初期ホモ・サピエンスの食性は?
各研究から実際に何を食べていたのかや好き嫌いを考えるためのリンクです。
最近の説では意外なことにほぼ肉食で、雑食は1万年前からということだそうです。
少なくとも食べられる野菜の品種改良はかなり近年というコトになりそうですね。江戸時代までは雑穀1日六合に少しの漬物だったようですし。まして生野菜やサラダを食べ始めたの至極 最近なのです。

https://g.co/gemini/share/736281b7f3a4
ヒト類縁であるAPE 類人猿の肉食
ボノボの肉食
ワンバ森林で新たに観察されたボノボの肉食
Newly Observed Cases of Meat Eating by Bonobos at Wamba, DR Congo 霊長類研究2001Vol.17No.3 P271-275
https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj1985/17/3/17_3_271/_article
チンパンジーはボノボより肉食
「いずれの地域においても,チンパンジーの狩猟・肉食の頻度はボノボよりはるかに高いと考えられる」
「16種と8種の哺乳類がチンパンジーによって,狩猟・肉食されている」
「チンパンジーも果実を主食にしているが,こうした草本を採食する頻度は,ボノボほど高くない」
チンパンジー3亜種すべてで狩猟・肉食行動は観察されており,この行動が生息環境の違いに関わらず,彼らの一般的な特性であることは明らかである。そして,糞分析の結果を比較する限り,この行動の頻度には,例えば乾燥地の方が高いといった生息環境 の違いによる変異は認められない。また,狩猟・肉食の対象の選択性ということでとくに指摘しておきたいことは, 彼らの主な狩猟・肉食の対象は同所的に生息する霊長類,とくにオナガザル類であるということである 。狩猟された哺乳類が同定されている12ヶ所の調査地のうち,霊長類が狩猟・肉食の対象となっていないのは,わずかにボッソウだけである。またこの行動に関して大量の資料が得られているタイ,ゴンベ,マハレに関していえば,チンパンジーが狩猟した哺乳類の60%以上は霊長類であり,チンパンジーの主な狩猟・肉食の対象は同所的に生息する霊長類であるということは明らかである。
アウストラロピテクスはベジタリアン
約350万年前に生きていた人類の祖先は、ほぼ完全に菜食
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2025/03/543840.php
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adq7315
ヒト先祖の肉食
人類は約200万年の間、地球の頂点捕食者として、肉食に進化していたことが判明しました。
イスラエル・テルアビブ大学の最新研究によると、その200万年間に過剰狩猟でメガファウナ(大型動物)が減少し、石器時代の終わりにかけて動物の食料源が衰退。
そのため、1万年前頃から植物性の栄養源を取り入れて、次第に雑食化していったとのこと。
初期人類は、最初から雑食ではなかったようです。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ajpa.24247
人類はいつ火を使い始めたのかという記事https://t.co/7Sasdfi6qu
— ゆきまさかずよし (@Kyukimasa) August 10, 2020
諸説を紹介。
人類居住跡の炉床の分析では150万年くらい前から焼けた物質が増え始める。
ホモ・エレクトスの腸は200万年前から短くなっているから(消化にいいもの食べてる)、それよりもはるかに古いという説もあったり
https://www.livescience.com/when-did-humans-discover-fire.html
新石器時代
https://www.cnn.co.jp/fringe/35227256.html
動物の乳
酪農の世界最古例は、9000年前のアフリカと7000年前のトルコ
https://www.nature.com/articles/nature.2012.12020
https://note.com/mototchen/n/n5a48596a04d7
麦食
耕作の始まりは紀元前7,000年頃
https://www.flour.co.jp/news/article/656/
どんぐり食
Oak: The Frame Of Civilization – 2005/6/1
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/105/mgzn10513.html
事例 縄文のどんぐり食
縄文時代の日本だけではなく、ヨーロッパのほうもどんぐりたべていたようですけど。
https://www.komenet.jp/bunkatorekishi/bunkatorekishi02/bunkatorekishi02_1
https://www.brh.co.jp/publication/journal/021/ss_2
関連
解説
https://g.co/gemini/share/9ffee1d6d0e2
人類食性の変遷:類人猿の肉食から現代の食料生産革命まで
エグゼクティブ・サマリー
本レポートは、人類の食性が、近縁の類人猿から初期ヒト、そして現代に至るまでの進化の過程で、いかにして生物学的、技術的、そして社会文化的な要因が複合的に絡み合い、根本的な変革を遂げてきたかを包括的に分析するものである。この変革は単純な直線的な進歩ではなく、ホミニン(人類)の食性が生物的特徴、道具の使用、そして社会構造と相互に作用しながら共進化してきた複雑な物語であると結論づける。主要な変遷として、アウストラロピテクスの植物食中心の食性から、ホモ属における腐肉食と狩猟への移行、火と調理が人類の生理機能に与えた革命的な影響、そして穀物、乳、ドングリといった新たな食物資源の獲得が引き起こした定住化と社会構造の劇的な変化を詳細に検証する。これらの食性の移行は、人類の脳の大型化、社会性の発展、居住様式、さらには遺伝子レベルでの適応にまで影響を及ぼし、現代社会の基盤を築いたのである。
第1章:類人猿に見る食性の原型:肉食の生態と社会的機能
人類の食性進化を理解するためには、まず最も近縁な類人猿、チンパンジーとボノボの摂食行動を把握することが不可欠である。この両種の食性は、ホミニンが肉を食物資源として利用し始めた初期段階の様相を考察する上で重要な比較対象となる。
ボノボは、一般的に果物や葉を主食とする、草食性が強い類人猿として知られている。彼らの社会はメス中心で、平和を重んじる性質があるとされる 1。肉食は稀であり、機会的な行動の一環であると考えられてきた。しかし、コンゴ民主共和国ワンバの森林における新たな観察事例では、ボノボが肉を食べているケースが確認されており、この行動が彼らの行動レパートリーの一部であることが示唆されている。
一方、チンパンジーはボノボと対照的に、狩猟と肉食をはるかに高い頻度で実行する。研究によれば、チンパンジーは少なくとも16種に及ぶ哺乳類を狩猟・捕食し、その行動は生息環境の違いに関わらず、種としての一般的な特性であることが明らかになっている。特に彼らが好んで狩猟する獲物は、同所に生息する他の霊長類、とりわけオナガザル類であるとされている [チンパンジーはボノボより肉食, チンパンジー3亜種すべてで狩猟]。
肉食は、チンパンジーの社会において単なる栄養摂取の手段を超えた、重要な社会的役割を担っている。オスは集団で協力して狩りを行うことがあり、その成功率を高めている 2。狩りで得られた肉は、群れのオス間で頻繁に分配される貴重な資源となる。この食物分配の瞬間には、「肉食クラスター」と呼ばれる社交的な場が形成されることが観察されている 4。このクラスター内では、肉を持つ個体の周囲に肉を欲する個体が集まり、要求や威嚇といった多者間の相互作用が活発に繰り広げられる 4。これは単に肉を得るための行動ではなく、個体間の社会関係を構築し、変容させるための重要な社会的儀式となっている。
このチンパンジーとボノボの食性の違いは、単なる食糧源の差ではなく、食性が社会構造と強く結びついていることを示唆している。チンパンジーの狩猟と肉食は、オス中心の階層的な社会構造を維持するための重要な絆を形成する手段として機能している。対照的に、メス中心で協調を重んじるボノボの社会では、同様の社会的動態が肉食に依存していない可能性が考えられる。このように、食性の進化は、単に栄養上の課題を解決するだけでなく、社会的な複雑性を生み出す強力な原動力となりうることを示している。
第2章:ホミニンの食性転換:植物食から肉食、そして狩猟へ
人類の食性は、アウストラロピテクスから初期ホモ属へと移行する過程で決定的な変化を経験した。この移行は、新たな道具の獲得と環境の変化によって可能になった。
約350万年前に生息していた人類の祖先であるアウストラロピテクスは、ほぼ完全に菜食であったと考えられている [アウストラロピテクスはベジタリアン]。彼らの食生活は、根茎、塊茎、球根といった硬く繊維の多い植物を主としており、その証拠は、頑丈で分厚いエナメル質を持つ彼らの大きな臼歯から推測されている 5。火を使用していなかったため、これらの食物はすべて生で食べられていた 5。
しかし、約250万年前になると、人類の祖先が肉を食べていた最初の明確な証拠が登場する。動物の骨に石器による切り傷が見つかっているのである 6。初期のホモ属、たとえばホモ・ハビリスは、当初は日和見的な腐肉漁りから肉食を始めたと考えられている 6。彼らは石のハンマーを使って肉食獣が残した骨を割り、栄養価の高い骨髄を摂取していたと推測されている 8。この行動は危険を伴うものであったが、高カロリーの資源を獲得する上で不可欠なステップであった。
ホモ・エレクトスの時代には、積極的な狩猟が主要な採集戦略の一部となった。ある研究は、人類が約200万年間、「頂点捕食者」として肉食に特化して進化していた可能性を示唆している 9。この研究は、人類の進化が当初から雑食であったという従来の考え方に異を唱え、大型動物(メガファウナ)の減少によって、初めて植物性の栄養源を取り入れるようになったという、挑発的な見解を提示している。
このホミニンにおける劇的な食性の転換は、単なる食糧源の変更以上の意味を持つ。アウストラロピテクスの歯は植物食に適応していたため、初期ホモ属の祖先が肉を効率的に食べるには、石器という技術的な解決策が不可欠であった。この道具の発明と改良が、人類の食性のニッチを劇的に拡大させたのである。食性研究における安定同位体分析は、骨のコラーゲンや歯のエナメル質に含まれる元素から過去の食生活を復元する重要な手段となっている 10。この分析によって、人類の食性の変化が環境とどのように相互作用しながら進んだのかがより深く理解されている。
表1:霊長類およびホミニンの食性比較
種名主要な食性主な食物源関連する道具の使用摂食の社会的文脈ボノボ草食果物、葉、稀に肉なしメス中心、平和的チンパンジー雑食果物、葉、昆虫、肉葉っぱで水を飲む、道具を使うオス中心、協力的な狩猟、肉の分配アウストラロピテクス植物食硬い植物、根茎、球根なし生食、咀嚼筋と歯が発達ホモ・エレクトス雑食(肉食優位)肉、植物打製石器狩猟と調理、社会の複雑化
第3章:火の革命:「料理仮説」がもたらした進化
火と調理は、人類の進化を根本から変えた単一の技術革新であり、リチャード・ランガムの「料理仮説」は、この変革の核心を突いている。
人類が火を日常的に使い始めた時期については、現在も議論が続いている。イスラエルの遺跡から約80万年前の炉の証拠が見つかっているほか、南アフリカのワンダーワーク洞窟では、ホモ・エレクトスが約100万年前に火を使用していた可能性を示す証拠が発見されている 12。しかし、より広範で確実な考古学的証拠は、約40万年から50万年前のホモ・エレクトスやネアンデルタール人までさかのぼる 12。
火と調理は、人類の生物学と社会に多大な影響を与えた。調理は、食物中のタンパク質を変性させ、植物繊維を柔らかくするため、食物をより効率的に消化し、栄養を吸収しやすくする 15。実験では、調理によって咀嚼に必要な筋肉の運動量が17%減少し、噛む力が26%減少することが示されている 17。このエネルギー効率の劇的な向上は、代謝コストの低い消化器系を可能にし、余ったエネルギーを高代謝な臓器である脳の成長に回すことができた 17。この「料理仮説」は、ホモ・エレクトスの時代に脳容量が急速に増大した謎を説明する、有力な理論の一つである 19。
さらに、調理は食物を共有する行為を可能にし、社会的な絆を強化した 21。調理には火の管理、食物の準備、共同での消費といった協力と計画が必要とされ、これはチンパンジーの肉食クラスターが持つ社会性をさらに高度で複雑なものへと発展させた。
表2:食性と進化のタイムライン
年代 (目安)ホミニン種主要な食性革新関連する技術生理的/社会的変化350万年前アウストラロピテクス根茎・塊茎の植物食なし頑丈な臼歯、厚いエナメル質250万年前初期ホモ属腐肉食と最初の肉食最古の石器(オルドワン石器)肉食の開始、栄養源の多様化180万年前ホモ・エレクトス狩猟の開始、肉食の本格化精巧な石器(アシュール文化)脳容積の増大、消化器系の縮小100万年前〜50万年前ホモ・エレクトス火と調理の使用開始火の管理咀嚼の効率化、社会的共食1.2万年前〜1万年前ホモ・サピエンス農耕と牧畜の開始磨製石器、土器定住生活、社会階層の出現、病気の増加
第4章:完新世への移行:新石器革命と食性の帰結
最終的に、人類は流動的な採集狩猟生活から、劇的な変革を伴う定住的な農耕生活へと移行した。この「新石器革命」は、社会の構造と人類の遺伝子そのものを再構築した。
「新石器革命」、または「食料生産革命」は、約1万年から1万2000年前にチグリス・ユーフラテス川流域の「肥沃な三日月地帯」で始まった 22。この時期に小麦や大麦などの穀物が栽培化され、人類は初めて自ら食料を生産するようになった 25。この転換は、狩猟採集による移動生活を終わらせ、恒久的な定住生活を可能にした 28。定住生活は村落共同体、そして最終的には都市や国家の形成につながり、土地所有や社会階層といった新たな概念を生み出した 22。
この農業の発展と並行して、酪農という新たな食糧源も登場した。酪農の最古の証拠は、アフリカで9000年前、トルコで7000年前にさかのぼる 30。ほとんどの成人にとって、乳糖を分解する酵素であるラクターゼは離乳期以降にその働きが低下する。しかし、酪農に依存した一部の人類集団、特にヨーロッパ、西アジア、アフリカの一部では、ラクターゼの産生が成人期以降も続く「乳糖耐性」という遺伝的変異が独立して進化した 32。
この遺伝子の進化は、単に牛乳消費の結果として起こったのではなく、飢饉や感染症といった強力な選択圧によって加速されたという、新たな研究が示唆されている 34。定住社会における人口増加と劣悪な衛生環境は下痢性疾患の増加を招き、飢饉の際には高乳糖の牛乳を摂取する機会が増えた。このような状況下で乳糖不耐症の人が牛乳を摂取すると、脱水症状や死に至る危険性が高まった。そのため、乳糖耐性の遺伝子を持つ個体が生存しやすくなり、その変異は集団内に急速に広まったのである 34。この事例は、技術と文化の変革が、人類の生物学的な適応をいかにして促したかを示す好例である。
表3:完新世の食料革命:主食とインパクト
食物源主な起源地域加工方法社会的・遺伝的影響穀物 (小麦、大麦)肥沃な三日月地帯栽培、脱穀、製粉、調理定住生活の開始、社会階層の出現、文明の誕生動物の乳西アジア搾乳、発酵、チーズ化、バター化新たな食糧源の獲得、乳糖耐性という遺伝的変異の進化ドングリ東アジア (縄文日本)灰汁抜き (水さらし・煮沸)、製粉安定した食糧源、定住化、人口増加 (日本)
第5章:主食を超えて:ドングリの事例
主要な食性の変遷に加え、地域に固有の食糧資源の活用は、人類の適応の巧みさを示す好例である。ドングリは、その文化的な利用法が、異なる社会の背景と技術的成熟度によって大きく異なっていたことを示している。
縄文時代の日本では、クリやクルミと共にドングリが「主食」の一つであった 35。彼らはドングリの渋み(タンニン)を取り除くために、水にさらしたり、茹でたりする高度な加工技術を開発した 35。その後、粉にして粥や団子にすることで、この食物を効率的に摂取していた。この技術の習得は、食料を長期保存することを可能にし、縄文人が定住生活を営み、人口を増加させる上で重要な役割を果たした 35。縄文人は、狩猟採集社会でありながら、特定の資源の季節的な豊かさに依存する「定住型狩猟採集民」という独自の生活様式を確立していた。
対照的に、歴史的なヨーロッパでは、ドングリは主にブタやヤギの飼料として使われていた 38。人類がドングリを食べるのは、19世紀や1940年代のスペインにおける飢饉のような、極度の食料不足の時期に限られていた 38。文字を読み書きできた富裕層はドングリを食べる必要がなかったため、人間がドングリを日常的に食べていた記録はほとんど残っていない 38。
このドングリの利用法の違いは、食料選択が単なる入手可能性の問題ではなく、文化的な価値、技術、そして社会経済システムに深く根ざしていることを示している。縄文人が特定の地域資源を主食として特化させたのに対し、ヨーロッパ人は農業と家畜飼育というより広範なシステムを確立し、ドングリを緊急時の食料や家畜の飼料に位置づけていた。この対比は、人類の食性が、異なる環境と社会の圧力に対して、いかに柔軟かつ多様に適応してきたかを物語っている。
第6章:食性変革の遺産:社会的・遺伝的影響
本レポートは、人類の食性進化が、生物学、技術、そして社会文化の共進化という不可分な関係によって形作られてきたことを明らかにした。
人類の食性の歴史における三つの主要な変遷を総括すると、以下のようになる。
霊長類の採集行動からホミニンの肉食へ:石器という新たな技術に支えられ、環境的・社会的な圧力によって促された転換。
生食から調理食へ:火の管理という技術的・生理学的な革命が、脳の大型化を可能にし、人類の社会構造を再定義した。
遊動的な採集生活から定住的な農耕生活へ:人口増加と社会の複雑化、そして乳糖耐性という生物学的適応を可能にした、社会と遺伝子レベルでの革命。
これらの変遷は、それぞれが次の段階への基盤となり、人類の適応能力と創意工夫の証である。私たちの身体、脳、そして社会は、私たちが何をどう食べたか、そしてそれを手に入れるためにどのような革新を遂げたかによって形成されてきた。肉から穀物、乳、そしてドングリに至るまで、新たな食糧源を巧みに利用する能力は、現代にまで続く人類の柔軟性を象徴している。
しかし、この分野にはまだ多くの未解明な問いが残されている。例えば、チンパンジーとボノボの食性の違いを生んだ特定の環境的・社会的な圧力は何か、あるいは初期ホモ属における腐肉食と狩猟の割合はどの程度であったかなど、今後の研究によって解明されるべき課題は多い。食性研究は、人類の起源と進化の物語を語る上で、依然として最も重要な分野の一つである。
