関ヶ原。三成、最後の采配 第五話『晴天の狼煙、三度届かず』
第五話『晴天の狼煙、三度届かず』
松尾山が、動かぬ。
南宮山も、動かぬ。
内府の金扇が、じり、と間を詰めてくる。
三成は、何かを振り払うように、空を見上げた。
雲は流れ、今は澄んだ青空が広がっている。
よし。
「狼煙を上げよ」
静かな命令に、将兵が動いた。
一本の狼煙が、ゆっくりと天へ昇っていく。
兵たちは、固唾をのんで松尾山を見つめる。
だが、山は応えない。
――しばしの沈黙。
「もう一度だ」
先ほどの煙が、まだ、空に残っていた。
二筋の狼煙は、重なることなく、頼りなげに、天に漂う。
兵たちの視線が、不安げに三成の背中に突き刺さる。
――さらに長い、息の詰まる沈黙。
風の音だけが、不気味に陣幕を揺らす。
采配を握る三成の指が、
白さを通り越し、血の気を失っていた。
――次の豊臣を支えるのは、お前ぞ。金吾
「……もう一度」
絞り出すような、声。
その三度目の狼煙も、透き通った青空に溶けていった。
狼煙、次の――
消える、金吾――
『もう一度』、その声も続かなかった。
その様子に、左近が苛立ちを隠しもせず傍らに立った。
「殿。あの若造に、これ以上何を」
「……」
「この左近がもう一駆けすれば、戦の流れは変わりますぞ。殿!」
「……」「殿!」
三成は、口の端だけで応えた。
「…ならぬ」
左近は、わざとらしく肩をすくめる。
「しかし、ですな。こうしております間にも、兵たちの士気が」
「ならぬものは、ならぬ」
左近の眉が、ぴくりと動いた。
深々と息を吸い、吐き出す。
「……では、この首。いつお使いなさるおつもりで」
その問いに、三成は暫く沈黙する。
そして――
「まぁ、お前の命、そう安くつかうな」
三成はそう言うと、ふい、と視線を逸らす。
「……」
左近は、しばらく困ったような顔をした。
そして、一瞬だけ、
その鬼神の顔に、少年のような笑みが浮かんだ。
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