横浜の昼は、ラプランスだった。
この日は、港町横浜の現場だった。梅雨も明け、日差しが熱を担いで、私の元へと降りそそぐ大行列だった。空調服は、その熱を吸い上げ、私の上半身とダンスをする。
汗なのか、肌と熱の化学反応なのか、私はすでに完成されていた。
私が港町横浜の現場を筋肉フル稼働で午前中に、必ず終わらせるのには理由がある。私は、港町横浜での昼食が大好きだからだ。
港町横浜で昼食を食べるとき、それは高確率で港が似合うかなりタイプの女性を見かけることになる。
これは、私の統計史上最も信頼できるデータの一つだ。普段の私は、昼食時には全力で昼食のみに愛情を注ぐ契約をしている、昼またぎの情事主義者だ。
だけど、港町横浜だけは違う。
かなりタイプの女性と昼食が、同時に私に襲いかかってくる。
これを、ラプソディランチ。通称ラプランスと私は呼んでいる。
ラプランスに決めた私が選んだのは、港町に似合う町中華だった。冷やし中華を食べている女性を今年はまだ見ていない。私の夏がはじまることを女性から教えて欲しかった。
私は、カウンターに座った。カウンターは、5席ある。テーブル席は昼時ともあって、きちんと埋まっている。これは私にとって大きなチャンスだった。
カウンターを見渡すと、5席あるうちの右から2番目に、一人の旅人気取りが一人で旅人座りをしている。
私は、旅人気取りから一つ席を空け、右から4番目に腰を掛けた。
旅人と筋肉の初対面だった。
カウンターは、つまり、右から1.3.5の席は空いていることになる。私から見れば、両隣の3と5はかなりタイプの女性席だった。
倍率を少しだけ上げた自分に、港町横浜の潮風を感じていた。
程なくして、かなりタイプの女性が入ってきた。港町横浜は、今日も私の統計どおりだった。
悪くない。
かなりタイプの女性は夏に相応しい白のカットソーに、黒のパンツ姿で、黒髪は胸元まで伸び、暑さを連れ添わずに、夜をそのまま連れてきたようだった。
これはかなり、かなりタイプの女性だった。この瞬間、私は港町横浜の最高気温更新に貢献した気がした。
私は冷水を飲み、目をゆっくり閉じた。悟られぬよう、目だけ背中へ移動させる。少しだけカラダを左へ傾け、その時を待った。
夜を纏ったかなりタイプの女性は、私と旅人気取りに視線を送り「空いてる席へどうぞ」と促されるまま、3に座った。
狙いどおりだった。
3を選んだかなりタイプの女性の目は確かだと思った。
なぜなら、私は私の右側に少なからず自信があるからだ。この日の私は、午前の現場で右手を中心に筋トレ済みであり、二の腕はパンパンに仕上がっていたからだ。
それと、もう一つ。
旅人気取りにも、少しだけこの幸せを分けてあげたかったからだ。
私は、もう一口冷水を含んだ。
私たちのラプランスは、開演を迎えた。
「うわぁ」
その日、最初に声を発したのはかなりタイプの女性だった。指先は見られることを意識しながら、しなやかにビックリしている。声に瞬時に反応した上腕二頭筋に、私もビックリしていた。
かなりタイプの女性の目の前に、蝶になりきれない小さな蛾が飛んできていた。
「その指先なら、寄りたくなりますよ」
私が、蛾の気持ちを心で代弁しているうちに、旅人気取りは、ソっと手を差し伸べ、蛾を捕まえ、外に逃がしてあげていた。
私は、自分の筋肉と蛾の気持ちに酔いしれていて、一歩も動けなかった。
旅人気取りは、何も言わずに席に戻った。私の背中の目は、旅人気取りが私に気を遣ったことだけは見逃さなかった。
あれは、旅人だけが知る会釈だった。
「ありがとうございます」
かなりタイプの女性は、こころなしか重心を2番へ向けている。
私のもとへと、唐揚げ定食が運ばれてきた。黄金色の衣は、私に「まだ終わってない」と語りかけてくる。それに、旅人気取りの食事はもう終わりかけている。かなりタイプの女性が私に追随し、冷やし中華で夏を教えてくれるのなら、私はまだ旅人気取りに勝てると思っていた。
ラーメンだった。
かなりタイプの女性が選んだのは、冷やされてはいない熱いラーメンだった。しかも赤い。辛口だった。想定外の展開に私の唐揚げは、音を潜めている。
私は、せめて同じタイミングでデュエットしようと唐揚げをスタンバイしていた。
次にやって来たのは、レバニラだった。
かなりタイプの女性は、ラーメンとレバニラを愛でながら進むタイプだった。私は、唐揚げには、何を愛でれば良いのか考えていた。
「え。頼んでないですよ」
「差し上げます」
旅人気取りは、かなりタイプの女性にレバニラを差し出した。この瞬間、私は、最初の唐揚げをなぜ差し出さなかったのかひどく後悔した。
私はいつも自分のことばかりだ。筋肉のことを考え、蛾を捕られ、唐揚げのデュエットを考えながら、何も渡せない。
旅人気取りは、食事をし終わり欲求がみたされ余裕があったとはいえ、レバニラを差し出す発想は、私にはなかった。気付けば、私の唐揚げが、お皿の上で転がっている。
あれはきっと、私だった。
筋肉が一気に弛緩した。身も心も唐揚げも、何もかもが小さくなっていた。
「もやしとニラだけください」
かなりタイプの女性は、もやしとニラだけを取り分けていた。見られることを知っている指先は、綺麗に箸と仕分けダンスをしている。
「レバニラなのに?」
旅人気取りの声は若干震えている。想定外の対応の準備は出来ていなかったことを私は感じた。
「レバー食べれないんです」
かなりタイプの女性は、この日一番の笑顔で、とんでもないことを口に出して囁いていた。
この瞬間、私は最後のバッターボックスに立っている気がしていた。勝ちは最後まで分からない。物語は、想定外があるからこそドラマチックだ。
私は、私に出来る精一杯をすることにした。
「お二人も飲みます?」
私は2人に右腕から冷水を冷静に注ぎ、席を立った。
旅人気取りは、私にお礼を言いながら、一言だけ囁いた。
「横浜にいるのは今日いれて、2日だけなんです。次は北海道へ出航するので」
「じゃ、記念にレバニラ食べますか?」
私は、旅人気取りの本物の旅人にウインクをし、3人分支払おうかと思ったのだが、それはやめておいた。
旅の邪魔はしたくない。
この日のラプランスは穏やかに終えた。
かなりタイプの女性の眼は、すでに出航していた。
なんのはなしですか
港町横浜は、今日も旅を迎えている。私は午後の現場へと向かった。
私の右腕だけは、最後まで自信満々だった。

昼またぎの情事シリーズ↓
クラファンは、8月1日5時55分から↓

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「松平」な57通目
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