線の多くが、窓際最後列の森野に集まった。だが、彼は何事もなかったように外を眺めていた。
昼休み、科学準備室。
天井の換気扇が静かに回り、薬品棚のラベルが整然と並ぶ。
結衣はいつもの席にお弁当を置き、慎也は水筒の蓋を回した。
「やっぱり当たったな、蛍光灯。なあ、結衣」
「うん。でも“当てた”じゃなくて、“分かった” なんだと思う」
「ほう」
「それに——」
ふと結衣は箸を止め、扉の方を見た。
ノック音も挨拶もなく、森野が入って来る。
彼は準備室に見慣れている様子で、二人の前を素通りして顕微鏡の台の方へ向かった。顕微鏡の上には、誰かが置きっぱなしにしたガムテープの切れ端がある。
「こんにちは」と結衣。
「……ああ」
短く返事をし、彼はガムテープの端を指先でつまむ。べたつき具合を確かめるみたいに。
「なんでここに?」と慎也が尋ねる。
「静かだから」
「それだけ?」
森野は少し間を置き、視線を窓の外に向けた。
「教室にいると……みんなの考え、頭を駆け巡る。 気持ち悪くなる」
結衣は箸を止めた。——もしや、と思う。だが何も言わない。
会話の間に、結衣は彼の視線の動きを観察する。
物体から物体へ、点から点へ。人の顔にはほとんど止まらない。代わりに、白衣の袖のほつれ、窓ガラスの水滴跡、時計の秒針のふらつき——そんな場所に、さざ波のように視線が動く。
「なあ、森野。予言者だって噂、聞いてる?」
慎也が軽く笑ってみせる。冗談半分で様子をうかがう、いつもの調子だ。
森野は少しだけ顎を引いた。「うわさは風。僕は風にならない」
「かっけーこと言うじゃん。で、どうやって当ててるん?」
「当ててるんじゃない。見て、繋げて、言ってるだけ」
「見て繋げて……」結衣が思わず反復する。
「例えば」森野は顕微鏡の横に視線を移す。「明日の生物の授業、プリント足りない。コピー機のトナー、薄い」
結衣と慎也は同時に目を瞬いた。結衣が問い直す。「どうしてそう思うの?」
「今朝、事務室の前に並んでたプリント束の色。端が少し灰色だった。トナー切れかけ。生物の先生、いつも水曜の朝にまとめて刷る」
「……なるほど」
結衣はふっと笑った。「観察と記憶のリンクね」
「ただの性分」
森野は肩を竦めた。「その話、外では言わないで」
「言わないよ」と結衣。「ここは科学準備室。ここで起こった話は、整理してから外に出すのがルール」
「そんなルール、いつできた?」
慎也が突っ込む。
「今」
結衣はさらりと言って箸箱を閉じた。慎也は思わず吹き出し、森野もほんの少し口元を緩めた。
午後のホームルーム直前、廊下の向こうで小さな悲鳴がした。みんなが窓に群がる。校門前で自転車を押す一年生が、パンクに困っている。
「タイヤ、昨日から柔らかかったんだよ」と、誰かがつぶやいた。「空気入れたのにさ」
森野は窓に近寄らない。教室の後ろで、落ちた消しゴムを拾っている。何事もない風で。
その日の放課後、事件が起きた。体育館裏の器具庫で、男子バスケ部の一年が段差につまづいて膝をつき、泣きそうな声を上げたのだ。見に行った数人の中に慎也もいた。バッシューの底は、見事に剥がれていた。
「……おい、森野が言ってたやつじゃん」
誰かが不意に言う。「怪我するって」
「は? 俺、聞いてねえぞ」
「今日の昼、三組の前で『バスケ部、怪我』って」
「それ、俺のことじゃね?」
ざわめきは、瞬く間に色を変える。
「お前が言うから、そうなるんじゃねえの」
「縁起でもないことばっか言ってさ」
「やめろよ!」慎也は思わず声を上げた。「言葉で怪我は起きねえだろ」
「でもさ——」
詰め寄る空気に湿度が増す。器具庫の独特の木の匂いが、じわりと鼻奥にまとわりついた。慎也は息を吸い、吐いた。相手の目が、怒りと不安の綱引きで揺れている。
——その時、結衣が器具庫の入り口に現れた。
「やめよっか」
落ち着いた声量。高くも低くもなく。けれど、部屋の空気の芯だけを正確につまむ声。
「森野くんを責めても、膝の怪我も、靴の剥がれも戻らない。今は消毒と圧迫。保険の先生に連絡するから、男子二人、支えて」
「……わかった」
「俺、行く」
結衣の指示に、空気が素直に動いた。慎也は胸の奥の固まりがほぐれていくのを感じた。
結衣はその間に、剥がれたソールの断面を覗き込む。糸のほつれ、接着剤の色の変化、砂粒の入り込み。目が、情報だけを淡々と拾っている。
その夜。科学準備室には、三人だけが残っていた。
「明日、クラスで説明しよう」
結衣が言うと、慎也は「マジか」と眉を上げた。
「うん。森野くん、あなたが『見て、繋げて、言ってるだけ』って言ったこと、ちゃんとみんなに伝えたい」
森野は沈黙する。窓の外ではグラウンドのナイターが遠くに点々と光り、校舎の影を縁取っている。
彼は指先で机の角を軽く叩いた。「……僕は話が得意じゃない」
「話すのは私がやる。あなたは、いつも通り見ていればいい」
「いつも通り、ね」
森野は小さく息を吐いた。「じゃあ、一つ頼んでいい? 『予言』って言葉は、できれば使わないでほしい」
「わかった」結衣はうなずく。「じゃあ“先読み”」
「それなら」
慎也が腕を組んだ。「でもさ、クラス全員を納得させるって、結構むずくね?」
結衣は無造作にホワイトボードペンを取り、板書する。
1)蛍光灯(点灯管/湿度)
2)バッシューのソール(剥離/使用痕)
3)自転車パンク(空気圧/バルブ)
4)立て看(風向/固定)
「証拠を並べるんじゃなくて、観察と推論の筋を見せるの。『だから誰でも再現できる』まで落とす」
「なるほど——」
慎也は、彼女がペンを置く瞬間の静けさを好きだと思った。言葉では言わないが、そういう気持ちが自分の中で重なっていく。
「それと、もう一個」
結衣はペンを指で回し、軽く笑った。「クラスの気持ち、先に整える小さい“体験”を入れる。心理学の実験を一個だけ」
「実験?」
「うん。心は『まず体験してから』理解するから」
「どんなやつ?」と慎也。
「プライミングの簡単なもの。数当てでもいいし、図の先入観でもいい。——明日、やってみよう」
森野はその会話を黙って聞いていたが、帰り際、扉の前で振り返った。
「高城さん」
「なに?」
「君、風になるんじゃなく、風向きを読む人だね」
「褒め言葉?」
「たぶん」
扉が閉まり、科学準備室に静寂が戻った。換気扇の音だけが、規則正しく時間を刻む。
翌日、四時間目の終わり。結衣は担任の先生に許可をもらい、五分だけ時間をもらった。クラスの視線が前に集まる。黒板には、結衣が用意したプリントが十枚。そこには、同じ形の図形が微妙に角度を変えて並んでいる。
「ちょっとした実験をします。図形の中に『三角形』がいくつ見えるか、十秒で数えてください。隣の人と答えを言い合ってね」
十秒。ざわざわ。答えは「8」「9」「10」——微妙に割れる。それから結衣は、まったく同じ図形を指し、今度は「正三角形は何個?」と問う。数字はさらに揺れる。教室が軽く沸いたところで、結衣は手を叩く。
「ありがとうございます。最初に『三角形』と言われた時と、『正三角形』と言われた時で、目の動きや探し方、変わったでしょう?」
うなずきの波。誰かが「あー!」と声を上げる。
「私たちの目と脳は、言われた言葉で探しに行く対象が変わる。これがプライミングの一例。そして——」
結衣は黒板に新たな見出しを書く。
観察 → 仮説 → 検証
「森野くんがやっている“先読み”は、これに尽きる。超能力ではない。だから、誰だって練習すれば一部はできる」
ざわめきが一拍、弱まる。結衣は言葉を継いだ。声はやはり平坦だが、運ぶ内容そのものに起伏がある。
「例1。廊下の蛍光灯。昨日からチラついていたのは見た人がいるよね。湿度が高い日に古い点灯管は切れやすい。これは学校あるある」
「あるある」前から笑いが漏れる。
「例2。バスケ部のソール剥離。彼は練習中の走り方、床の粉の乗り方、靴底の縁の毛羽立ちを見た。しかも体育館裏の段差の位置を知っていた。だから、『近いうちに誰かが足を取られる』と先読みした」
「例3。自転車パンク。バルブ付近のひび割れ、空気圧の落ち具合。つまり、『明日までは持たない』という判断が妥当だった」
「——まとめると、森野くんは見える情報の拾い方が上手い。そして、拾った断片を『だから、次に起きること』へ繋げる発想を持ってる」
教室の空気が、少しずつ、均されていくのが分かった。疑いの棘の角が丸くなり、代わりに好奇心が先端を出す。
結衣はもう一行、黒板に書き足した。
天性+知識+訓練 = 精度が上がる
「生まれつき空気を読むのが上手い人はいる。でも、科学的な知識と訓練で、もっと精度を上げられる」
一呼吸置き、結衣は言葉をはっきりさせた。「そういう技術を極限まで磨いた人たちを、メンタリストと呼びます」
「メンタリスト……!」
「テレビで見たことある!」
ぽん、と小さな手が上がる。「ということは、努力すれば誰でも“予言者”になれるってこと?」
「“予言者”にはならなくていい」結衣は苦笑した。
「先読みして、誰かを助けるで十分。それに、言葉の選び方も大事。『怪我する』じゃなくて、『靴、見直した方がいいよ』とかね」
笑いが広がる。後ろの方で誰かが「だよなー」と相槌を打つ。結衣は黒板消しを置き、机の方を見やった。
「最後に。森野くん、あなたの観察はすごい。それは才能。でも、才能をどう使うかは、あなたの在り方次第。——みんなも、誰かの才能を怖がる前に、使い方を一緒に考えてほしい」
少しの拍手。担任が前に出て「ありがとうございました。じゃ、ホームルームに戻るか」と笑う。空気に、ようやく普通の放課後が戻ってきた。
放課後。渡り廊下に西日が差し、手すりの影が床に鍵盤のような模様を落としている。音楽室の窓からは、ゆっくりとしたチューニングのB♭が漏れていた。
「助かったよ」
慎也が自販機の前でペットボトルの蓋を開けながら言う。「ありがとな、結衣」
「別に。事実を並べただけだよ」
「でも、言い方ってさ、やっぱ結衣、すげえ。なんかこう——棘が刺さらない」
「中性洗剤みたいって言われたことある」
「それ褒めてんのか?」
二人で笑った時、背後から小さな足音が近づいた。森野だ。彼は二人のちょっと斜め前に立ち、空を一瞥した。
「——予想していい?」
「おう、どうぞ」と慎也。
「相馬と高城、明日、購買でアイス買う」
「は? なんでだよ急に」
慎也が吹き出す。結衣は瞬きを一つ。頬に薄く灯りが差す。
「明日の最高気温、今日より三度高い。購買部、アイス類入荷が水曜固定。さっき、購買のお姉さんが『段ボール二つ重い』って言ってた。理系の子は新商品に反応しやすい」
森野は淡々と述べ、最後にほんの少し口角を上げた。「それと、相馬が自販機で選ぶの、コーヒーじゃなくて炭酸だった」
「観察こえー!」
慎也は頭を掻いた。「いや行かねーし。……行かねー、けど?」
結衣は視線を逸らし、空の端を眺めた。雲が薄くほぐれ、夕焼け色がじわりと溶けていく。「新作のチョコミント、ちょっと気になる」
「ほら」
森野が短く笑う。「じゃあ、また」
彼が廊下を去りかけた時、ふと足を止めた。振り返らずに言う。
「——ありがとう」
その一言は小さくて、でも確かに届いた。慎也は、夕日に照らされた結衣の横顔をちらりと横目で見た。控えめな線の中に、強さが一本通っている。彼は首の後ろを掻いた。
「なあ、結衣」
「なに?」
「今日のアレ、すごかったけど、疲れてね?」
「少し」
結衣は正直に言って、肩を軽く回した。「でも、こういうの、嫌いじゃない」
「そっか。じゃ、アイス、行く?」
「チョコミント次第」
「俺、パピコ」
「聞いてない」
ふっと笑い合って、二人は階段へ歩き出す。
外に出ると、風が少し生ぬるく、秋と夏の混じる境目みたいな匂いがした。
アオハル放課後ラボ・番外編①『Sing』 ーーー 終
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