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やっぱり昭和の方が子育てに寛容だったのかなあ?

 つい先日、電車の中で子供を座らせるのが、昭和の日常だったという記事を投稿しました。

で、わずか数週間で、今度は「授乳ケープ」に関する論争が勃発しているのだとか・・・あ~、そうなんだ~、と驚きました。

まあ、オッサンの立場からすると、授乳シーンを微笑ましく見ていたら、ドスケベ・変態扱いされてしまう時代になってしまったので止めて欲しいという気持ちはありますけどね。

でもまあ、こっちとしては、いや、いきなりおっぱじめちまったもん、しょうがないじゃん? と思うんですけどね。

そもそも、昭和の頃は、ケープ授乳なんてものはなくて・・・
お母さんがいきなり片乳をポロンと出して、授乳させてたものです。

「なつかしい風来坊」 「Tomorrow明日」 「良いおっぱい悪いおっぱい」

昭和ドラマで授乳シーンがあるもの

上記の三作品は、普通におっぱいぽろりで授乳させるシーンがあるそうです。※)真偽未確認ですが・・・

ま、動画の有無に関係なく、それが普通の時代で生きてきたので、授乳そのものが性的なお話だとか、見たら痴漢扱いされるとか、そういう感覚すらありませんでした。

単に、赤ん坊が授乳しているという日常風景であり、そこに特別感はなかったというのが当時の感覚です。

そう考えると、今の時代は実に厳しい時代なんだなあと思いました。
※)縄文時代なんか行為そのものを衆目の面前でいたしていたぐらいだったんですけどね。(苦笑)

ま、時代の変化とともに、価値観も変容していくものですから、今回の論争について、私がどちらかに軍配を上げたいとは考えていません。

嫌だと思う人もいれば、別にいいんじゃないと思う人もいる。

そうなってくると現代日本の場合、嫌だという人に基準を合わせ、車の中とかトイレの個室とか人目に付きにくいところで授乳してくださいとなっていくのでしょうね。

それにしても、少子高齢化で子供を増やさなければ・・・という論調が強い現代において、子育てへの風当たりが強いのは複雑な気持ちになりますね。

私の想像の域を出ないのですが・・・

他人様に迷惑をかけないで生きる

という生き方を心がける日本人が多すぎるから、こうなってしまったのかもしれません。
この言葉、一見すると立派な生き方に見えます。その反面、様々な矛盾や問題を抱える言葉でもあるな、と思っています。

私の持論ですが、

人間なんてものは生きているだけで誰かに迷惑をかけて生きているもんだ。だからこそ、お蔭様として他人様が困っている時にそっと手を差し伸べて罪滅ぼしをするんだよ。

と。恩返しでも良いし、恩送りでも良い。
人間は社会的動物である以上、誰かに支えられなきゃ生きていけないし、反対に、自分も誰かを支えないといけない。

今の世の中、変に自己完結できるというか、他人様から支えられている点が見えにくくなってきているんじゃないかな? と思うわけです。

だから、赤ん坊を育てる人であっても、他人様に迷惑をかけちゃダメとして拒絶する人が現れる。持ちつ持たれつが希薄になっているんだろうなあ、と。

そういう点で考えると、昭和の頃は、多くが貧乏であり、他人様のおかげが見えやすい時代でした。その辺に他者への寛容が醸成される基盤があったのかもしれませんね。

まあ、雑感だらけの記事になりましたが、こんなことで大論争した挙句、喧嘩にまではならないで欲しいかなあ・・・ということだけは、社会に提言しておきたいところです。

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まっちゃん@松賢堂 しがないオッサンにサポートが頂けるとは、思ってはおりませんが、万が一、サポートして頂くようなことがあれば、研究用書籍の購入費に充当させて頂きます。