お金が消えちゃった!?
まいどっ
グットニートを極めたいかとちゃんです
今回は最近起きた不思議な出来事について言語化をしてみようという取り組みです
ダラダラ書くと自分でも迷子になりそうなので2,000字程度を目標に、3分で読めるようにしてみますよ!
上手くいくかな?
0.結論、お金はエネルギーである
まずは抽象度の高いところからいきます
お金は天下の回りもの、本当にその通りだと実感しているところです
水が高いところから低い所へ落ちるように
熱した空気が上昇するように
お金は人と人の間を巡っています
では、その説明を試みます
1.一般論的なお金ってどんなもの?
1.2.3.のとこは当たり前のことを自分の理解で書くので飛ばしてもいいです
資本主義経済社会においてお金は、通貨(紙幣・貨幣・電子マネー)で、現代では石や骨や貝殻は偽造防止の為に使われていませんよね
主な役割はお買い物券
ものと交換できる引換券として使われていて、時々投資や投機といった事に使ってお金でお金を増やすなんてことも出来るみたい(詳しくないので掘り下げません)
2.お金がなかった頃どうしてたか
学者のダンパーさんが提唱した「ダンパー数」ってのがあり、これは顔と名前が一致する上限数で安定した人間関係を築ける限界人数とのこと
日本だと縄文時代は150人以下の集落が各地に点在していたと、発掘調査によるデータがあるらしいのでそのイメージで想像してみます
貝をとりすぎた人とどんぐり拾いすぎた人、みんなどちらも大好物だとしても、1種類を沢山食べるより2種類楽しめた方がいいでしょう
だから、ものとものを交換する
たまに多く貰いすぎたり、その分を多く返したりといった感じで
でもそんな曖昧さが成り立つのもダンパー数までみたい
3.ダンパー数を超えてきた社会
土器の登場で煮炊きができるようになり、栄養摂取効率が上がったため食べることに困らなくなって人口がどんどん増えたんだとか?
そうなっていくと、例えばどんぐり拾い行って転んで怪我して動けるまで全治3日になった人の出来事で想像してみます
3日間食べないとしんどいので、転んだのを助けてくれた初対面の誰かに3日分のどんぐりを借りました、知らなかった人なので忘れないように記録した印の刻まれた貝殻を証として渡しました
借用書みたいなものです、怪我が治ったらどんぐり3日分と引き換えに借用書は返してもらいます
みたいな事がお金の前段階として起きていったのではないかと想像します
4.めっちゃ人増えた現代社会
そして現在、お金とものの交換は物流の仕組みに取り込まれ、お金は労働などと引替えに手に入れ、スーパーやコンビニで複合的な生産者が絡む加工品となった状態の製品をそのお金と交換してるわけで、貝殻が使われなくなったみたいに都内なんかじゃ既に現金使われなくなりつつありますよね
先進諸国で食べ物は溢れフードロスもわんさか
生産者が見えなくなって、あの人が頑張って作ってくれて感謝〜みたいな事を想像しづらい仕組みも原因なのではないか
日本人のもったいない精神どこいった?
食べ物一つ一つ、加工食品に含まれる素材一つ一つが他の生き物の命から出来ていることを考えなくなり、その便利さと引き換えに他者との関係性を見失ってしまっているとも言えるのではないでしょうか?
あえて煩わしさを作り関係性を育むという、現代社会に対するアンチテーゼとして、我らがアーバンジャングルの存在がますます貴重なものとなっていくことでしょう
訳分からんと言われがちなこのプロジェクトはそーゆー側面が大きいのです
文字数も迫ってきたのでリンクだけ置いときます
読んでね!
5.自分の中でお金が消えた
4.にあるような事は家賃や駐車場代やタバコや携帯代の支払いとして今もやってます、よろず屋かとちゃんプロジェクトでちょっと特殊なのは「お金を稼いでいない」という点
ここは分かりづらいと思いますが、仲良くなった人を手伝い、自分の提供した価値に対しての謝礼としてではなく、この活動自体の支援として金銭やモノやコトをお預かりしているのが「よろず屋加藤業務店」というタイトルのアートプロジェクトなのです
そして受け取った価値を元手に、自分の価値を乗せ次の誰かの元へ送る
プロジェクトが進むと扱える価値の総量が上がり続けるはずで、バタフライエフェクトではあるけれど何かしら社会を変えてくきっかけにしたい
いや、なったらいいなくらいの革命とも言えないしょぼい変化でいいので、これからを生きる子供たちに持続可能な社会の筋道を示すことで未来の世界に貢献出来たらいいなと考えてます
かれこれ今年の6月でまる5年くらい「お金を稼がない暮らし」を成り立たせてきていまして
どうやら近頃なにかの臨界点を突破したようで、感覚的にお金は愛情や感謝と同じカテゴリーなんだと自分の中で認識が変わりました
というかほぼお金という概念が消失してしまった
お金はお金ではなくなり、エネルギーとして関係性の中を巡るものとして認識がアップデートされてしまい多分元には戻れない状態になりました
エネルギーは奪い合い消耗すると最終的に戦争になり、滞る所には心の病や自死が顕れる
反面、綺麗に流れるところでは豊かさが増え幸福度も爆上がりするのだと心の底から思います
6.仮説と検証
お金は自分から生まれるエネルギーを社会へ巡らせるためにある、これ、自分の実体験として本質をついてるなと思うのが「宵越しの銭は持たねぇ」というあったらどんどん使っちゃう江戸っ子の考え方
止めたり妨げたりしたら臭くなるからいけねぇよ
社会全体に幸福感をもたらす秘訣は自分の価値をお金という形をしたエネルギー体に乗せて巡らせていくことにある
こんな仮説が立ち上がったので、「ゼロ円生活」改め新章「わらしべ生活」へと、かとちゃんRPGの舞台を進めています
経過はこちらのマガジン、グットニート日記で不定期配信していくのでマガジンフォローして待っててね!
てなとこで、またねっ
