関ヶ原。三成、最後の采配 第八話『鬼神、その魂の色は』

第八話『鬼神、その魂の色は』

「かかれぇええええ!」

左近は、残った手勢を率い、最後の突撃を敢行した。
翼が砕け、今まさに陣が崩れんとする、その亀裂のただ中へ。

その姿は、鬼神そのものだった。

傷だらけの体で鬨の声を上げる。
死の匂いを振りまきながら、敵陣のただ中へ。

殺到する敵の槍衾《やりぶすま》。
その一本が、左近の兜を強《したた》かに弾き飛ばした。
ガッ、と鈍い音が響き、鬼の角が片方、宙を舞う。
だが、鬼は止まらない。

恐怖で足が竦《すく》み、槍を構えることすらできない兵たちの間を、その鬼は正面から抉り進んでいく。
槍が閃くたび、数人の兵が悲鳴を上げる暇もなく、ただの肉塊と化して宙を舞った。

信じがたい光景だった。
総崩れのはずの西軍の一角が、逆に、数倍の敵軍を押し返しているのだ。
左近の槍は敵兵を薙ぎ払い、その背中を守るように、残った兵たちもまた鬼と化して奮戦する。
黒田勢の分厚い陣形が、その一点だけ、明らかにたじろぎ、後退していた。

その光景を見て、崩れかけていた他の西軍の兵たちが、息をのむ。
「左近様が…!」
「そうだ、まだ終わらんぞ!」
絶望に染まっていた戦場に、ありえないはずの熱気が再び灯る。
どよめきが、波のように伝播していく。

もしかしたら。
この鬼神が、この絶望的な戦況を、覆すのではないか――。
誰もが、一瞬、そう信じた。

だが、左近の眼には、もはや戦況全体など映っていなかった。
ただ一人の男の首、それだけだ。
黒田長政。
その首級《しるし》ひとつ取れば、この淀んだ空気を吹き飛ばせる。

「黒田ァアアアアッ!」

鬼の咆哮。
左近は、最後の力を振り絞り、馬を駆った。
道を阻む兵は全て薙ぎ払い、一直線に、黒田長政の本隊へと肉薄する。
長政の驚愕に歪む顔が、すぐそこに見えた。

あと一歩
槍の間合いに入った
この一突きで、全てを――!

左近の槍が、必殺の軌跡を描いて長政に襲いかかった、その刹那。

真横から、閃光のように突き出された一本の槍が、
がら空きになった左近の胴を、深く、貫いていた。

「……が、はっ…」

激痛の中で、左近は視界の端に男の顔を捉えた。
黒田の者ではない。その顔には見覚えがあった。
宇喜多の旧臣――
(――戸川達安、か!)

腕から、力が抜けていく。
己の血の匂いだけが、やけに濃い。

脳裏に、主君の静かな声が響いた。
『お前の命、そう安く使うな』

その声に、唇がわずかに歪んだ。

悔しさに滲む視線は、それでもなお、真っ直ぐに、
敵将・黒田長政の姿を捉えて離さなかった。


治部少に
過ぎたるものが二つあり
島の左近と佐和山の城

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