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「お客様は神様」の独り歩き。「おまえが神様なわけじゃないぞ」という話。

最近、ニュースやSNSで「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉を頻繁に目にします。店員さんへの怒鳴りつけや土下座の要求など、度を越した迷惑行為のことです。

カスハラとまでは言えないかもしれませんが、以前、あるSNS投稿を見て考えさせられたことがあります。オリンピック強化指定選手を子に持つ、ある父親の投稿でした。

「大衆居酒屋に入り、ビールとつまみ数品、締めのラーメンを『いい頃合いに持ってきて』と言ったのに、ラーメンを最初に出された。店長に説教して、会計を済ませ、食べずに退店した」

……といった内容でした。

チョットナニイッテルカワカラナイ

一流の料亭ならまだしも、戦場のように注文をさばく大衆居酒屋で、店側に完璧な配膳タイミングを管理させようとするのは、少し酷ではないでしょうか。

締めに食べたいなら、自分で、そのタイミングに注文すればいいだけの話です。

こうした「変わった人」の極端な例を見ると、個人の性格の問題だと思いがちです。しかしその背景には、日本社会が抱える「仕組み」や「考え方」の歪みが深く関わっています。

なぜカスハラが起きてしまうのか。その根深い理由を4つの視点で整理してみます。

「お客様は神様」の独り歩き


もともとこの言葉は、演歌歌手の三波春夫さんが「神前で祈るような真剣な心で芸を披露する」というプロの心構えを語ったものでした。

しかし、いつの間にか「客は何を言っても許される」「金を払う客が上だ」という、受取側に都合の良い解釈にすり替わってしまいました。

企業側も「お客様第一」を掲げるあまりNOと言えない空気を作り、店員さんが圧倒的に弱い立場に置かれる土壌を固めてしまったのです。

「安くて丁寧」への過剰な期待

長引くデフレで、私たちは「低価格で高品質なサービス」に慣れすぎてしまいました。しかし、安さを維持するにはコストカットが不可欠です。現場はギリギリの人員で回し、教育時間も削られています。

ミスが起きやすい環境なのに、客側の期待値だけは高いまま。この「現場の限界」と「客の理想」のギャップが、小さな不手際を大きな炎上へと変えてしまうのです。

社会のストレスと「心の拠り所」

現代社会の閉塞感も影響しています。職場や家庭で承認される機会が少ない人が、「客」という立場になった瞬間、初めて「優位」に立てたと錯覚してしまうのです。

店員さんを攻撃することで日頃のストレスをぶつけ、自分の無力感を解消しようとしてしまう。カスハラは、加害者側の「孤独」や「歪んだ承認欲求」の裏返しでもあるのです。

SNSが加速させる「歪んだ正義感」

SNSでは「店を論破して謝らせた」といった投稿が称賛されることがあります。それを真に受ける愚かな人は「強く出れば得をする」と学習してしまいます。

また、SNSは自分と同じ意見ばかりが集まりやすいため、「悪い店を懲らしめる自分は正しい」という極端な正義感が暴走しやすい環境にあるのです。

まとめ

カスハラは、決して一部の特殊な人だけの問題ではありません。

・「お客様は絶対」という文化の歪み
低価格と高品質を同時に求める構造
心に余裕を持てない現代人のストレス
SNSによる承認欲求と正義感の暴走 

これらが複雑に絡み合って生まれた、現代特有の病理です。

だからこそ、現場に我慢を強いるだけでは解決しません。私たち利用者が「お金を払う側が偉いわけではない」と自覚し、一人の人間として対等な敬意を持つことが大切なのです。

本記事は、拙著「なぜカスハラが増え続けるのか」からテーマを選び、note用に新たに書き直したものです。より詳しく知りたい方は下記のリンクからチェックしてみてください。読み放題の対象です。


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