関ヶ原。三成、最後の采配 第七話『砕けた翼、折れぬ心』
第七話『砕けた翼、折れぬ心』
大谷吉継は、鬼気迫る奮戦を見せていた。
小早川の大軍を、二度三度押し返す。
笹尾山の本陣に、一筋の光明が差した。
だが、それを嘲笑うかのように、
脇坂、朽木、小川、赤座の諸隊が次々と寝返り、
大谷吉継に襲い掛かる。
鶴翼の陣。その右翼が、音を立てて千切れていくのが見えた。
これまでだ、五助。我が首を刎ね、敵に渡すな
「――大谷刑部様、自刃!」
伝令の声を聞くや否や
世界から音が、消えた。
ただ、自分の鼓動だけが聞こえてくる。
三成は、表情を変えぬまま、固く唇を噛み締めた。
刑部――
熱い茶の湯気が、一瞬、幻のように立ち上った。
茶をすすりながら、友が本当に困ったような顔で言った。
『お前は才覚はあるが人望がない』
『お前は正しい。だがな、その正しさを振りかざすのがお前の悪い癖だ』
金吾は裏切った
刑部は死んだ
喉の奥を、鈍い痛みが貫く。
その痛みを、無言のまま飲み込んだ。
ただ、その背中だけが、誰よりも固い絆で結ばれていた盟友へ、
無言の祈りを捧げていた。
その背中に、静かな声がかかる。
「殿、参ります」
左近だった。
肩の傷も、もはや彼の熱量を抑えられない。
その瞳は、覚悟を定めた者の澄んだ光を宿している。
……左近、行くか
唇を噛む力が強まる。血の味が、口の中に広がった。
長い、重い沈黙。
やがて三成は、背を向けたまま、絞り出した。
これまで発したどの命令とも違う、ゆっくりと静かな声で。
「……死ぬなよ」
左近の息をのむ気配がした。
それは、死地へ向かう者へ、かける言葉ではない。
彼は、何かを振り切るように、力強く応えた。
「――はっ!」
短く応え、左近は踵を返す。
鬼神は、己の死に場所へと駆けていった。
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