そこから、何が見える?《#いつもの場所に座って》
実家には、和室に場違いなかつて主役だった古いマッサージチェアがある。誰も座らないその椅子を、午後になると西日が障子を通して照らす。光は強く、白けていて、決して優しくはないはずなのだが、障子を通すと穏やかに見えるのは、そこに座っていたじぃちゃんの姿を私が重ねているからだろう。
マッサージチェアの革は、深く沈み、艶を失い、肘掛けの端は少しひび割れている。でも、指先でなぞると、そこにいる気がしてくる。それは、そう思おうとしている自分の感覚だけかもしれない。
私の記憶の中にあるじぃちゃんは、いつも穏やかに座っていた。その印象が強いせいか、今は「穏やか」なんて簡単に使ってしまう。それが少しだけ怖い。
きっと私は記憶を自分の都合の良い形に、丸めている。
記憶を残す古びたマッサージチェアに家族として座る。馴染んだ革のシワが指に触れ、かすかに年老いた音が鳴る。私が座っているはずなのに、これは私が座るマッサージチェアではないことをやはり感じた。
じぃちゃんは、この和室で何を見ていたのだろうか。
このマッサージチェアに、最初にじぃちゃんを座らせたのは、もう二十年以上も前になる。「座らせた」と表現するよりも「押さえつけた」と言う方が正しい。
介護という言葉が日常に馴染んでいなかった頃、私の家族はただ「どうしていいか分からない家族」だった。
じぃちゃんは、認知症だった。今ならハッキリとそう言える。だが、当時は認知症という言葉もハッキリと世間には浸透もせず「ぼけた」とか「どうしようもない」とか、そんな言葉で飾り、自分たちを慰めるしかなかった気がする。
じぃちゃんが元気であることが、あの頃は厄介だった。カラダが健康な老人ほど手に負えないモノはないと肌で感じていた。当時は、今のようなデイサービスもなく、私の街では、在宅介護しか選択肢がないように思えた。家族は知らず知らずのうちに疲弊していた。
この辺の記憶が定かではないのは、私がこの家から逃げるように転々としたからだ。
自分が穏やかになるためだけに、家に帰らなかった。
二十歳そこそこで、何をするにも中途半端な私は、家にいることで、人がだんだんと弱っていく姿など見たくないと、家に寄り付かなくなった。
たまに家に帰ると、じぃちゃんは、声にならない声を上げていた。両親は、子供を怒るように怒鳴っていた。廊下を歩き回り、ハチマキを頭に締め、私たちを威嚇し、戦う覚悟をしている。じぃちゃんが暴れるたびに、どうしていいか分からず、力で押さえつけるしか方法はなかった。
「早く手伝えや」
父は、私に指図をする。大人の男二人でも老人一人を押さえつけるのは難しかった。火事場のくそ力と言われる力は、脳のどこかスイッチを切ることなのだと、私は冷静に感じていたりした。じぃちゃんの後ろに回り、腕を抱きとめるように押さえ、父は前からマッサージチェアへと誘導する。
転ばせないように、でも必死に座らせる。それは暴力ではなく、ただどうしようもない「手段」だった。マッサージチェアは軋み、革はこすれ、誰かの息は荒くなる。
私が感じていたのは、人に対する恐怖と、人ではないと言い聞かす自分の怖さだった。
誰も悪人ではなかった。ただ誰もが疲れていた。どうすれば良いのか分からないまま、家族という形を保とうとしていた。
じぃちゃんが、疲れて眠るまで、両親は毎日それを繰り返していた。そのうち、疲れて急に眠る。子供みたいだと思った。マッサージチェアは、疲れたじぃちゃんをしっかりと休息させていた。
私は、たまにしか付き合わないのに、この家は自分の家ではないと考えることで、心を保っていた。
今、じぃちゃんのマッサージチェアに座り、穏やかなじぃちゃんを思い浮かべることで、赦してもらおうとしている自分に気付いていた。
次に、私がじぃちゃんを認めた時、それは足が悪くなって思うように歩けなくなった時だ。
同じ場所に同じ椅子があるのに、匂いも光の角度も違って見えた。埃を含んだ午後の光は、障子に淡く反射して柔らかい白に滲む。椅子は、間違いなくじぃちゃんを包んでいた。
この間に何年間もの空白がある。じぃちゃんは、一気に弱ったワケでもない。私が見ないように、ただ働くことを言い訳にして、じぃちゃんを感じないようにしていたからだ。
自分の冷酷さは、自分で認めている。
足が悪くなったじぃちゃんは、嘘みたいにおとなしくマッサージチェアに座っていた。言葉もほとんど発しなくなっており、時おり優しいトーンで誰かに挨拶していた。その姿は、仙人みたいだった。
久しぶりに帰った日、父はじぃちゃんの髭を剃ってあげていた。
「なんでそこまでするん?」
と私が聞くと、
「自分の親にしてあげられなかったからな」
と父は答えた。
「俺は、しないぞ」
何についての宣言なのか分からないけれど、私は、やはり残酷で冷酷だった。老いていくじぃちゃんも、父のことも考える事が嫌だった。家族を思いやることも寄り添うことも、私の中では守るべき世界ではなく、ただ自分を守るための距離の取り方だった。
「誰も望んでないわ」
父は、髭を剃り終えると、独り言のように話していた。
「おっ。ありがとね」
じぃちゃんは、マッサージチェアに座り、笑いながら右手をあげた。屈託のない純粋な笑顔だった。自分がスッキリしたことに気付いている。嬉しいと表情だけで分かるくらい伝わる。「ありがとう」なんて言葉を話している。あれだけ暴れ、叫び、戦っていたのに、それは過去になっていた。
ニコニコとマッサージチェアに座り、見えているのか、見えていないのか分からないテレビが流れて、おとなしくマッサージチェアと一緒に座っていた。
椅子は役割を変え、居場所になっていた。
両親も、今までのことがなかったかのように、笑い合うようになっていた。私には分からない、深い繋がりがあるようにも見えたが、見せていただけのモノなのかもしれない。
ここからしばらく、マッサージチェアとじぃちゃんは、毎日をゆっくりと一緒に過ごしていく。
ベッドで寝たきりになる前に、マッサージチェアに座り、一点を見つめているじぃちゃんに、私は聞いたことがある。
「なぁ。じぃちゃん。そこから、何が見える?」
答えが返ってくることはなかったが、声に出して聞きたくなった。それでも直接聞けて良かったと今でも思っている。
今、改めてマッサージチェアに座ると、革のシワが私のカラダには、合わないことを知る。どのシワも、私のシワではない。それでも、じぃちゃんに見えていたものが、今の私にも少しだけ見える気がした。
マッサージチェアに深く腰掛け、振り返ると、見えるものは、見えないモノだった。
穏やかさを思い出すたびに、赦されたいのは、じぃちゃんではなく、私の方だと気付く。そして、赦してもらおうとしている自分に、少しだけ腹が立つ。この椅子に長い時間座ることは、もうないだろう。けれど、たまには座り、名脇役として、何が見えるか考えなければならない年齢になっていることを知っている。
私は四十を超えて「穏やか」という言葉を、少しだけ怖がらずに口に出せる気がした。
それでも、光だけは今も穏やかに居場所を照らしている。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたお気持ちは「なんのはなしですか」に関連する活動に使わせていただき、人に会いに行ったり、呑んだり、遊んだりとそれをまた記事にして有効に活用させていただきます。