インダイレクト・デモクラシー(代表民主制)の「代表」という概念は擬制:方便?
「代表」ってありうるのか
代表制そのものへの反発がこのところ強くなっている
女、市民、国民の代表だという、わけのわからない言葉が流行っています。いったい、だれが、いつ、あんたに代表なるものを頼んだというのか。法人ならいざしらず、ある個人が他の個人の代表などなれるわけもありません。個人的には、もう今では「代表」という概念はオワコンになったように思います。
「代表」とはそもそも、デモクラシーがインダイレクトデモクラシー(代表民主制)になった際に端を発してます。
近代のデモクラシーの祖フランス革命時に議員という国民の代表概念とインダイレクトデモクラシー(代表民主制)ができたようです。これは今から言えば擬制:方便だと思います。残念ながら他に方法がなかったのでしょう。
「ヨーロッパ語でこの言葉の原型にあたるラテン語のrepraesentareは,あるものを現前させる(目の前にあらわれさせる),ということを意味する。」
「市民革命後の代表観念は,それに先行した身分制議会が,身分制的に構成された選出母体の訓令に法的に拘束されるものであったのに対し,そのような命令的委任を否認することによって,全国民の代表であるべきことを強調するものであった(国民代表)。」
インダイレクトデモクラシー(代表民主制)への疑問
現在は、代表民主制の「代表」なる概念に疑問が投げかけられています。
「言論NPOの世論調査では「政党」や「国会」を支持する国民が2割にとどまっていることや、政治家を自分たちの代表と思っていない国民が多い」
「代表制民主主義への不信は世界的な現象」
「国会審議の質を高めるという観点からの制度改革が必要」
「言論NPOが最近行った世論調査で、国民の半数近くが政治家を国民の代表とは思っていないという」
「政治家は何を「代表」しているのか」
「政治家を信頼していない一因は、社会全体でなく個別の利益を代表して動いていると思っていることだ。しかし、政治家は自身の支持基盤の利益を実現することが自分の仕事だと思っており、それを否定されると代表制そのものが成り立たなくなってしまう」
2019年10月09日
https://www.genron-npo.net/future/archives/7368.html
代表制度は政治権力の私物化への対抗手段
現代の民主主義諸国では、代表制度が正常に機能していない。正常にというのは、代表制度が民主主義の制度として求められる機能を果たすことができていないということだ。そればかりか、今後もそれは正常には機能しえない。もちろん、日本も例外ではない。
現代の代表制度が機能不全に陥っていることを赤裸々に物語っているのが、代表者の中でも、政府を構成する政治家──大統領もしくは首相に当たる──による政治権力の《私物化》である。
そもそも近代に復活した民主主義では、政治権力の私物化を禁じ、自由を蹂躙する専制に対抗する手段として代表制度が導入された。もちろん、それ以外にも法の支配や三権分立などが存在してきた。しかし、代表制度こそ、民主主義の理念を実現する上での基幹となる制度であったことは間違いない。国民によって直接選挙で選ばれた代表者からなる立法府、すなわち議会が法律や憲法を制定し、それによって、執行権力の担い手である行政府をコントロールする。これが、その制度の核心となる構想だ。
この構想を「立法権の優越と執行権の権利否定」と説明する人もいれば、端的に「議会主義」と呼ぶ人もいるだろう。しかし、いずれにせよ、この核心的な構想によれば、代表制度が民主主義の制度として機能するには、社会にしっかりと根を張った大衆政党と定期的に行われる民主的な選挙が不可欠となる。
これに対して本書では以下の二つの事態を繰り返し指摘してきた。一つは、現代の多くの民主主義国において、政党が多くの有権者との結びつきを失い、社会の諸集団を代表する機能を喪失したこと。もう一つは、定期的に実施されてはいるものの、選挙は社会の多数派に共有された意思を表明したり、時の政権の業績を評価したりする機会ではなくなったことだ。
「代表性の喪失」がひとたび確認されると重大な不都合が生じるであろう。すなわち「法律は一般意思の表明である」という一七八九年人権宣言以来のフランスの憲法伝統における法律に関する大原則が失われてしまう。法律が人民の一部の特殊利益の表明にすぎないのであれば、なぜ人民を構成する個々の市民は法律に従わなければならないのであろうか。「代表性の喪失」の問題とは、すなわち代表されていない部分が人民のなかに存在するということである。
しかも、ひとたび「経験的観察」によって人民の分裂が確認されてしまった以上、多数者による一般意思の表明という多数派デモクラシーへの回帰は、空虚であり、理論的に不可能である。
ジョームは、次のように述べている。「私の考えでは、代表の危機は、一七八九年に由来するような人民という考えの危機である。なぜなら、それは同時に市民性の危機であるからだ。委任の行為が貧困な内実に対するひとつの象徴になる傾向があるのと同様に、市民という地位は相関的なその体験を喪失するのである(36)」。つまり、「各自が自分を主権者たる人民の構成員であると感じ(同意の一形態)なければならない(37)」ということ内実とする「市民性(citoyennete´)」は、一般意思の表明たる法律のうちに自らを見いだす(代表されている)ところに相関的に存するのであるから、現代的代表概念が生み出したズレによって「代表性の喪失」が意識される場合には、市民は法律のうちに自らを見いだしえないのであり、端的に他者に統治されていると感じるのであるから、個々の市民は、自分を主権者たる人民の構成員であると自覚することを内実とする市民性を喪失するのである。トゥールノンが「支配者がある人たちを正しいとして他の人たちを非難するならば、その非難された人たちは、当然のこととして、かれらと対抗しかれらに強制をするのだから、もはや彼らを代表していない統治とかかわり合うのだと思うだろう」と述べている(38)のも同趣旨のものと思われる。また社会学者のアラン・トゥレーヌは、最近の著作において、この代表性と市民性との相関関係について以下のように述べている。「今日では、様々な兆候から考えると、民主主義と称される諸体制は、権威主義的諸体制の全く同様に衰退していると考えられる」が「このような諸国家の衰退は、その国家が民主主義的であろうがなかろうが、政治的参加の低下を引き起こすのである。そのことはまさしく政治的代表の危機と名付けられる。選挙民はもはや自分が代表されていないと感じる。そしてそのことは、ある政治的階級に対する告発によって表現される。つまりかれらは、かれら自身の権力やかれらの構成員の私腹を肥やすこと以外の目的を持っていないというのである。市民性の意識は希薄化し、ある場合には多くの個人は、自分を市民というよりも消費者であると感じ、国民であるよりも国際人だと感じるのであり、またある場合には、逆に、かれらのうちの一定の人々は、経済的、政治的、民族的あるいは文化的理由によって自らが参加していないと感じているところの社会から、自分が周辺に追いやられ、排除されていると感じるのである(39)」。
石埼 学
第二章 現代フランスにおける批判的代表制論
2 「代表性の喪失」---ジャン・トゥールノンの代表制論https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/95-3/ishizaki.htm
もともとデモクラシーはダイレクトデモクラシー(直接民主制)
そもそも、ギリシャのポリス アテネのデモクラシーはダイレクトデモクラシー(直接民主制)でした。
問題はいかなるデモクラシーが望ましいかではなく、デモクラシーが正当化される範囲はどこまでか、ということなのです。そもそもデモクラシーが成立したポリスの時代、住民の人口は多くて20万人程度でした。
つまり、デモクラシーは20万人の住人たちが自治をするために使われた制度なのです。また直接民主制を主張したルソーの時代もジュネーブの人口は2万4000人でした。もしアテネ市民やルソーが現代の何億人もの人口を統治する間接民主制を見たら、おそらくこれはデモクラシーの名に値しないと言うでしょう。少数の支配者が「代表」というフィクションの下に腐った運営を行っているだけで、そこにはデモクラシーの使用環境である住民自治がないからです。
よって20万人程度の地域共同体だとデモクラシーは妥当すると思います。今はテクノロジーが発達してネットを使って意見の集計とかもできるので、もう少し多くても大丈夫でしょう。よって30万人くらいなら、デモクラシーは妥当します
デモクラシーの使用環境――イアン・シャピロ「民主主義理論の現在」がすごくない http://t.co/zAiWBIOA (先ほどの参照エントリのアップデート版)
— daen0_0 (@daen0_0) May 13, 2012
もちろん、ダイレクトデモクラシー(直接民主制)にも欠点あります。かつてのデモクラシーポリスは滅び去りましたので。
インダイレクト デモクラシーがデモクラシーだと決めたのはロベスピエール by ChatGPT
マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien Robespierre、1758–1794)は、代表制(間接)民主制を「デモクラシーの一形態」として明確に位置づけ、その定義を拡張した最初の人物の一人とされています。彼は1793年に以下のように述べました。
「デモクラシーとは、人々が自ら成すべきことを自らなす国家であり、自らなせないことは代表により行われる国家である」
つまり、「人々が直接できない部分を代表を通じて行う制度」を民主主義の本質と位置づけたのです。この発言により、「代表制民主制(indirect democracy)」もまた「民主制(democracy)」の一形態であると歴史的に初めて明示的に扱われたと言えます。
さらに、「代表民主制」という用語自体は1790年代に形成され始め、ロベスピエールのこの再定義によって「デモクラシー」という枠組みの中に代表制制度が統合されたことが明らかになっています 。
✅ まとめ
項目
内容
主張者
マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien Robespierre)
年
1793年
内容
「デモクラシーとは…代表により行われるものも含む」と発言し、間接民主制を正統なデモクラシーとした。
出典
ロベスピエール自身の発言を収めたパリ国民 Convention の記録
この歴史的背景を踏まえると、間接民主制(indirect or representative democracy)を「デモクラシーである」と初めて明言したのは、ロベスピエールであると評価されます。
よりよい意思決定としての多数決法が求められる
より良い方法が求められますね。
関連書
著者は古典から最先端の政治理論まで駆使し、選挙と政党を基盤にした「代表制」と民主主義とはイコールではないこと、現在の社会は「代表制」が機能するための条件を完全に失ってしまったことを明らかにし、一方で、中国統治モデルの可能性と限界も検討する。
藤井 達夫
