近代アート終焉にみる近代という時代の終焉
今朝寝間で思いつきました。
文章はChatGPTによるものです。
アートと詫び寂びは「呪」
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近代アート概念は18世紀に完成
私たちが「芸術(アート)」と呼ぶものには、意外にも長い歴史があるわけではない。現代の私たちにとっては、絵画・音楽・詩・演劇などが「芸術」という一つの枠組みに収まっていることは当然のように思えるが、この分類が確立したのは、じつは18世紀のことにすぎない。
芸術概念のはじまり
18世紀に関して、ロペスのネタ元はPaul KristellerのThe Modern System of the Artsという論文だ。Kristellerに従えば、芸術の概念が完成したのは18世紀半ばのフランスだ*1。
芸術概念の成立ということでここで意味されているのは、絵画や音楽や詩を「似た活動」としてまとめあげ、それを学問や他の技術から区別する発想だ。よく知られているように、それ以前の"art"*2という語は、現在の「技術」に近い意味であり、絵画や彫刻だけではなく、哲学や天文学や釣りや工学やその他さまざまなものを含んでいた。
要するに、現在ある芸術の分類に近いものが完成したのが18世紀だった。この新しいグループの中核にあったのは、絵画、彫刻、建築、音楽、詩。よく含まれていたのが造園、ダンス、舞台、散文。またこのグループは、リベラルアーツや実践的技術や科学といった他の新しいグループから区別されるようになった。なお、この辺の歴史は日本語だと佐々木健一『美学事典』の「芸術」の項目などが簡潔にまとまっている。
また、この新しいグループは、理論によって保護された。Paul Kristellerによれば、この重要なステップは、シャルル・バトゥーの理論によってなされた。バトゥーによれば、芸術は美しい自然を模倣するという共通点をもっている。この理論は、同時代でもさまざまに反論されたが、それが提案していた分類そのものは否定されなかった。これはおもしろいところだと思うが、バトゥーの理論そのものは正しくないかもしれないし、受け入れられもしなかったが、それによって芸術概念が導入され、安定化することになった。
近代社会のうちで芸術は本質的にイデオロギー的な機能を持つ。もしこの主張が正しいのなら芸術の定義をめぐる議論は見当違いなもので、取りやめられるべきものである。
前件はクリステラー、シナー、ブルデュー、イーグルトン 、マティックを参照し、明らかなものとされ、この論文では詳しく議論されない*2。
この論文では、18世紀に近代的な芸術の体系が誕生したというクリステラーたちの主張を正しいものとする。クロウニーによれば、近代的な芸術の体系とは、以下のような概念である。
近代的な芸術の体系:諸芸術それ自身、加えて、芸術というカテゴリーが存在するという概念、そしてその芸術のカテゴリーと関連する制度、慣習を総称した概念である。
そして近代的な芸術の体系は、近代における経済的、社会的、階級的な条件と関係して発展した概念であり、ゆえに、イデオロギー的である、とみなすことができる。
芸術の定義には、一貫性が見当たらないにも関わらず、現実には機能し、他の活動と区別されている。ここから、芸術の定義はイデオロギー的な機能を持つ、とみなされる。
この18世紀の「芸術の発明」は、近代という時代精神の中で、芸術が美・感性・創造性をめぐる理論的対象となる条件を整えた。その後のロマン主義、写実主義、印象派、キュビスムなど、私たちが「近代美術」として記憶している運動の多くは、この18世紀的な芸術観の枠内で展開されたのである。
終焉した近代アート達
20世紀70年代後半の議論「アートの終焉」
ところが、このような芸術の枠組みは、20世紀後半に入り大きく動揺し始める。
20世紀後半はアメリカにおいて、ヨーロッパ版のとは異なるアヴァンギャルドの第二波が現れます。色々な新しい形態のartと称するものが出現し、形の上で芸術を規定することができなくなりました。例えば便器や、川辺に流れ着いた木片を展示する流木アート。するとなぜ展示されると路傍の石ころがアートになるのかという問いが現れ、それが刺激になって新しい、ドイツ観念論とは異なる美学が現れます。それが20世紀後半のアメリカ発の美学でした。芸術の定義に集約される議論がなされ、70年代後半には一世を風靡した近代・歴史の終わりという議論とともに、「芸術の終焉」という議論がなされます。
https://www.kyoto-up.org/archives/1416
「アートの終焉」は何を意味するのか
「芸術の終焉」という語句は、誤解されやすい。ここでいう「終焉」とは、芸術的な創作活動そのものが止むという意味ではない。むしろ、18世紀に成立した「芸術」という概念の枠組み、つまり「何が芸術であり、何がそうでないのかを決定する制度的・理論的構造」が終わりを迎えたということを指している。
芸術が制度や形式から解放される一方で、「これはアートなのか?」という問いが消失し、芸術という領域が無限に拡散する危険性も孕んでいる。
関連書
https://www.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E7%B5%82%E7%84%89
https://navymule9.sakura.ne.jp/end_of_art.html
https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/c8bace79581bcc80f5f2c0100cd2c540
https://kenichinakatsu.blog.fc2.com/blog-entry-85.html
近代文学
この「終焉」はアートに限らない。たとえば日本の純文学もまた、1995年を境に大きな転換を迎えたとする指摘がある(助川幸逸郎)。この年、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件という未曾有の災厄が立て続けに起きた。「文学」という近代的な自己表現の形式もまた、その有効性を失っていった。同時代の作品は、純文学よりもライトノベルやエンターテインメント小説に駆逐され、文学はもはや文化の中心ではなくなった。
https://note.com/mototchen/n/nc9d671e82f80
「文学小説の時代」の、日本における終焉が、一九九五年だったのである。」
「一九九五年の日本でおこった「純文学」の終焉は、二〇世紀初頭に、クラシック音楽が直面した事態になぞらえるとわかりやすい。第一次大戦以前のクラシックの演奏会では、過去の古典とおなじようにして、同時代の作品がとりあげられていた。両大戦間を端境期として、現存作曲家の音楽は、一部の好事家だけが聴くものになった。今日でも、ベートーヴェンやモーツァルトはさかんに聴かれているが、彼らに匹敵するほどポピュラーな同時代作家は、クラシック音楽の分野にはいない」
はじめに 助川幸逸郎 ⅵ
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/img/literacy_preface.pdf
可能性としてのリテラシー教育
はじめに 助川幸逸郎
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/img/literacy_preface.pdf
クラッシック音楽
同様の現象はクラシック音楽にも見られる。クラシックコンサートの中心は依然としてベートーヴェンやモーツァルトなど過去の作品であり、現代作曲家の音楽はごく一部の愛好家にしか届かない。つまり、音楽もまた「生きている芸術」から「記念碑」となり、芸術としての現役性を失いつつある。現代において「アート」が依然として意味を持つとすれば、それは懐古的なものか、あるいは制度的アーカイブとしての意味でしかない。
https://note.com/mototchen/n/n98fb3d2fefac
「近代アートの終焉」と「近代という時代の終焉」
「アートの終焉」は、単なる表現形式の変化ではなく、近代の根本的な価値観——「普遍性」「真理」「美」といった理念への信仰の消滅を意味する。つまり、アートの終焉とは「近代という時代の終焉」に他ならない。アートはその最先端で、社会の変容を鋭く映し出してきたが、今やその役割さえも曖昧になっている。われわれはすでに「何がアートか」を問うことに疲れており、アートは意味よりも経験、あるいは消費の対象として存在しているにすぎないのです。
