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日本占領軍 民間情報教育局(CIE)指導による日本初のクイズ番組

 いまだ隆盛しているクイズ番組の端緒は占領政策によるものでした。


日本初のNHKラジオクイズ番組 「話の泉」

 CIEの指導によりできました。

「話の泉」は、終戦から1年がたった1946(昭和21)年12月に、GHQの民間情報教育局CIEの指導の下、アメリカの人気番組を参考に誕生した。

https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0011275

戦後復興を支えたバラエティ番組 最初のクイズ番組 話の泉https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0011275

アメリカの番組をモデルとしたこれらの番組を日本にもたらしたのは、GHQ(連合国軍総司令部)の部局・CIE(民間情報教育局)でした。そこには、家父長制の解体や民主化の促進といった狙いがあったと言われています。

https://dot.asahi.com/articles/-/12705?page=1

CIEのクイズ番組導入の目的は家父長制を廃れさすためとの見解

日本におけるクイズ番組の起源は、アメリカを中心とする連合国の占領政策と深く関係している。日本初のクイズ番組『話の泉』は、1946年12月に、NHKラジオ第一放送で放送を開始した。その裏には、占領下において日本の文化政策を監督した民間情報教育局(CIE)のラジオ課が、NHKに対して与えた「助言」がある。『話の泉』はCIEの意向を受け、アメリカのラジオ番組『インフォメーション・プリーズ』(Information Please)を模倣して制作された。当時、「クイズ番組」という呼び名はなく、『話の泉』に代表される黎明期の番組は「当てもの」と総称されていた。

 CIEが日本にクイズ番組を導入したのは、クイズ番組が持つ特性に着目したからだ。クイズ番組には、戦前の家庭を支配していた家父長制の原理を弱め、民主主義の作法を人々に浸透させるはたらきが期待されていた。というのも、クイズにはその性質上、ともに番組を楽しんでいる家族や友人とのあいだでコミュニケーションを促進する性質があるからだ。

 戦前の日本家庭が家長を中心とするタテ型の構造を有していたとすれば、クイズによって知識を競う「お茶の間」の一家団欒のすがたは、まさしくヨコ型の構造といえる。クイズ番組では、夫よりも妻、父よりも娘、兄よりも妹こそ回答できる問題が数多く出題される。そのとき、家父長的な権力関係はいったんキャンセルされ、家族の成員には、同じゲームの参加者として、平等な権利が与えられる。戦前の硬直化した家庭環境に比べれば、クイズ番組がもたらすのは、より柔軟で、可変的な関係性だと言えるだろう。

https://webgenron.com/articles/sb003_18

ペイトリアーキ(家父長制)とは

実はCIEの意図を裏付ける史料は発見されていない

日本クイズ史を分析する際は、GHQ内の民間情報教育局(CIE)の指導を受けて制作されたラジオ番組「話の泉」 (NHK 1946~ 64)をスタート地点にする場合が多いようです。よく知られているように、この番組はアメリカの人気ラジオ番組「Information Please」を輸入したものです。ラジオ放送を通して日本を民主化教育する目的で、アメリカのクイズ番組が輸入された流れに関しては、 『クイズ文化の社会学』(2003)に詳しく書かれています。
初めに注意を促しておきたいのは、 「話の泉」制作によってCIEが目指していた「民主化教育」がどういうものだったのか、その具体的なあり方がよくわかっていない、ということです。たとえば、クイズ番組を通じて、戦前の家族に見られる家父長的な関係性を突き崩すことを意図した、というような考え方が「Wikipedia」に紹介されていますが、管見ではそれを裏付けるような資料は発見できませんでした。この日本クイズ史の出発点としての「民主化教育」の内容をどう理解するかによって、クイズ史の描き方が大きく変わってくる可能性があります。言ってしまえば、クイズ論者は、自らのクイズ論の展開にとって都合の良い形で、 「民主化教育」の内容を措定することが可能である、ということでもあります。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~sasaki1030/Original%20Research%2001.pdf

「クイズ史の独自研究」
第一章 クイズ番組の原型「話の泉」

http://www7b.biglobe.ne.jp/~sasaki1030/Original%20Research%2001.pdf

CIEのデモクラシープロパガンダ


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