011【恋愛小説】ウタヒメユメト第三章 青山の羨望 chapter6
🪞chapter6──ドラッグ
感情を殺しても、殺しきれない。
どこまでも松岡を求めてしまうユメト。
青山との時間で、彼女が悟ったのは──
快楽のあとの、地獄だった。
ウタヒメユメト
ーMirror of Desireー
青山の羨望 chapter6
青山がユメトのために懸命に作り上げた、楽しかったはずの時間が、
松岡との初恋の記憶に潰されていく。
ユメトは、松岡とのメッセージ画面を開いた。
松岡との口約束で、「スマホには絶対に足(跡)は残さない」と徹底されている。
その画面には、感情は見当たらず、淡々とした報連相だけが並んでいた。
「今日は楽しかったね」も、
「次はいつ会える?」も、
「今は何してる?」も ──そんな甘い男女のやりとりは一文字もない。
そこに残っているのは、ただ一つ。
「お疲れ様です。明日のランチミーティングですが、伊藤さんは同席されますか? 確認をお願いします。」
見事に密会を果たした、あの日のメッセージが、
二人の最後のやり取りだった。
自宅内にあるレコーディングスタジオで松岡と密会する時、
ユメトは、伊藤が打ち合わせに出かけている日を選んで予定を組んでいた。
そのメッセージの裏に隠された本来の意味は──
「明日は二人きりで会えるのか?」という、無言の確認だった。
ユメトの「伊藤は留守です。宜しくお願いします」という返信で、
松岡は取るべき行動を理解する。
「今、一人で銀座にいます。松岡さんは近くにいらっしゃいますか?」
そう打ちかけたメッセージを、ユメトは送信できずに画面を閉じた。
こんな時ですら、松岡を求めてしまう。
そんな情動に、ため息が漏れる。
ユメトは離れゆく銀座の街を、横目で追った。
欲にまみれた、朝まで消えないネオンが遠ざかっていく。
昔は、この街が大好きだった。
お洒落な店に、美味しいレストラン。
ピンヒールを履いた綺麗な女性とすれ違い、伊藤と目を輝かせた。
ショーウィンドウの中に飾られた上品で可憐なワンピースの値札を見て、思わず目を丸くした。
雑誌でしか見たことのないハイブランドのバッグがショーケースに並び、
「私たちにはとても買えないね」と笑い合った。
ユメトはタクシーの中で寝たふりをしたまま、古い思い出に涙を落とした。
タクシーを降り、羽田空港で待たせてある専属のハイヤーに乗り換える。
伊藤は、第三者に自宅が知られないよう徹底していた。
そのためユメトが一人でタクシーに乗って家に帰ることは、許されなかった。
しかし、飲み会の会場で専属運転手が待機しているのが煩わしいユメトは、
「みんなで二次会に行くかもしれないから、別の場所で待ってて」といつも頼んでいた。
そんなやりとりが続いた結果、
ユメトが自分でタクシーを拾って羽田空港まで行き、
そこで専属ハイヤーに乗り換える──それが、暗黙の習慣になっていた。
伊藤はいつも、「遅くなる時はホテルに泊まって」と口を尖らせた。
けれど、ホテルで一人目覚めるのが、堪らなく寂しかった。
松岡は、必ず自宅に帰る。
どんなに遅くなろうとも、ユメトは松岡と朝まで過ごしたことが一度もなかった。
抱かれたあと、放置される身体が惨めで、虚しくてたまらない。
そんな腐った感情を、松岡は必ずユメトに残していく。
快楽のあとの地獄。
ユメトが地獄から抜け出す方法は、曲を奏でて、唄うこと。
そして、曲を創り上げ、這い上がる。という快楽。
何度も何度も繰り返すうちに、抜け出せないことに気づいた。
けれど、もう手遅れだった。
正に、ドラッグのようなパラドックス。
数年前に新築した郊外の自宅兼事務所へ、ユメトは今日も帰る。
だんだんと灯りが少なくなっていく。高速はガラガラだ。
横浜を過ぎた頃には、もう眠りに落ちていた。
羨望の全てを掴んだ、国民的歌姫ユメト。
しかし頬に残った涙のあとが、彼女の救えない孤独を物語っていた。
ウタヒメユメト ーMirror of Desireー To be continue… ♡
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