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事象を情報に変える仕事。私がnoteでやりたいこと

毎日のように、ニュースが流れてきます。

事件、炎上、不祥事、事故、誰かの発言、誰かの謝罪。

SNSを開けば、すでに誰かが怒っていて、誰かが断罪していて、誰かが解説しています。

けれど、私はいつも思います。

それは本当に「情報」なのだろうか、と。

ただ起きたことを並べただけでは、まだ情報ではない。

それは、ただの「事象」にすぎないのではないか。

私がnoteでやりたいのは、そこから先の話です。

私は、何をしている人なのか

私は、肩書として Narrative Engineering Evangelist と名乗っています。

少し大げさに聞こえるかもしれません。

でも、私がやろうとしていることを、もっと平たく言えば、私は「問い職人」であり、「変換職人」なのだと思います。

ニュースを早く伝える人ではありません。

誰かを断罪するために書いているわけでもありません。

起きた事象に問いを立てる。

問いを立てることで、見るべきものを浮かび上がらせる。

そして、浮かび上がったものを、情報へ、意味へ、メッセージへと変換していく。

それが、私がnoteでやりたいことです。

「事象」と「情報」は違う

事象は問いによって情報になる

私の中では、「事象」と「情報」は違います。

事象とは、起きたことです。

誰かが発言した。

何かが撮影された。

事故が起きた。

謝罪会見が開かれた。

SNSで拡散された。

これらは、まだ事象です。

もちろん、それ自体に重要性がないという意味ではありません。

けれど、ただ「起きたこと」として眺めているだけでは、それはまだ、読み解くべき情報にはなっていない。

では、何が事象を情報に変えるのか。

私は、それが「問い」だと思っています。

「誰が悪いのか」と問えば、責任追及の情報になります。

「なぜ信頼が壊れたのか」と問えば、危機管理の情報になります。

「なぜ映像が人を動かしたのか」と問えば、ナラティブの情報になります。

「なぜ説明が届かなかったのか」と問えば、広報の情報になります。

同じ事象でも、問いが変われば、見えてくる情報は変わります。

つまり、事象は、問いを立てた瞬間に情報になる。

私は、そう考えています。

問いは、事象を照らす懐中電灯である

問いは事象を照らす懐中電灯

私にとって、問いは懐中電灯のようなものです。

世の中には、無数の事象があります。

そのすべてを見ようとすると、ただ眩しく、ただ騒がしく、ただ疲れてしまう。

毎日、何かが起きている。

毎日、誰かが怒っている。

毎日、誰かが説明している。

毎日、誰かが謝っている。

そのすべてを追いかけていても、何かが本当に見えた気にはならない。

でも、問いという懐中電灯を持つと、暗闇の中で、見るべきものだけが浮かび上がります。

この事件で、信頼はどこで壊れたのか。

この炎上で、人々は何に反応したのか。

この映像は、なぜこれほど強い意味を持ってしまったのか。

この説明は、なぜ届かなかったのか。

この組織は、初動で何を見誤ったのか。

そう問いを立てた瞬間、バラバラに見えていた事象の中から、読み解くべき情報が光りはじめます。

それが、私の考える「情報」です。

私が書きたいのは、ニュースの感想ではない

たとえば、炎上、不祥事、事故、謝罪、映像の拡散。

これらは一見すると、別々のニュースに見えます。

けれど、問いを変えると、同じ構造が見えてくることがあります。

それは、単なる「誰が悪いか」という話ではありません。

なぜ、その事象は人々の感情を動かしたのか。

なぜ、その映像は信頼を壊したのか。

なぜ、その説明は届かなかったのか。

なぜ、組織は初動で見誤ったのか。

なぜ、本来は小さな出来事だったはずのものが、社会的な意味を持ってしまったのか。

そう問い直すと、ひとつの出来事は、危機管理、広報、組織文化、映像、信頼、ナラティブの問題として見えてきます。

私が書きたいのは、ニュースの感想ではありません。

速報でもありません。

断罪でもありません。

私が書きたいのは、事象が情報へ変わり、情報が意味へ変わり、意味がメッセージへ変わっていく、その過程です。

問いを共有し、変換を実演する

問いから読み解きは深まっていく

これから、このnoteでは、無料記事と有料記事を行き来しながら書いていきたいと思っています。

無料記事では、私がどのように物事を見ているのか。

どのように問いを立てているのか。

どのように事象を情報へ変換しているのか。

その基本的な視点を共有していきます。

そして有料記事では、その問いによって、事象がどのように情報へ変わり、情報がどのように意味へ変わっていくのか。

その変換の過程を、具体的な事例を通じて実演していきます。

無料記事では、問いを共有する。

有料記事では、変換を実演する。

それは、単に無料記事から有料記事へ誘導するということではありません。

読者の方と同じ視点に立ち、同じ問いを持ち、その問いによって見えてくるものを、一緒に深めていくための設計です。

そのような形で、このnoteを育てていきたいと考えています。

実際に、これまでの記事でも試みてきたこと

これまでの有料記事でも、私は単に出来事を追いかけてきたわけではありません。

ある事件について、誰が悪いのかだけを見るのではなく、なぜそれが人々の関心を集めたのかを考える。

ある映像について、何が映っているのかだけを見るのではなく、なぜその映像が信頼を壊したのかを考える。

ある組織対応について、何を発表したのかだけを見るのではなく、なぜその説明が届かなかったのかを考える。

つまり、個別の事象に問いを立て、そこから情報を取り出し、意味へと変換してきました。

この考え方を使って、実際の事象を読み解いた記事も書いています。

映像が信頼を壊す瞬間について。

組織が初動で何を見誤るのかについて。

事故や炎上が、なぜ社会的な意味を持ってしまうのかについて。

それぞれの記事では、単に出来事を追うのではなく、「問い」を立て、その問いによって事象を情報へ変換する過程を実演しています。

これからも、事象を情報に変えていく

私は、ニュースを早く伝える人ではありません。

誰かを断罪するために書いているわけでもありません。

起きた事象に問いを立て、その問いによって見えてきた情報を、意味として読者に届けたい。

その意味で、私は「問い職人」であり、「変換職人」でありたいと思っています。

そして、Narrative Engineering Evangelist として、これからも、世の中の事象を読み解くための視点を、このnoteで届けていきたい。

ニュースをただ消費するのではなく、そこから何を読み取るのか。

出来事に振り回されるのではなく、その奥にある構造をどう見るのか。

その過程に関心を持ってくださる方に、これからの記事を読んでいただけたら嬉しいです。

このNoteでは、他の記事で「変換」を実演している記事を掲載しています。是非ご覧ください。


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