007【恋愛小説】ウタヒメユメト 第三章 青山の羨望 chapter2
🪞chapter2──枯渇のパラドックス
全国ツアーが終わり
ユメトが求めたもの──
それは、永遠に愛されることのない
身体だけの関係だった。
皮肉なことに
どこまでも満たされない孤独が
歌姫ユメトを創る。
ウタヒメユメト
ーMirror of Desireー
青山の羨望 chapter2
コンサート最終日の打ち上げが終わり、ユメトとマネージャーの伊藤はホテルを出た。
帰路の車内で伊藤がユメトに事実確認をする。
「今朝、俳優の青山 陵のマネージャーから 直々に 連絡があって。ユメトの個人連絡先を 交換してもいい。ってまさか、青山 陵 に言ったの?」
「そう。別にいいでしょ?」
「……別に 構わないけど。これは 私の個人的な意見だけどね。
まぁ。青山 陵は、業界でも人当たりの良さが 評価されてるらしいし。
人脈や経歴も申し分ないとは思う。
だけど、身近で手打つのはどうなの?
北見さんのとこの事務所の俳優なんでしょ?
簡単に落ちすぎじゃない?
二十代の頃とは違うんだから もう少し考えて慎重に行動して」
「うぅー……。わかってる!!
てゆうか……別に。好みのタイプじゃないし。北見先生との お酒の席で 良いクッション役になるなら、それでいいかなぁ。って。
ほら、イケメンがいるだけで テンションあがるじゃん?」
「確かに……。北見先生の飲み会は 殆ど セクハラ交じりの ジジババ軍団だもんね。とりあえず、青山との個人的な やり取りは任せるけど、
二人きりで会うのはNG。
必ず、私が同席するから。もし、特別な関係になるなら、その前に必ず一言相談してよね?」
「ないない。彼は 一回りも 年下だよ?
それに…ギラギラした闘志が むき出しなのが ちょっと苦手」
「あぁ、若い頃の 篤志さんに ちょっと雰囲気 似てるもんね…」
「え? 全然 似てないでしょ?」
「篤志さん、海外に行ってから 連絡ないの?」
「うん。今年は カナタの誕生日も連絡なし。父親も失格だったけど、元父親も失格。笑えない。もうアツシの事は諦める」
ユメトのマネージャーを務める伊藤尚美は、ユメトの高校の同級生だった。彼女の一番の親友であり一番最初のファンでもある。
ユメトが曲を作り歌い、伊藤がユメトのプロデュースをしてきた。
二人の苦労が実り、人気が絶頂期を迎えた頃
ユメトはシンガーソングライターの篤志との子供を妊娠した。
伊藤は女癖の悪い 篤志との結婚には反対だったが、ユメトは篤志の語る愛 を信じて貫く事を 決意した。ユメトは愛息子「奏音」を出産。
しかし、篤志の浮気性が 直るはずなどなく 短い結婚生活は破談。
伊藤とユメト、二人の間に 互いに 知らないことは ほとんど無かった。
ユメトのデビュー当時から彼女の全ての楽曲を担当している音楽編集プロデューサー「松岡 英樹」の事 以外は。
「ユメト、明日はオフなのに 松岡さんが来客予定だけど 新曲の打ち合わせ?」
「そう。新しいアイデアがあって、どんな曲調にするか 相談しようと思ってるの」
「私は明日、都内で打ち合わせがある。留守だけど大丈夫よね?」
「……うん、大丈夫。ランチ前に来るみたいだから
レコーディングスタジオに松岡さんのランチの準備と送り迎えの車の手配だけ お願い」
「それはもう頼んである。いつもの宅配 オードブルと
ヴーヴクリコのシャンパンでいいんでしょ?」
「うん。ありがとう…じゃあ宜しくね」
ここは完全な密室。
一点の陽光も差し込む事がない 自宅内のレコーディングスタジオの中で
ユメトはピアノを奏でる。
二人は融合するように重なり合い、
鍵盤を流れるユメトの指先に、松岡は手のひらを絡め
ユメトが奏でた曲に松岡が色を乗せる。
鍵盤の上で二人の両手が交配すると、
そこには誰も聴いた事がない調和が生まれ
新たな曲が創造されるのだ。
「君が孤独になればなるほど、革命的な曲が生まれる。俺の存在意義は君のひとひらに過ぎないんだよ」
「……分かってる」
「ユメト、こっちを向いて。今日も綺麗だ」
ユメトの本心を覆い隠すように垂れる長い前髪に
松岡は、ガラス細工にでも触れるようかのように
優しく繊細に彼女の前髪を払う。
そして、ユメトの心を奪い去る 松岡の唇が 濃密に重なり合う。
ユメトは「ずっと会いたかった!」と、心が叫ぶのを 必死に堪えた。
冷酷に自分を見つめる 松岡の視線を逸らし、顔を背ける。
不毛な身体の重なり合いが 遂行される時、そこには 愛の確かめ合いなど 無意味である事を ユメトは理解していた。
事実、松岡がユメトに発する言葉には 客観的な意思しか 存在しないのだ。
求め合う事の無意味さに、ユメトの心が押し潰される。
二人で飲み干したシャンパングラスが二脚、混じり合う事のないまま薄暗いレコーディングスタジオで 不恰好に黄金色の光を放つ。
「このスタジオを改装するんだって?」
「そう。窓がない この部屋の暗いイメージを 一掃しようと思って、いま伊藤が見つけた デザイナーとイメージを相談しているところ」
「このデイベッドは 残るのかな?」
「さぁ、まだ分からない。でも南東側の壁を抜いて 大きな防音ガラスにする。このスタジオからも 中庭に出られるように なるみたい」
「じゃあ、ここではもう 危ないことは出来ないね」
「……どうだろう。中庭へのアクセスは 私の部屋からしか繋がっていないから。誰も中庭には来ない。庭師は、私が留守の時にしか 中庭の手入れに入らないし。だから、上空にドローンでも飛ばされない限り、誰にも中庭に覗けないの」
「じゃあ次回、ここへ呼ばれる時は 中庭で育む。ってことかな?」
「育むって言葉、何か嫌」
「フッ…。おいで、ツアーの疲れを癒してあげるから」
「やっ、そこにはキスしないで」
「長い髪で背中を隠すのは、そこが急所だからだ。違うか?」
鋭い松岡の眼差しに、ユメトの身体が浸食されていく。
背中から始まる愛撫で、ユメトのこらえ続けた欲望が解放されていく。
松岡は冷たく、そして静かに──彼女が壊れていく様を見守った。
ユメトは自我を忘れるように、吐息を漏らし崩れる。
彼は……自分を好きなのか?
自分は、彼をどう思っているのか?
ユメトは、考える事を もうやめていた。
答えなど返って来ない、虚しすぎる思考だったからだ。
松岡との心は、一度も交わる事のないまま すれ違い続ける。
始まりも終わりも存在しない、分かり合う事が 永遠に訪れない関係。
けれど、身体だけはどうしても離れることが出来なかった。
重ねた歳が分からないほどに、逞しく鍛えぬかれた松岡の身体が
飢えたユメトを支配する。
松岡は「次はいつものホテルで会おう」と言い残して
夕暮れ前に、ユメトの家を去って行った。
食い尽くされた身体が ひとり放置されて
ユメトは現実に たたき起こされる。
彼女に刻まれた 松岡との快楽が
ユメトの心を 貪り始める。
どこまでも、どこまでも。
松岡を求めている自分の身体を 滅茶苦茶に
掻きむしりたくなる。
飲み散らかした 惨めな残骸たちを片付けながら
震えそうになる身体を
熱い泪を 堪えた。
“抱かれている時だけはあんなにも満たされているのに、彼が消えた瞬間、なぜこんなにも虚しいのだろう。マトモな愛情が欲しい。なぜ素直になれないのだろう”
誰にも言えない 秘密の関係だから
胸が躍るのだと最初は思っていた。
でも違った。
空っぽなのは自分だけだった。
好きなのは自分だけだった。
松岡はユメトの事など何とも思っていないのだ。
と、ユメトは何度も自分に言い聞かせる。
傷口に塩を塗るように
松岡に何度も何度も 抱かれてきた
孤独な レコーディングスタジオで
ユメトはひとり唄を創り上げる。
事実、松岡との関係が始まってからユメトの曲は爆発的に売れていた。
松岡がえぐった、心の傷を掻きむしる様に
血で汚れた唄を歌い続ける事が、ユメトの使命なのだと
彼女は自分に言い聞かせて、今日も曲を奏でて 詩を紡ぐ。
その夜、青山 陵からユメトへメッセージが届いた。
ウタヒメユメト ーMirror of Desireー To be continue… ♡
#恋愛小説 #連載小説 #ウタヒメユメト #不倫 #芸能界 #孤独 #国民的歌手 #エロティシズム文学 #シングルマザー
