009【恋愛小説】ウタヒメユメト第三章 青山の羨望 chapter4
🪞chapter4──羨望という名の鏡
ほろ酔いのユメトが向かったのは
銀座の会員制ラウンジ。
ほろ苦いエスプレッソマティーニが
甘い夜を紡いでいく。
世間が抱くイメージと
自我が交差する。
ウタヒメユメト
ーMirror of Desireー
青山の羨望 chapter4
[二十時頃には撮影が終わる予定です。銀座に友人が経営する会員制ラウンジがあり、完全に個室になっています。僕は先に店に入っています。]
人気急上昇中の若手俳優、青山陵。
恵まれた美しい容姿を纏い、誠実さと優しさを兼ね備えた中に
男らしさを匂わせる彼の雰囲気は、その場を特別に華やかな空間へと変える才能があった。
「本日はこちらのフロアを貸切にしております。接客は全て私一人が担当致しますので、ご安心ください。当店は閉店時刻も指定されておりません。気兼ねなく、ゆっくりとお過ごしください」
ラウンジのオーナーは、そう言い残して去っていった。
この店には紙のメニュー表はなく、オーダーは全てQRコードを読み取り、スマホで行うらしい。
“エスプレッソマティーニ” がメニューにあることに、ユメトのテンションが上がった。
「素敵ですね。銀座にこんなお洒落なラウンジがあったなんて」
マネージャーの伊藤が、無意識に青山を褒める。
伊藤の知多ハイボールと、ユメトのエスプレッソマティーニが運ばれた。
しばらくすると、着信の嵐に襲われた伊藤は席を離れた。
「伊藤さん、すごく忙しそうですね」
「いつもああなの。ごめんなさいね」
「いいえ、ユメトさんと二人きりになれてラッキーです」
ユメトは、青山の爽やかすぎる一言に一瞬ドキリとした。
青山が言うから許されるセリフだ。
絶妙な声色と、女性らしい柔らかな顔つきが、その言葉の濃さを中和している。
高校生くらいだったら、間違いなく彼に落ちている。
なるほど、ドラマや映画で人気者な訳だと、ユメトは妙に納得した。
甘くクリーミーなエスプレッソマティーニの泡で、ユメトは青山の強大な魔力を誤魔化す。
ユメトの反応がイマイチだったことに気づいたのか、青山は回転良く話題を変えた。
「ユメトさんは、エゴサしないんですか?」
「……私はしない。メンタル、そんなに強くないから。
良いことも悪いことも含めて、自分の評価を見てしまうと、曲作りにも唄にも影響してしまう。
同業者の人たちが、なぜ顔も見たことのない他人のイメージを確認するのか、正直分からない。
……青山君は、するの?」
「えぇ、しますよ。僕は役者ですから。
ファンのイメージを再確認しているようなものなのかもしれません。
最近ハマってるのは、LINEの僕のファンだけが集まった『青山陵を語る会』っていうオープンチャットに、ファンを装って参加することです。
基本的にみんな僕のファンなので、誹謗中傷を言うような人は排除されて、少人数のコアなファンだけが集まっています」
「そんなの、あるの?」
「実際のプロフィールは非公開なので、ポジティブなエゴサにはピッタリですよ」
「へぇ。面白いね」
「僕は見ているだけでコメントはしませんが、リアクションはします。
ファンが生声で嬉しいことを言ってくれるんです。
本当の自分が時々分からなくなりますが、それが職業病だと思うと、自分を肯定できる。
結果的に、自信にも繋がるんです」
「確かに、ファンを裏切らないための努力は必要なのかもしれないね……」
「ユメトさんは、誰にも崩すことのできない完璧なイメージが、もう構築されていますから。
必要ないと思いますよ。ファンはユメトさんの信者であり、ユメトさんの曲が生活の一部なんです」
「みんなそう言うけど、イメージなんて些細なことで簡単に崩れる。
崩れた瞬間に、私の歌った唄も作った曲も、不快な音に変わってしまう。
コアなファンなんて本当は一部で、半分以上は私の本当の姿を知った瞬間に離れてしまうって感じてるの。
事実、私は子育てだってつまずいているし、聡明でもないし、真面目なんかじゃない」
「誰でも、人に言えないような不誠実な部分を持っています。
けれど観客や視聴者は、自身の“誠実な部分”を有名人と重ねて投影したいんです。
人間はみな、自分の中に不誠実な部分を何かしら持っているから、僕らを信じている。
だから、不誠実だと認識した瞬間に“裏切られた”と嘆く。
彼らにとって僕たちは、自分自身の誠実さだけを切り取って映し出す鏡なんですよ」
「青山君は、本当の姿を隠していることに、罪悪感を感じないの?」
「僕は、ありませんね。
ユメトさんがファンに対して罪悪感を感じているのだとしたら、
それこそユメトさんが“真面目で誠実な人間”だという証拠じゃないですか?」
「我が子を他人に預けて、若い男と呑んだくれる母親のどこが真面目なの?」
「それは仕方のないことです。
実際に、子供とだけ向き合う母親が正解な訳じゃない。
実は僕の母もシングルマザーでした。何度か母を否定して傷付けたけど、
今は心から感謝しています。
土台が誠実であれば、いつか必ず、息子さんにもユメトさんの想いが届きますよ」
「ありがとう。少しだけ……救われたような気がする」
電話を終えた伊藤が、慌ただしく席に戻ってきた。
「青山さん、ごめんなさい。急いで事務所に戻って、今日中にテレビ局へ資料を送らなきゃいけなくなってしまったの。申し訳ないけど、ユメトをお願い出来るかしら?
青山君が好青年なのは了承済みなので、信頼した上でユメトのことをお任せします」
伊藤が去り、青山と二人きりになってしまうことに、ユメトはほんの少しだけ緊張した。
けれど青山は、ユメトを決して色目で見ることなく、真面目に会話を楽しませ、大切に扱ってくれることを、ユメトはひしひしと感じた。
そして心地よく、夜の魔法の空間に酩酊していった。
銀座の街に、酩酊していく男と女。
まるで神の悪戯に導かれるように、二人の空間は歪んでいく。
ウタヒメユメト ーMirror of Desireー To be continue… ♡
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