「人がいないから進まない」のではありません。——決まっていないのは、IT化の「役割」です
「IT化を進めたい気持ちはあるんです。でも、うちにはITに詳しい人が一人もいなくて…」——製造業の経営者の方から、この言葉を何度聞いたか分かりません。
「何かを変えたい」という意欲はある。でも、任せられる人が社内にいない。経営者自身もITが得意なわけではない。だから、話がそこで止まってしまう。
実はこの「人がいない問題」、中小製造業のIT化が進まない理由として最も多いものの一つです。でも、私はこうお伝えしています。「ITの専門家がいなくても、IT化は進められます」
この記事では、「人がいない問題」の正体である3つの誤解から、推進役の選び方・経営者にしかできない役割・外部の力の借り方まで、実践的にお伝えします。
■ 誤解① 「ITの専門家」が必要だという思い込み
まず、中小製造業のIT化に、プログラミングができる人やシステムに精通した人は必須ではありません。
いま中小企業が導入するITツールの中心は、クラウドサービスをはじめとする「できあがった製品」です。ゼロからシステムを作るわけではないので、必要なのは「作る技術」ではなく、自社の業務に合わせて使いこなすことです。
そして、ツールの設定や操作は、ITの専門家が業務を覚えるより、業務が分かっている人がツールを覚える方がずっと早い。これが現場で見てきた実感です。
■ 誤解② 「IT人材を採用すれば解決する」
「では、詳しい人を採用しよう」——そう考える経営者の方も多いのですが、これも現実的とは言えません。理由は3つあります。
・採用そのものが難しい——IT人材は今、あらゆる業界で取り合いです。中小製造業に来てもらうのは簡単ではありません
・すぐには戦力にならない——仮に来てくれても、自社の業務や現場を理解するまでには時間がかかります
・辞めたら振り出しに戻る——「詳しい人に丸投げ」の体制は、その人がいなくなった瞬間に止まります
3つ目は、ベテランの技術が一人に集中する「属人化」とまったく同じ構図です。一人のスーパーマンに頼る形は、実はいちばん危うい形なのです。
■ 誤解③ 「ベンダーに任せておけば大丈夫」
「餅は餅屋。導入はベンダーに任せればいい」——これも半分は正しく、半分は危険です。
ベンダーは製品のプロですが、御社の業務のプロではありません。任せきりにすると、現場の実態と合わないシステムができあがります。導入したのに半年で使われなくなる——あの「使われないシステム」が生まれる、典型的なパターンです。
外部の力を借りること自体は正解です。ただし、社内に「自社側の窓口」となる人が一人は必要です。
■ 必要なのは「専門家」ではなく「推進役」1人
3つの誤解に共通するのは、「IT化にはITに詳しい人が必要だ」という前提です。
実際に必要なのは、専門家でも専任者でもなく、社内の推進役(世話役)が1人。求められるのはITスキルではなく、「現場の業務を知っていること」「人に聞けること」「続けられること」です。
ここからは、その推進役をどう選び、どう支えるかという実践の話に入ります。
■ 推進役は「こんな人」を選ぶ
推進役に向いているのは、次のような人です。
・現場の業務を知っている人
製造でも事務でも構いません。「この作業はなぜこの順番なのか」が分かる人
・スマートフォンを普通に使えるくらいのITレベルで十分
詳しさは後からついてきます
・人に聞ける・話せる人
ベンダーへの質問役、現場との橋渡し役になるためです
そして重要なのは、専任にしなくていいということです。今の業務と兼務で、少しずつ時間を割く形で始められます。
一方、避けたいのは「若いからITが得意だろう」という理由だけで押し付けることです。本人の意欲を確認せずに任せると、推進役自身が最初の抵抗勢力になってしまいます。
■ 経営者にしかできない3つのこと
推進役を決めたら終わり、ではありません。むしろ、ここからの経営者の関わり方が成否を分けます。
【① 推進役の時間を確保する】
今の業務にそのまま上乗せするのは、失敗の典型パターンです。担当業務の一部を他の人に移すなど、時間を「作って渡す」のは経営者にしかできません。
【② 優先順位を決める】
「どの困りごとから手をつけるか」は、現場ではなく経営の判断です。まず自社の困りごとを言葉にして、経営者が方向を示してください。
【③ 丸投げしない】
月に1回でいいので、進捗を聞く場を作ってください。経営者が関心を持ち続けていること自体が、現場への何よりのメッセージになります。
■ 外部の力は「使い分ける」
社内の体制ができたら、外部は遠慮なく頼ってください。ポイントは相手ごとの使い分けです。
ITベンダーには、製品の機能・操作・技術的な質問を。中立な立場の専門家(中小企業診断士など)には、課題の整理とツール選定前の「比較の軸」づくりを。商工会議所や公的支援機関には、最初の情報収集と相談先の紹介を。
特に、ベンダーのデモを見る前に中立な立場で課題を整理しておくと、「営業トークに流されて、必要以上に高機能なものを選んでしまう」という失敗を避けられます。
■ まとめ:役割が決まれば、IT化は動き出す
整理すると、こうなります。
推進役(社内1人)は、現場とベンダーの橋渡し役。専任でなくて構いません。経営者は、時間の確保・優先順位の判断・月1回の進捗確認。外部は、製品知識と中立な整理役として使い分ける。
この3つの役割が決まった瞬間から、IT化は動き始めます。
「人がいないから進まない」のではありません。「役割が決まっていないから進まない」のです。ITの知識は、進めるうちに後からついてきます。
「うちの場合、誰を推進役にすればいいか一緒に考えてほしい」「ベンダーに会う前に、課題を整理しておきたい」
そうした段階からでも、ぜひご相談ください。
