マニュアル?私、バイトではないんですけど?――正社員に求められるのは「作業」ですか?
「この仕事は、マニュアルどおりにやってください」
会社で働いていると、よく言われます。
決められた手順を守ってください。
勝手に判断しないでください。
前例どおりに処理してください。
分からなければ、マニュアルを確認してください。
もちろん、マニュアルは必要です。
人によって対応がバラバラでは、お客様が困ります。
安全を守る。
品質をそろえる。
法律や社内ルールに違反しないようにする。
経験の浅い人でも、一定の水準で対応できるようにする。
そのために、マニュアルはあります。
でも、現場では、こんな声も聞きます。
「マニュアルなんですか?それとも、自主的、能動的に働くんですか?」
「自分で考えて動けと言われますけど、勝手に進めていいんですか?」
これは、マニュアルを馬鹿にしているわけではありません。
現場の社員は、戸惑っているのです。
決まりどおりにやることを求められているのか。
それとも、臨機応変に、自分で考えて進めることを求められているのか。
会社は、結局どちらを求めているのでしょうか。
これは、アルバイトを軽く見る話ではありません
最初に、誤解のないように申し上げます。
これは、アルバイトを軽く見る話ではありません。
アルバイトでも、お客様が何に困っているのかを考え、自分にできることを探し、必要な人へつなげる人はいます。
反対に、正社員であっても、
「マニュアルにありません」
「会社から指示されていません」
「私の担当ではありません」
「決まりなので、できません」
と答えるだけの人もいます。
問題にしているのは、雇用形態ではありません。
正社員に求められる仕事が、いつの間にか、
決められた手順を、間違えずに繰り返すこと
だけになっていないか、という話です。
同時に、
「自分で考えろ」
「でも、勝手に進めるな」
という矛盾した指示を受けて、現場が混乱していないか、という話でもあります。
マニュアルどおりに対応した。でも、お客様は困ったまま
たとえば、お客様が窓口を訪れたとします。
何らかの手続きをするためです。
ところが、必要な書類が一つ足りませんでした。
担当者はマニュアルを確認して、こう答えます。
「必要書類がそろっていないため、今日は受付できません」
お客様が尋ねます。
「では、どうすればよいですか?」
担当者は答えます。
「書類をそろえて、もう一度お越しください」
マニュアルどおりの対応です。
説明も間違っていません。
ルールにも違反していません。
受付できない理由も伝えています。
担当者は、決められた作業を正しく実行しました。
では、お客様のお困り事は解決したでしょうか。
おそらく、解決していません。
お客様は、遠方から来たのかもしれません。
仕事を休んで来たのかもしれません。
今日中に手続きできなければ、別の問題が起きるのかもしれません。
足りない書類の代わりになるものがあるかもしれません。
別の窓口やオンライン手続きなら、対応できるかもしれません。
しかし、担当者が見ているのは、
必要書類がそろっているか、そろっていないか
だけです。
マニュアル上の確認は終わっています。
でも、お客様の問題は終わっていません。
このとき、担当者は「作業」はしたと思います。
果たして、「仕事」をしたと言えるでしょうか。
仕事とは、お客様のお困り事を解決すること
私は、仕事を次のように考えています。
仕事とは、お客様のお困り事を解決すること。
商品も、サービスも、社内業務も、最終的には誰かのお困り事を解決するためにあります。
飲食店であれば、お腹がすいた、楽しい時間を過ごしたいというお困り事を解決する。
交通機関であれば、目的地まで安全に移動したいというお困り事を解決する。
病院であれば、病気や痛みを治したいというお困り事を解決する。
経理部門であれば、現場が正しくお金を使い、事業を継続できるようにする。
人事部門であれば、社員が働ける環境を整え、会社が必要な人材を確保できるようにする。
相手が社外のお客様であっても、社内の社員であっても、仕事の先には、困っている人がいます。
この定義に立つと、マニュアルの位置づけが見えてきます。
マニュアルは、仕事ではなく「道具」です
マニュアルは、仕事の目的ではありません。
仕事をするための道具です。
より正確に言えば、
仕事の品質、安全、再現性を確保するための標準的な道具
です。
仕事の全体を整理すると、こうなります。
目的:お客様のお困り事を解決する
道具:マニュアル、ルール、システム、過去事例
行動:確認する、処理する、判断する、相談する
結果:お困り事が解決したか

マニュアルは大切です。
しかし、マニュアルを正しく使ったことと、仕事が完了したことは同じではありません。
道具を使い終わっても、目的が達成されていなければ、仕事は終わっていないからです。
ハンマーを正しく使ったとしても、家具が完成していなければ、仕事は終わっていません。
地図どおりに進んだとしても、目的地へ着いていなければ、移動は終わっていません。
それと同じです。
マニュアルどおりに処理しても、お客様のお困り事が残っているなら、仕事はまだ終わっていないことがあります。
道具だから、使わなくてもよいわけではない
ただし、マニュアルを「道具」と呼ぶと、別の誤解が生まれます。
道具なら、自分の判断で使わなくてもよいのか。
もちろん、そうではありません。
安全、法令、個人情報、金銭処理、事故対応。
こうした領域では、マニュアルを必ず守らなければなりません。
包丁も道具ですが、使い方には決まりがあります。
自動車も道具ですが、交通ルールを無視してよいわけではありません。
ですから、正確には、
マニュアルは、決められた範囲では必ず使う道具であり、それだけで解決できない場合には、次の手へ展開するための出発点でもある。
ということです。
マニュアルと自主性は、対立するものではありません。
マニュアルは土台です。
自主性は、その土台の上で、解決まで仕事を展開する力です。
問いが違えば、同じ出来事の意味も変わる
先ほどの窓口の例を、もう一度考えてみます。
起きた出来事は、次のとおりです。
お客様が窓口へ来た。
必要書類が一つ足りなかった。
担当者は受付を断った。
これは、まだ単なる「事象」です。
事象そのものに、意味はありません。
そこに、どのような問いを立てるかによって、事象は情報に変わります。
マニュアルどおりにしか働かない社員は、こう問います。
必要書類はそろっているか。
マニュアルには、何と書いてあるか。
私は、指示どおりに処理したか。
答えは、「書類が足りない」です。
すると、情報はこうなります。
必要書類が不足していたため、受付できなかった。
その意味は、
担当者は規定どおりに処理した。
となります。
最終的なメッセージは、
対応に問題はない。
です。
では、問いを変えてみます。
お客様は、何に困っているのか。
なぜ今日、窓口まで来たのか。
今日手続きできなければ、何が起きるのか。
代替書類はないのか。
別の方法で対応できないのか。
誰に確認すれば、判断できるのか。
そうすると、同じ事象から得られる情報が変わります。
通常の受付条件を満たしていないが、お客様には今日中に手続きしたい事情がある。
その意味は、
マニュアル上の条件と、お客様のお困り事が衝突している。
となります。
そこから導かれるメッセージは、
マニュアルを確認しただけでは、仕事は終わっていない。解決できる方法がないか、判断できる人につなぐ必要がある。
となるでしょう。
起きた出来事は同じです。
違うのは、問いです。
「事象→情報→意味→メッセージ」で考える
私は、出来事を考えるときに、
事象→情報→意味→メッセージ
という順番で整理します。
今回の例でいえば、
事象
お客様が必要書類を持っていなかった。
情報
問いを「受付条件を満たしているか」に置けば、
必要書類が不足している。
となります。
問いを「お客様は何に困っているか」に置けば、
今日中に手続きできないと困る事情がある。
という情報が見えてくるかもしれません。
意味
前者なら、
受付条件を満たさない案件。
後者なら、
通常のルールでは、お客様のお困り事を解決できない案件。
となります。
メッセージ
前者なら、
規定どおり受付を断る。
後者なら、
例外対応の可否を確認し、別の解決方法を探す。
となります。
つまり、マニュアルどおりにしか働かない社員と、仕事をする社員の違いは、能力だけではありません。
最初に持っている問いが違うのです。
焦点は、どこに置かれているか
問いが違えば、焦点も変わります。
マニュアル社員の焦点は、
自分が会社の指示から外れていないか。
にあります。
仕事をする社員の焦点は、
相手のお困り事が解決したか。
にあります。
作業に焦点を置けば、確認することは次のとおりです。
マニュアルを守ったか
必要書類を確認したか
決められた説明をしたか
担当範囲を超えていないか
処理時間を守ったか
この基準だけで評価すれば、担当者は満点かもしれません。
しかし、お困り事に焦点を置けば、確認することは変わります。
相手は何に困っていたか
その困り事は解決したか
できない場合、別の方法を提案したか
判断できる人へつないだか
同じ問題が繰り返されないようにしたか
こちらの基準で見れば、
正しく処理したが、何も解決していない。
という評価になるかもしれません。
同じマニュアルを使っていても、焦点が違えば、仕事の結果も変わります。
マニュアルに従うことと、マニュアルしか見ないことは違う
マニュアルに従うことが悪いのではありません。
問題なのは、マニュアルしか見ないことです。
マニュアルに従う人は、
このルールを守ったうえで、何ができるだろう。
と考えます。
マニュアルしか見ない人は、
ここに書いていないので、私にはできません。
で終わります。
マニュアルに従う人は、安全や品質を守ります。
マニュアルしか見ない人は、マニュアルを自分の担当範囲を区切るために使います。
本人にとっては、それが責任ある働き方なのかもしれません。
会社の指示からはみ出さない。
指示されていないことはしない。
担当外には関わらない。
判断が必要なことには手を出さない。
しかし、その結果、お客様のお困り事が残っていても、
私は、言われたことをやりました。
で仕事を終えてしまいます。
問題は、マニュアルを守ったことではありません。
どこで仕事が終わると考えているかです。
展開が違う
ここで、仕事の「展開」を比べてみます。
マニュアルどおりにしか働かない社員の展開は、
指示を受ける
→マニュアルどおりに処理する
→完了を報告する
で終わります。
一方、仕事をする社員の展開は、
マニュアルどおりに対応する
→お困り事が解決したか確認する
→解決していなければ別の方法を考える
→自分で決められなければ相談する
→判断できる人へつなぐ
→解決まで確認する
となります。
基本フレームで言えば、
あの手:まず、マニュアルどおりに対応する
この手:解決しなければ、自分で代替案を考える
奥の手:自分で決められなければ、判断できる人へつなぐ
という展開です。
つまり、仕事とは、最初の手を使うことではありません。
お困り事が解決するまで、次の手へ展開することです。

「主体的に働け」は、「勝手に進めていい」という意味ですか?
ただし、ここで現場には別の戸惑いがあります。
職場では、よくこう言われます。
「もっと主体的に働いてください」
「自分で考えて動いてください」
「指示を待つのではなく、能動的に進めてください」
しかし、社員からすると、疑問が浮かびます。
「では、勝手に進めていいのですか?」
もちろん、会社が求めているのは、何でも自由に決めることではないはずです。
でも、
どこまで自分で判断してよいのか。
どの段階で上司に相談するのか。
何を変えてよくて、何を変えてはいけないのか。
失敗したとき、誰が責任を負うのか。
その境界が示されていなければ、社員は動けません。
自主性を求められたから進めた。
すると、
「なぜ相談しなかった」
と言われる。
慎重に確認を取った。
すると、
「それくらい自分で判断して」
と言われる。
これでは、社員が戸惑うのは当然です。
同じ「勝手に進めていいのですか?」でも意味は違う
「勝手に進めていいのですか?」
この言葉も、問いによって意味が変わります。
この社員は、主体性がないのではないか。
という問いを立てれば、情報は、
指示を待っている社員。
になります。
意味は、
自分で考えない社員。
メッセージは、
もっと主体的に働かせるべきだ。
となります。
しかし、問いを変えます。
なぜ、この社員は「勝手に進めていいのですか」と確認したのか。
そうすると、情報が変わります。
自分で進める範囲と、相談すべき範囲が分かっていない。
意味は、
会社が判断権限や相談基準を示していない。
メッセージは、
主体性を求める前に、任せる範囲を明確にする必要がある。
となります。
同じ発言でも、問いと焦点によって、社員批判にも、マネジメント批判にもなります。
大切なのは、どちらか一方に決めつけないことです。
現場には、二つの社員がいる
現場には、少なくとも二つのタイプがいます。
一つは、
自分で考えて進めたいが、どこまで任されているのか分からず戸惑っている社員。
もう一つは、
会社の指示からはみ出してはいけないと考え、マニュアルどおりにしか働かない社員。
この二つは、似ているようで違います。
前者には、判断範囲や相談基準を示す必要があります。
後者には、仕事の目的と、解決まで展開する責任を理解してもらう必要があります。
しかし、両者には共通点もあります。
それは、
仕事をするときの共通の問いが、組織の中で共有されていない
ということです。
チームワークとは、同じ作業をすることではない
チームワークというと、
仲が良い。
声を掛け合う。
助け合う。
一致団結する。
そんなイメージがあります。
もちろん、それも大切です。
しかし、チームワークの本質は、もっと別のところにあると思います。
チームワークとは、同じ作業をすることではありません。
同じ問いを持つことです。
たとえば、チーム全員が、
お客様のお困り事を、どう解決するか。
という共通の問いを持っていれば、役割が違っても方向はそろいます。
現場担当者は、目の前の状況を確認する。
上司は、例外対応の可否を判断する。
関係部署は、制度や仕組みを調整する。
管理部門は、再発防止やマニュアル改善につなげる。
それぞれ、やっていることは違います。
しかし、答えようとしている問いは同じです。
だから、一つのチームとして動けます。

問いがバラバラなら、組織は分断される
反対に、部署ごとに問いが違えば、組織は簡単に分断されます。
現場は、
自分の担当は、どこまでか。
と考える。
上司は、
自分が責任を負わずに済むか。
と考える。
管理部門は、
ルール違反にならないか。
と考える。
経営は、
数字に影響しないか。
と考える。
お客様だけが、
結局、私の問題は解決するのか。
と考えている。
これでは、一致団結できません。
同じ会社に所属し、同じマニュアルを持っていても、問いが違えば、別々の方向へ動きます。
マニュアルは、共通の問いに答えるための共通の道具
共通の問いが先にあれば、マニュアルの意味も変わります。
お客様のお困り事を、どう解決するか。
この問いに対して、
まず、標準的には、この方法で対応する。
という共通の答えを示すのが、マニュアルです。
つまり、マニュアルは、
共通の問いに答えるための、共通の道具
です。
しかし、共通の問いがなければ、マニュアルは、
自分の担当範囲を区切るもの。
責任を回避するもの。
他部署へ押し返す根拠。
自分は間違っていないと証明するもの。
になりやすいです。
問題は、マニュアルそのものではありません。
何のために、そのマニュアルを使うのかという問いが、共有されているかです。
共通の問い、共通の焦点、共通の展開
チームが同じ方向へ動くためには、少なくとも三つを共有する必要があります。
共通の問い
お客様のお困り事を、どう解決するか。
共通の焦点
誰が正しいかではなく、何が未解決なのか。
共通の展開
マニュアルで対応する
→解決したか確認する
→解決しなければ次の手を考える
→必要なら判断できる人へつなぐ
→仕組みを改善する
この三つが共有されれば、社員はマニュアルどおりに動くだけでも、勝手に動くだけでもなくなります。
まず、決められた手順を使う。
結果を確認する。
解決していなければ、自分で考える。
自分で決められなければ、相談する。
そして、解決までチームでつなぐ。
これが、組織としての仕事です。
主体性とは、勝手に動くことではない
主体性という言葉も、曖昧に使われがちです。
主体性とは、会社のルールを無視して、何でも自分で決めることではありません。
目的と判断基準を理解し、自分で進めてよい範囲では進め、必要なところでは相談すること。
これが主体性です。
そして、管理職に求められるのは、
「もっと主体的に働け」
と繰り返すことではありません。
どこまで自分で判断してよいのか。
どの時点で相談するのか。
何を優先するのか。
絶対に守るべきルールは何か。
例外対応を誰が決めるのか。
その判断基準を示すことです。
マニュアル社員をつくっているのは、管理職かもしれない
部下がマニュアルどおりにしか動かない。
上司は、そう嘆くかもしれません。
「最近の社員は、指示待ちだ」
「主体性がない」
「自分で考えない」
しかし、その原因をつくったのは、管理職かもしれません。
部下が相談に来たとき、
「それくらい自分で考えて」
と突き放す。
自分で考えて対応したら、
「なぜ事前に相談しなかった」
と叱る。
問題が起きれば、
「マニュアルを守らなかった本人が悪い」
と個人の責任にする。
このような管理を続ければ、部下は学習します。
考えるより、確認する。
判断するより、待つ。
解決するより、責任を避ける。
そして最後には、
「マニュアルには、そう書いてあります」
としか言わない社員になります。
社員が考えなくなったのではありません。
考えないことが最適解になるように、会社が教育した
とも言えます。
正社員に支払われている給料は、どの部分でしょうか
では、正社員に支払われている給料は、何に対する対価なのでしょうか。
マニュアルを読んで、そのとおりに手を動かすことだけでしょうか。
もちろん、単純な作業であっても、責任を持って正確に続けることには価値があります。
しかし、正社員には、それ以上の役割が期待されているはずです。
たとえば、
通常と異なる状況に気づく
自分で判断できる範囲を見極める
判断できる人へ相談する
関係部署と調整する
お客様へ別の選択肢を示す
同じ問題が起きないように改善する
マニュアルに不足があれば、見直しを提案する
こうした部分です。
正社員に求められるのは、マニュアルを持たずに働くことではありません。
マニュアルを使いながら、
それで解決したか。
解決していないなら、次に何をするか。
まで考えることです。
AI時代に、人間が担う仕事は何か
これから、決められた手順を正確に実行する仕事は、ますますシステムやAIへ置き換わっていくでしょう。
ルールを検索する。
条件を照合する。
必要書類を案内する。
定型文で回答する。
申請内容を分類する。
マニュアルに沿った処理だけなら、人間よりAIのほうが速く、正確にできる場面も増えます。
では、人間に何が残るのでしょうか。
相手の話から、本当のお困り事を読み取ること。
本人も説明できていない事情に気づくこと。
マニュアルに書かれていない例外を見つけること。
複数の選択肢から、よりよい方法を考えること。
関係する人を動かすこと。
相手に合わせて、納得できるように説明すること。
ここに、人間が働く意味があります。
マニュアルどおりにしか働けない人が、アルバイトに負けるという話ではありません。
マニュアルどおりに処理するだけの仕事そのものが、AIに置き換わっていく
という話です。
マニュアルは、ゴールではなくスタート地点です
マニュアルは必要です。
でも、マニュアルは、お客様のお困り事を無視するための盾ではありません。
「書いてありません」
「担当外です」
「決まりです」
「私は言われたとおりにやりました」
そこで会話を終わらせれば、自分は守れるかもしれません。
しかし、お客様のお困り事は残ります。
仕事とは、お客様のお困り事を解決すること。
そのために、チームで共通の問いを持つ。
その問いに答えるために、マニュアルという共通の道具を使う。
それで解決しなければ、焦点をお困り事へ戻し、次の手へ展開する。
正社員に求められるのは、マニュアルを無視することではありません。
マニュアルどおりに処理して終わることでもありません。
共通の問いを持ち、マニュアルを使い、結果を確認し、解決まで仕事を展開すること。
それが、正社員に求められる仕事ではないでしょうか。
だから、マニュアルどおりにやることだけを求められたとき、少しだけ言いたくなるのです。
「マニュアル?私、バイトではないんですけど?」
このnoteでは、身近な出来事や職場の違和感に「問い」を立て、「焦点」を変え、「展開」を組み直すことで、単なる事象を仕事に役立つ情報へ変換する実演記事を掲載しています。
同じ出来事でも、どこに問いを置くかで、見える意味は変わります。
ぜひ、ほかの記事もご覧ください。



