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これって、カスハラじゃね?――「ハラスメント対策」が、働く人へのハラスメントになっていませんか?

「佐藤二朗さんが、橋本愛さんにハラスメントをした」

最初に報道されたとき、多くの人には、そんな構図が見えていたのではないでしょうか。

57歳の男性俳優。

30歳の女性俳優。

主演俳優としての経験も、芸歴も、知名度も、佐藤二朗さんの方が上に見える。

だから、

「立場の強い年上の男性俳優が、立場の弱い年下の女性俳優にハラスメントをしたのではないか」

という話として、受け止められたのだと思います。

しかし、その後、佐藤二朗さん側から、撮影現場で何が起きていたのかについて、別の説明が出てきました。

それを読んだとき、私は思いました。

これって、カスハラじゃね?

もちろん、一般的なカスタマーハラスメントとは少し違います。

佐藤二朗さんは、飲食店の店員でも、コールセンターの担当者でもありません。

フジテレビも、一般消費者としての「お客様」ではありません。

それでも、仕事上の関係を整理してみると、これまでとは違う構図が見えてきます。


佐藤二朗さんにとって、フジテレビは何者ですか?

まず、感情や印象を脇に置いて、仕事の関係だけを見てみます。

フジテレビは、ドラマを企画し、制作し、放送する側です。

佐藤二朗さんは、そのドラマにキャスティングされ、俳優として出演する側です。

つまり、単純化すれば、

フジテレビは、仕事を依頼する側。

佐藤二朗さんは、仕事を引き受け、演技という役務を提供する側。

という関係になります。

ドラマを成立させるために、撮影条件を整え、出演者同士を調整し、安全に仕事ができる環境をつくる。

それは、本来、制作を管理するフジテレビ側の役割だったはずです。

ところが、佐藤二朗さん側の説明を前提にすると、現場では、かなり複雑な要求が発生していたようです。

共演者との雑談を避けるよう求められる。

身体的な接触を避けるよう求められる。

一方で、現場では自然に振る舞うよう求められる。

近づかないようにしていたところ、今度は挨拶をするよう求められる。

そして、問題が起きると、弁護士を交えた聞き取りや対応を受ける。

さらに、一連の経緯が週刊誌に掲載され、SNS上でも広く拡散される。

ネット上で公開されている動画などでも、「接触を避けること」と「自然に振る舞うこと」、「距離を取ること」と「挨拶をすること」など、佐藤二朗さんに相反する要求が向けられていたという趣旨の説明が繰り返されています。

ただし、そうした動画や記事には、確認された事実だけでなく、伝聞、推測、発信者による評価、刺激的な表現も混在しています。

そのため、すべてを確定した事実として受け取るのではなく、問題を考えるための一つの材料として扱う必要があります。

それでも、一つの疑問は残ります。

これだけ複雑で、ときには矛盾する要求を受けながら、佐藤二朗さんは自由に「できません」と言える立場だったのでしょうか。


有名俳優は、本当に「強い側」なのでしょうか?

佐藤二朗さんは有名俳優です。

主演です。

年齢も芸歴も上です。

だから、立場が強い。

本当に、そうでしょうか。

仕事の現場における「強さ」は、年齢や知名度だけでは決まりません。

誰が仕事を発注しているのか。

誰が契約を管理しているのか。

誰が撮影を継続するか、中止するかを決めるのか。

誰が広報部門と法務部門を持っているのか。

誰が、自分たちの見解を社会に向けて発信できるのか。

これらを考えれば、俳優個人と大手テレビ局のどちらが常に強い側なのかは、単純には決められません。

主演俳優であっても、制作会社や放送局から仕事を依頼され、その管理下にある撮影現場で働く一人の仕事人です。

もし、そこで出される要求に納得できなくても、

「拒否したら撮影に迷惑がかかる」

「作品が成立しなくなる」

「共演者やスタッフを困らせる」

「今後、仕事を依頼されなくなるかもしれない」

と考えれば、簡単には断れません。

有名俳優だから強い。

年上だから強い。

男性だから強い。

そうした属性だけを見ていると、仕事を発注し、管理し、評価する側が持っている力を見落としてしまいます。


有名俳優=強い側とは限らない

カスハラとは、「お客様が怒ること」ではありません

カスタマーハラスメントという言葉を聞くと、店員に怒鳴る客や、コールセンターに何時間も電話をかけ続ける人を想像するかもしれません。

しかし、問題の本質は、単に「お客様が怒った」ということではありません。

商品やサービスを提供する人に対して、取引上の立場を背景に、社会通念上相当な範囲を超えた要求や言動を行い、働く環境を害することです。

今回のケースが、法律上のカスタマーハラスメントに該当すると、ここで断定することはできません。

俳優とテレビ局の契約関係は、一般的な店員と消費者の関係とは異なります。

実際に、誰が、いつ、どのような言葉で、どの程度の要求をしたのかについても、すべてが明らかになっているわけではありません。

それでも、

仕事を依頼する側から、役務を提供する人に何が求められたのか。

という問いを立てることはできます。

そして、カスハラとして問題になる典型的な要素を、今回の対応に当ててみることもできます。


カスハラの4つの要素を、今回の対応に当ててみます

カスタマーハラスメントとして問題になる言動には、いくつかの典型があります。

暴言や威圧的な言動。

無理な要求。

長時間の拘束。

SNSやインターネット上での晒し。

今回のフジテレビ側の対応を、佐藤二朗さん側の説明に沿って、この4つに当ててみます。


1.暴言・威圧的な言動

佐藤二朗さん側からは、弁護士とのやり取りについて、強い圧力や、脅しのように感じる言動があったという趣旨の説明が出ています。

実際の言葉や前後の文脈が、すべて明らかになっているわけではありません。

したがって、「弁護士が暴言を吐いた」と断定することはできません。

しかし、仕事を依頼する側の代理人から、相手が威圧的と受け止める対応を受けたのであれば、働く環境への影響は無視できません。

発した側が、

「正当な注意だった」

「事実確認をしただけだ」

と思っていたとしても、受けた側が強い圧力を感じ、仕事を続けることが困難になるほど追い込まれたのであれば、対応の方法は検証されるべきです。


2.無理な要求

雑談を避けるよう求められる。

身体的な接触を避けるよう求められる。

一方で、自然に振る舞うよう求められる。

距離を取っていたところ、今度は挨拶をするよう求められる。

これらが事実であれば、佐藤二朗さんは、互いに両立しにくい要求を同時に受けていたことになります。

何をすれば正解なのか分からない。

どのように行動しても、別の問題として指摘される可能性がある。

そんな状態で、通常どおり演技を続けることを求められる。

これは、働く人にとって非常に強い心理的負担です。

たとえば、店員に、

「話しかけるな」

と言いながら、

「接客態度が悪い。もっと愛想よくしろ」

と要求する。

それが無理な要求であることは、誰にでも分かります。

では、撮影現場で同じようなことが起きていたとすれば、なぜ問題にならないのでしょうか。


3.長時間の拘束

弁護士を交えた聞き取りや対応が、長時間に及んだという説明も出ています。

企業が事実確認を行うこと自体は必要です。

ハラスメントの申告があれば、話を聞き、何が起きたのかを調べる必要があります。

しかし、調査という目的が正しければ、どのような聞き取り方をしてもよいわけではありません。

聞き取りの目的は説明されていたのか。

時間は相当だったのか。

同じ質問を繰り返していなかったか。

本人に休憩や中断を求める余地はあったのか。

体調や心理状態への配慮はあったのか。

反論や説明の内容は、適切に記録されたのか。

こうした点が不十分であれば、正当な調査であっても、働く人を追い詰める行為になり得ます。

「調査だから仕方がない」

という一言で、長時間の拘束が正当化されるわけではありません。


4.SNSや週刊誌での晒し

問題は、撮影現場の中だけでは終わりませんでした。

週刊誌で佐藤二朗さんの名前が報じられ、SNS上で批判が広がりました。

さらに、フジテレビからも長文の説明が公表されました。

フジテレビが週刊誌に情報を流したと断定することはできません。

週刊誌報道とフジテレビ側の対応を、すべて同じ主体による行為として扱うこともできません。

しかし、結果として佐藤二朗さんは、本人の説明が十分に浸透しない段階で、社会的な批判にさらされました。

公式説明を出すことが必要な場合もあります。

しかし、企業が一方の言動を問題として公表すれば、本人の社会的評価や今後の仕事に大きな影響を与えます。

本人に十分な反論の機会があったのか。

双方の主張が公平に示されていたのか。

公表する必要性と、本人が受ける不利益のバランスは検討されたのか。

それらも、同時に問われるべきです。


4つを並べると、別の構図が見えてきます

暴言や威圧的な言動。

無理な要求。

長時間の拘束。

SNSや週刊誌での晒し。

これらは、一般にカスタマーハラスメントを考えるとき、問題になる要素です。

今回の出来事が、一般的な店員と迷惑客の関係と同じだと言いたいわけではありません。

法律上、カスタマーハラスメントに該当すると断定するわけでもありません。

しかし、

仕事を依頼する側が、役務を提供する人に対して、威圧的と受け止められる言動、相反する無理な要求、長時間の拘束、社会的な晒しにつながる対応を行っていたのではないか。

という問いは成立します。

だから、私は思うのです。

これって、カスハラじゃね?


カスハラの4つの要素を、今回の対応に当ててみる

懐中電灯の向きを変える。これが「変換」です

出来事そのものを、私は「事象」と呼んでいます。

現場には、たくさんの事象があります。

年齢差があった。

男性と女性だった。

楽屋で会話があった。

雑談を避けるよう求められた。

自然に振る舞うよう求められた。

弁護士との面談があった。

長時間の聞き取りがあった。

フジテレビが説明を公表した。

週刊誌やSNSで、佐藤二朗さんの名前が広く拡散された。

これらは、まだバラバラの出来事です。

バラバラの事象を、ただ並べても、何が言いたいのかは見えてきません。

そこで、問いという懐中電灯を向けます。

最初に向けられた懐中電灯は、おそらくこうでした。

佐藤二朗さんは、橋本愛さんにハラスメントをしたのか?

すると、

  • 年齢差

  • 性別

  • 芸歴

  • 楽屋での発言

  • 共演者への接し方

こうした事象が光ります。

光った事象だけを拾って並べると、

「年上の男性俳優が、年下の女性俳優にハラスメントをしたのではないか」

という情報になります。

では、懐中電灯の向きを変えてみます。

フジテレビ側は、働く人である佐藤二朗さんに、過剰な要求をしていなかったか?

すると、今度は別の事象が光ります。

  • 威圧的と受け止められる言動

  • 相反する要求

  • 長時間の拘束

  • 本人の説明が十分に反映されないまま行われた評価

  • 週刊誌やSNSでの社会的な晒し

事象は変わっていません。

起きた出来事も、変わっていません。

変わったのは、懐中電灯の向きです。

しかし、照らす方向を変えると、光る事象が変わります。

光る事象が変わると、拾われる情報が変わります。

情報が変わると、その出来事が持つ意味も変わります。

これが、私がこのnoteで行っている「変換」です。

今回の変換によって見えてきたのは、

「俳優によるハラスメント疑惑」ではなく、「ハラスメント対策を行う側が、働く人にハラスメントをしていなかったか」という別の問題です。


懐中電灯の向きを変える。これが「変換」です

人権は、一人分だけではありません

ここで、もう一つ確認しておきたいことがあります。

橋本愛さんには、人権があります。

撮影現場で不安を感じたのであれば、その不安を伝える権利があります。

身体的な接触について、自分の希望を伝える権利があります。

安全に働ける環境を求める権利もあります。

それは当然です。

しかし、人権があるのは、橋本愛さんだけではありません。

佐藤二朗さんにも、人権があります。

自分に向けられた要求の理由を知る権利があります。

矛盾する指示に対して、説明を求める権利があります。

威圧的と感じる対応を受けることなく、自分の意見を述べる権利があります。

一方的に加害者として扱われず、反論する権利があります。

名誉や仕事上の信用を、不必要に傷つけられない権利もあります。

人権への配慮とは、申告した側の要望を、すべて受け入れることではありません。

一方の人権だけを見て、もう一方の人権を見ないことでもありません。

橋本愛さんへの配慮を理由に、佐藤二朗さんに何を要求してもよい。

橋本愛さんを守るためなら、佐藤二朗さんがどれだけ精神的な負担を受けても仕方がない。

そう考えていたのだとすれば、それは人権への配慮ではありません。

一方の人権に立脚しながら、もう一方の人権を看過している状態です。

看過というより、実質的には無視に近いかもしれません。

人権とは、誰か一人を守るために、別の誰かから取り上げてよいものではありません。

一方に人権があるからといって、もう一方の人権が小さくなるわけでもありません。

両者の権利が衝突したときに必要なのは、一方を絶対的な被害者、もう一方を絶対的な加害者と決めることではありません。

双方の話を聞く。

双方の負担を確認する。

双方が安全に仕事を続けられる条件を探す。

それが、本来のマネジメントであり、人権への配慮ではないでしょうか。

人権は、片方にだけあるものではありません。


誰かを守ることと、誰かを悪者にすることは同じではありません

この記事は、橋本愛さんを批判するための記事ではありません。

橋本愛さんが撮影に関して何らかの不安や要望を持っていたのであれば、それを伝えること自体は当然です。

安全に働ける環境を求める権利もあります。

また、佐藤二朗さんの言動について、共演者が不快感や恐怖を感じた可能性まで否定することはできません。

だからこそ、本来必要だったのは、どちらか一方を加害者に決めることではなかったはずです。

二人が安全に仕事を続けられる条件を、制作側が撮影開始前に整理する。

できることと、できないことを明確にする。

脚本家、演出家、出演者、所属事務所の間で情報を共有する。

問題が起きたときには、双方から話を聞く。

一方の要望によって、他方に過度な負担が生じるなら、別の方法を考える。

それが、マネジメントではないでしょうか。

ところが、調整できなかった問題を、

「どちらが加害者で、どちらが被害者か」

という話に変えてしまえば、組織の責任は見えなくなります。

出演者同士が対立する。

弁護士が前面に出る。

週刊誌が報じる。

SNSで双方の支持者が争う。

そして最後には、一人の主演俳優が、その放送局とはもう関わりたくないと公に語る。

これは、ハラスメント対策がうまくいった結果なのでしょうか。


「人権に配慮したから仕方がない」で終わってよいのでしょうか

フジテレビ側にも事情はあったと思います。

過去の問題を受けて、人権への配慮やハラスメント防止を強く求められていた。

だから、女性出演者から不安や訴えがあれば、以前より慎重に対応しようとした。

その姿勢自体は理解できます。

しかし、目的が正しければ、手段もすべて正しいとは限りません。

人権に配慮する。

ハラスメントを防止する。

被害を訴えた人に寄り添う。

どれも大切なことです。

しかし、それが、

  • 一方の説明だけを重く扱う

  • もう一方には矛盾する要求を重ねる

  • 納得していない人に加害者としての反省を求める

  • 弁護士を通じて相手を従わせる

  • 社会に向けて一方に責任があるように見える説明をする

という対応に変わってしまったなら、話は別です。

橋本愛さんの人権を守るという名目で、佐藤二朗さんの人権を看過していなかったでしょうか。

一方への配慮が、もう一方への無配慮に変わっていなかったでしょうか。

ハラスメントを防ぐための仕組みが、別のハラスメントを生んでいなかったでしょうか。

ここを検証せずに、

「人権に配慮した結果だから仕方がない」

で終わらせてはいけないと思います。


ハラスメント対策とは、片方を排除することではありません

ハラスメント問題が起きたとき、企業は答えを急ぎます。

誰が悪かったのか。

どの行為が問題だったのか。

誰に注意するのか。

何を公表するのか。

しかし、本来の目的は、悪者を決めることではありません。

働く人が、安全に仕事を続けられる状態をつくることです。

そのためには、申告した側の話を聞く必要があります。

同時に、申告された側の話も聞かなければなりません。

一方の人権を守る必要があります。

同時に、もう一方の人権も守らなければなりません。

どちらか一方にだけ寄り添い、もう一方にすべての負担を押しつけることは、解決ではありません。

一方の人権だけを人権として扱い、もう一方の人権を見ないことは、人権尊重ではありません。

ハラスメント対策とは、

片方の人権を守るために、もう片方の人権を差し出すことではない。

今回の問題から、私たちが考えるべきなのは、このことではないでしょうか。


これって、カスハラじゃね?

私は、今回の問題が法律上のカスタマーハラスメントに当たると断定したいわけではありません。

佐藤二朗さんの説明が、すべて正しいと断定することもできません。

橋本愛さんや、対応に入った弁護士を、一方的に悪者にしたいわけでもありません。

それでも、仕事の関係を、

「年上の男性俳優と、年下の女性俳優」

だけで見るのではなく、

「仕事を発注し、管理する側と、そこで働く人」

という関係で見直してみる必要はあると思います。

仕事を依頼する側から、断りにくい立場の人に対して、

威圧的と受け止められる言動をする。

相反する無理な要求を出す。

長時間の対応を求める。

本人の説明が十分に反映されないまま、問題のある人物として扱う。

そして、社会的な批判にさらされる状況をつくる。

もし、それが一般の店員や会社員に起きていたら、私たちは何と呼ぶでしょうか。

だから、あえて、こう問いかけたいのです。

これって、カスハラじゃね?

同じ出来事でも、問いを変えれば、光る事象が変わります。

光る事象が変われば、情報が変わります。

情報が変われば、その出来事が持つ意味も変わります。

今回、問うべきなのは、

「佐藤二朗さんは加害者だったのか」

だけではありません。

ハラスメント対策を行った側は、本当に誰も傷つけなかったのか。

一方の人権を守るという名目で、もう一方の人権を無視していなかったのか。

こちらの問いも、同じように必要なのだと思います。

このnoteでは、ニュースや社会の出来事を、そのまま受け取るのではなく、問いという懐中電灯の向きを変えながら、「事象」を「情報」に変換しています。

同じ出来事でも、どこに光を当てるかで、見えてくる意味は変わります。
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フジテレビ問題
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