“コメント命”は【キリ番】に顔ほころんだ
ふつう “キリ番” って1000とかその名の通りキリのいい数字で言うものだ。
が、私は9に固執している人間である。
それは誕生日に9が二つも入っているせいだ。
9は苦しみとか苦難とかで忌み嫌われがちだけど、私はそんな9を愛でている。
苦しみのない人生なんてつまらん。
そのあとには楽しみが待っているのだ。
少々強引だがそう思っている。
よって9をこよなく愛している。
さて1年半続けてきたnoteでコメント数が900に乗った。
大いに喜んでこのようにスクショをとって記事にまでしてしまっている。
スキ数とかビュー数とかに目を奪われがちだろうが、両方ともコントロール不可なもの。
だから執着し過ぎると苦しくなる。
それに比べるとコメント数は自分から働きかけることができる。
もちろんそれをしてもスルーされたり(そんな人はnoteにはいなかった)続かなかったりはするかもしれない。
けれど自分が発端となることができるのだ。
そういうわたしは以前【コメント命】を記事で明言した。
☟
記事を読んであちこちにコメントを入れてしまう。
私の記事にもコメントをいただく。
まことにありがたい。
いただいたコメントに関して最初はスキを押して終わらせていた。
ホンネはもっともっとコメントやりとりしたかったのに。
でも通常はそんなやりとりの交流をしているのはあまり目にしない。
これが通常なんだろうと無理に終わらせていた。
しかし私は対面でしゃべるようにコメントすることがとても楽しい。
そのやりとりに至上の喜びを感じている。
相手してくれる人にしゃべりのノリで返すこともしばしばだ。
みなさんはそんな私のおふざけモードに軽やかにノッてくれる。
あーうれしい。
最近あっちこっちにコメント放射をしているので一つ気になることがある。
いただいたコメントをしっかり掬えているのか??
もしやいただいたまま放置してはないだろうか??
あちこちでコメントの花を咲かしまくっているので、いただいたコメントに気付かずに放置していたことがちょくちょくあった。
“コメント命” なのにこれはいかあん!
これからはより目を皿のようにしてコメントを見回ることにする。
掬い切れてないコメントがないかチェックしなければ。
以上、ハンパなキリ番にポイントをあてて私の決意を述べさせていただいた。
「いつも相手してくださるみなさん
今後もお相手してください」
しつこいようだが何度でも言う。
よろしくお頼み申します。
↑
ここまで書いて文字数がぴったり1000字だった。
お後がよろしいようで。
