【短歌】2025年上半期自選
『おい、2024年の下半期と年間の自選はどうした?』
とお叱りの声が聞こえますが、さてはあなた、私のファンですね?
(変な間)
ということで今年度上半期自選をしていきます。Xにも載せましたが今年は6選です。欲張ったらもっと出せるけど、私は慎ましいはやぶさなので今年度は6選でいきますよ。なんて微妙な数なんでしょうね。
ちなみに昨年の模様はこちら

今、そっとされた会釈をそっと見て見ぬふりしながら弱く生きてる
あるあるーと思ってくれる人、みんな友達、な短歌ですね。
言い訳をすると見て見ぬふりを本当にしているのではなくて、会釈されたのかなー?あ、されてたわ!にタイムラグがあって、気付いた頃にはもう遅いから結果見て見ぬふりをせざるを得ない弱さなのだと声を大にして言いたい(矛盾)。そこで早く気付けるくらいの視野の広さも、挽回できるスキルの持ち合わせもないのです。
でもね、会釈した側も微かな傾きなのよね。どっちも弱い。微妙で繊細な世界。たっぷりの水に一滴の絵の具を落とすくらい些末な出来事。でもこんな世界が好きなんだな。今日も恥をかきながら生きます。
坂本は不在にしてます。あぁ、あれはかつて坂本だったものです。
全国の坂本さん、巻き込んでごめんなさいな短歌。もちろん坂本でなくても可。
たまに出来るストーリー性のある歌で、これで掌編を書こうかなと思ってやめた。読み手の創造性を規定するのはなんか無粋な気がして。
私の中でこれが出来た時、すごく未来を考えたんだよね。
「かつて坂本だったもの」=過去
「坂本は不在」=現在
は描けているけど、未来だけ描けていない。それは三十一文字の限界があるせいなんだけど、この三十一文字の枠組みによる欠損性によって未来がフォーカスされた感じがしているんだよね。かつて坂本だったあの坂本はこの先どうなるのか。ある人は朽ちていく坂本を描くかもしれないし、別の人は再生する坂本を描くかもしれない。
だから掌編を書くとしても過去と現在だけ触れて、未来は置いておきたいなと思って組み立ててたけど、なら短歌のままでいいじゃんと思ってやめたのでした。
半年から一年に一回、苗字シリーズが生まれる気がする。
色調が狂うくらいの五月晴れ 人はこんなに居るのに孤独
ほぼ写実詠。
こんなに明るくて、清々しくて、晴れやかな世界に居ながら、ふと孤独になる。世界や社会との繋がりが不確かになる。眩しすぎて白飛びしちゃって、自分だけ世界に映ってないんじゃないか。みたいな歌。
ノンシャランさんが短歌を写真に例えていたけど、写真とか絵画に近い性質があるんだと思う。特にスナップ写真に近いのかも。瞬間を切り取る、みたいな。一方で一つ前の歌はもう少し時間性が感じられたりするから短歌ってほんっとうに面白いですよね(淀川風)。
生活の木から漂う生活の匂いがしない匂いが好きだ
生活の木を生活の匂いと言える人生を送りたかった短歌。作った時にも言ってたけど、なんかこれ見覚え(聞き覚え?)がある気がする…誰かご存知だったら教えてほしい。
「生活」「匂い」をリフレインさせています。みなさんお気づきかもしれませんが今回の自選はリフレインしまくっています。ちなみに昨年度の自選は「」を多用していました。何かしらのブームがあるみたいですね。
デパートを歩いていて、あ!なんかアロマの匂い…あぁ、生活の木か。となり、またデパートをうろちょろしていると近くを歩いていてまた生活の匂いがして…という感じをリフレインで表現したつもりであります。
ちなみに私は昔アロマアドバイザーの資格を持っていました。生活の木の店員が出来るレベルでした。
宗教の勧誘はいつも二人組 子どもはいつも二人で作る
これが上半期ナンバーワンかなと。出来た時に心震えたね。私の短歌って結構理屈っぽいところがあるけど、これは比較的感性に振り切って作られてて、若干の狂気性がみなさんのお手元にお届け出来ていたら嬉しい。
あえて理屈をつけるなら、これも見えないものがあって、二つの三角形「△」と「▽」で表現できる。
△:神を頂点にして二人の勧誘者
▽:子を作る二人を上辺の角に置いた時に下に置かれる子
頂点同士を並べると神と子になって宗教性を帯びてくるってわけ。(感性で作ったっていうのに理屈つけたから感性が台無しだね!)
もう一回言うとね、本当に直感的に作ってピタッとハマったし、なんかゾゾっとする感じもあって「あぁ、まだ自分ってやれるんだな」って思えた一首なのでした。
ポケットで砕けたLotus 君にただ愛されたいと願っただけの

初めてXで1000viewを超えた短歌。リツイートも沢山いただいて嬉しい限り。100スキは超えられませんでしたが、まだ満足するなよと世間が言っておられるのだと認識。
個人的に悔しいのは初ちょいバズが手書きだったと言うこと。中身<文字って感じなのかなぁと。やっぱり視覚情報は強いね。これは後付けだけど、真ん中に「愛」があるのがいいよね。
上半期色々詠んできましたけど、私は少しさびしい短歌が好きなのかもしれないなと思いました。ハッピーな短歌って書けないし、和歌特有の恋愛的なのも違う。作れて心地よいのは少しさびしくて、ちょっとおぞましさのような、いたたまれなさみたいなものがあるとなお良い、みたいな感じかなと。この辺は人には人の乳酸菌短歌観とかがあるのかなって思いました。
【あとがき】
ここまでお付き合いありがとうございました。みなさんの心の琴線に触れる一首があれば幸いです。
なんだかんだで一年半続けてて、時々詠めなくなることもあるけど、ダラダラ続けられてまだ楽しいし、思い通りにならないむず痒さもあってそれが心地よかったりもします。(もしかして:M)
下半期は多分失踪するので期待しないでくださいね。
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