004【恋愛小説】ウタヒメユメト第二章 赤坂の誘い Chapter1
🕸️chapter1 赤坂の夜
時はさかのぼり、春の夕暮れ。
成宮幹事長に招かれた赤坂の料亭で
ユメトと伊藤は懐かしい高校時代を思い出す。
過去の夢と現在の栄光が
シャンパンの泡のように交錯する。
ウタヒメユメト
— Night in Akasaka —
赤坂の誘い chapter1
まだ太陽が沈みそうにはない春の夕暮れ。
東京の桜はもう、柔らかな新緑を従え始めている。
赤坂の料亭に到着したユメトと伊藤は、女将に案内され一番奥の部屋に入った。
成宮幹事長はまだ到着していない。
すでにユメトたちの席にはアネモネ柄のシャンパングラスが置かれ、着座すると女将がワインクーラーで冷やされたベルエポックのボトルをユメトに向けた。
「失礼いたします。到着が遅れるそうで、成宮幹事長から“先に始めていてください”とのこと付けでした。こちらでよろしかったでしょうか?」
アネモネの花の絵が描かれたクリアボトルには、シャンパーニュ製法で丁寧に発酵されたピンク色のエレガントな泡が閉じ込められている。
ユメトが了承すると、女将はボトルとおそろいの柄のグラスに桜色の幻想を注いだ。
伊藤と軽く相槌を打ち、ユメトは弾ける栄光を口に含む。
「あとはこちらで注ぎますので、席を外していただけますか?」と伊藤が伝えると、女将は上品にお辞儀をして去っていった。
二人の座卓には、美しくカットされた小ぶりなフルーツの盛り合わせが用意されている。
成宮幹事長の計らいだろう。
ユメトは大好きな苺を口に運び、甘酸っぱい香りをシャンパンで流し込んだ。
「キュウ~♡このイチゴ、すっごく美味しい!ふふふ。ねぇ、イト。そういえば今日の会食は幹事長の娘さんに準備したコンサートチケットのお礼か何かなの?」
「それが……今日は娘さんは来ないらしいの。なんか、別の話があるとか秘書の方が仰ってたわよ」
「ふぅん。ゴルフとか誘われたらめんどいなぁ。もしその手の話になったら、イトが上手く断ってよ……」
「え? 自分で断りなさいよ」
「イトォ〜。私、あの幹事長と話すの実はすごく苦手なの。お願い!」
「はいはい。シャンパンのおかわりは?」
「私、このピンクのベルエポックより普通のやつのが好きなのになぁ。何で幹事長が準備するのはいつもコレなの?」
「こっちのほうが高いからでしょ」
「そうなの?」
「ユメト、あなたそんなことも知らないの? ホントに曲作りと歌うこと以外は全くダメなんだから」
「そんなことないもん。普通の人よりお酒がたくさん飲めるよ?」
「あとは?」
「料理も作れる」
「ユメトの得意料理は塩にぎりでしょ?」
「アハハッ、確かに〜! 高校の時、いつも一緒に塩にぎり食べたよね? 焼きそばパン半分こにしてさ」
「焼きそばパンをおかずにして塩にぎりでお腹いっぱいにするやつね」
「そうそうッ! ソレっ! 懐かしい〜。またやろうよ?」
「分かったから、ユメト。幹事長の前では“イト”って愛称では呼ばないようにね」
「はーい。分かりましたよ、伊藤マネージャー」
──高校生の頃、放課後はいつも伊藤と二人で自転車を走らせ、急な坂を登って高台の東屋に向かった。
伊藤は勉強をして、ユメトは曲を作ったり歌ったりしていた。
ユメトの本名は村井音(むらい・おと)。
イトとオト。伊藤はユメトをオトと呼び、ユメトは伊藤をイトと呼んでいた。
ユメトはお昼のお弁当とは別に、でっかい塩にぎりを二個持ってきて、夕日を見ながら二人で食べた。
二人ともお小遣いが少なく、放課後にカラオケに行ったり、駅前のスターバックスでフラペチーノを飲んだり──女子高生ルーティンの仲間に入ることはできなかった。
二人の唯一の贅沢は、一箱450円で買える30本入りのスティック黒糖カフェオレを月に一箱買って、一杯ずつ飲むことだった。
百均で購入した色違いの耐熱マグを持ち寄って、タンブラーから熱々のお湯を注ぐと、甘い黒糖の香りが東屋に漂った。
二人が生まれ育った街を望む夕暮れに、柔らかな湯気が優しく昇る。
「私たち、来年もう三年生だね。イトは高校卒業したらどうするの?」
「東京に行くよ! ウチは兄弟いっぱいいて大学なんか行けないから、私は東京で働くんだ。地元でも就職できるけど、私は東京に行きたいの!」
「私も東京行きたい! 私はね、音楽の専門学校に行くの。お母さんも“学費は出してくれる”って約束してくれた。こっちの学校じゃなくて東京の学校に行きたいの。でも通うのにはちょっと遠いんだよね。東京行くなら仕送りは貰えないから、バイトと学校の掛け持ち。そうだ、イト! この焼きそばパンみたいに家賃も生活費も半分こにしようよ!」
「それ、いいね! ウチは農家だからお米と野菜は送ってくれるって、オカンが言ってたし。一緒に暮らそ!」
「やった! この塩にぎりさえあれば、どんな夢でも叶う気がする!」
「夢かぁ〜。そうだ! オトの芸名だけど、“ユメト”って名前にしない? 夢を叶える音でユメト!」
「イト、スゴイ! それ、神降臨だよ!」
「でしょ? でもなぁ〜、漢字で“夢音”だとアニメキャラっぽくてちょっとイマイチじゃない?」
「そうかな?」
「うーん。来週までの宿題ね! “ユメト”の文字表記どうするか考えてきて!」
「えェー。それ、私の宿題なの?」
「歌詞が書けるんだから大丈夫でしょ?」
「うーん。分かった! 少し考えてみるッ!」
「一緒に暮らしても家事は分担だよ?」
「もちろん!」
── 一人一杯15円の甘い黒糖カフェオレは、
きめ細やかな泡が飲み干すその瞬間まで湧き上がる
一本 50000円 のシャンパンに代わった。
To be continue… ♡
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