探究学習における「ずらし」の戦略――AIと探す「似ている構造」
現代的でセンシティブなテーマは、生徒や学生の関心として重要であっても、そのまま正面から扱うことが難しい場合があります。この記事では、具体名や賛否からいったん離れ、AIと一緒に「似ている構造」を探すことで、扱いにくいテーマを探究可能な問いに変える方法について考えます。
前回の記事では、私自身が台風19号の衝撃をすぐには研究できず、カスリーン台風という過去の水害へと問いをずらした経験について書きました。
台風19号のあと、私の中には「あの台風はいったい何だったのか」というモヤモヤが残りました。
けれど、その出来事をすぐに正面から研究することはできませんでした。
倫理的にも、方法論的にも、そして自分自身の距離の取り方としても、まだ準備ができていなかった。
そこで私は、台風19号そのものではなく、過去の水害に問いをずらしました。
過去の水害から、人びとは何を学んできたのか。
災害の記憶は、どのように地域に残されてきたのか。
その先に、カスリーン台風や自然災害伝承碑への関心がありました。
今回考えたいのは、この「問いをずらす」という方法が、ゼミ生の関心や、高校の「総合的な探究の時間」にも使えるのではないか、ということです。
とくに、現代的でセンシティブなテーマを扱うとき、私たちはすぐに具体名を出したり、賛否を述べたりしがちです。
しかし、探究において大事なのは、必ずしも最初から正面突破することではありません。
具体名をいったん脇に置き、構造を見る。
目の前の問題から少し距離を取り、似ている問いを探す。
そのために、AIを使うこともできるのではないか。
この記事では、その可能性について考えてみます。
1.具体的なテーマ名は、ここではあえて出さない
最近、ある現代的なテーマについてAIと対話しました。
そのテーマは、私自身の中心的な研究関心ではなく、ゼミ生の関心に近いものでした。
「あ、このニュースは〇〇さんの関心事に近いかも」
こう感じる事はゼミを担当しているとよくあります。
学生が持ってくる関心は、ときにとても鋭いところを突いています。
地域社会の摩擦。
制度や支援の負担。
言語や文化の違い。
当事者の心理的負担。
同じ属性を持つ人たちのあいだで起きる緊張。
まじめにルールを受け入れてきた人ほど、一部のふるまいによって二次被害を受ける構造。
こうしたテーマは、現代社会を考えるうえでとても重要です。
しかし、重要だからといって、そのまま正面から扱えばよいわけではないことがあります。
探究では「正面から扱わない判断」も必要になる
探究では、正面から扱う勇気が大切です。
気になることを調べる。
違和感を大事にする。
問いを立てる。
現場に出る。
当事者の声を聞く。
それは、もちろん大切です。
しかし同時に、探究では「正面から扱わない判断」も必要になることがあります。
現代的でセンシティブなテーマは、生徒や学生の関心としては重要であっても、そのまま扱うことが適切とは限りません。
そこには、いくつもの配慮が必要です。
調査対象となる人を傷つけないか。
偏見を強めるような問いになっていないか。
調べる方法として無理がないか。
本人が心理的に抱え込みすぎないか。
学校現場であれば、保護者や地域からどのように受け止められるか。
こうしたことを考えると、「そのテーマは大事だけれど、今この形で直接扱うのは難しい」と判断することがあります。
それは、関心を否定することではありません。
むしろ、関心を守るための判断です。
鋭い問いほど、そのまま扱うと危ういことがあります。
大事な問いほど、すぐには研究できないことがあります。
だからこそ、問いの置き方を変える必要があります。目の前の問題を、目の前のまま扱わないことが重要になるときもあります。
そのために、下記のような「ずらし」をすることはたびたびあります。
少し抽象度を上げる。
時間をずらす。
場所をずらす。
分野をずらす。
そして、似ている構造を持つ別の事例を探してみる。
これは、逃げではありません。
問いを長く持ち続けるための工夫です。
AIに「何かに似ている」と、あえてぼかして聞いてみる
今回、私はAIとそのニュースに関して対話をしている時に、「これは〇〇に似ている」とは私の方からは言いませんでした。
実は、私の中にはいくつかの候補がありました。
この問題は、あの歴史的事例に似ているのではないか。
別の国で起きたあの出来事に似ているのではないか。
制度の負担をめぐる、あの問題にも似ているのではないか。
そういう見立ては、うっすらありました。
でも、あえてAIには言いませんでした。
「これは〇〇に似ている」と言ってしまうと、AIはその比喩に合わせて答えます。こちらが指定した枠組みに沿って、説明を整えてくれます。
それは便利です。しかし、それではこちらの想定を超えにくい。
そこで、少しぼかして尋ねてみました。
「これ、何かに似ているような気がする。なんだろう?」
このくらいの言い方にしておくと、AIは単なる情報検索ではなく、似ている構造を探し始めます。
「〇〇に似ている」と言うことは重要です。
けれど、それ以上に重要なのは、〇〇をすぐには言わず、AIと一緒に探ることかもしれません。
AIに「似ている構造」を考えさせるプロンプト
たとえば、次のように聞くことができます。
次のテーマについて、表面的に似ている事例ではなく、構造が似ている歴史的事例や海外事例を挙げてください。
(※※※ここにテーマを貼り付ける※※※)
このように聞くと、AIは「同じテーマ」を探すのではなく、「同じ構造」を探し始めます。
ここが大事です。
たとえば、地域社会の問題を考えているからといって、地域社会だけを調べる必要はありません。
制度の問題を考えているからといって、同じ制度だけを調べる必要もありません。
現代の問題を考えているからといって、現代だけを見る必要もありません。
同じ構造は、別の時代、別の地域、別の分野に現れていることがあります。
AIは、その候補を出す相手になります。
もちろん、AIが出してきた事例をそのまま信じてはいけません。事実確認は必要です。一次情報や信頼できる資料にあたる必要があります。
出てきた事例が本当に似ているのか、あるいは表面的に似ているだけなのかも、自分で判断しなければなりません。それでも、最初の入口としては使えます。
検索語が分からないとき。
何を調べればよいか分からないとき。
自分の関心がまだモヤモヤしているとき。
AIに「似ている構造の候補」を出してもらうことで、探究の入口が開くことがあります。
問いをずらすことは、テーマを薄めることではない
ここで誤解したくないのは、問いをずらすことは、テーマを薄めることではないということです。
現代の問題を直接扱わない。
具体的なテーマ名をあえて出さない。
過去の事例や別の地域の事例に向かう。
そう聞くと、問題から遠ざかっているように見えるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。
むしろ、近すぎると見えないものがあります。
強い関心を持っているテーマほど、すぐに意見を言いたくなります。
賛成か反対か。
誰が悪いのか。
どうすべきなのか。
そうした議論に入ることも、もちろん必要な場面はあります。しかし、探究の入り口では、すぐに賛否へ進まない方がよいこともあります。
まず、構造を見る。
誰がコストを払っているのか。
誰がルールを受け入れてきたのか。
誰が制度を支えているのか。
誰が評判上のリスクを負わされているのか。
誰のインフラがパンクしているのか。
誰が声を上げにくいのか。
このように問いを置き直すと、目の前のテーマは、単なる対立の対象ではなく、探究可能な構造として見えてきます。
教師は「やめなさい」だけでなく、「ずらしてみよう」と言える
総合的な探究の時間で、生徒が扱いにくいテーマに関心を持つことはあると思います。
大学のゼミでも同じです。
学生が持ってくる問いは、必ずしも教員の専門や関心と一致するわけではありません。むしろ、教員にとっては少し距離のあるテーマの方が(圧倒的に)多いかもしれません。
そのときに、教員がすぐに専門家として答えを出す必要はありません。
また「それは危ないからやめなさい」と止めるだけでも、問いは育ちません。
もちろん、扱い方によっては止める必要がある場合もあります。
しかし、その前にできることがあります。
それは、
「少しずらして考えてみよう。」
と言うことです。
今この地域で調べるのではなく、過去の似た事例を調べる。
特定の当事者にすぐ聞き取りをするのではなく、公開されている資料から始める。
現代の対立を扱う前に、別の国や別の時代で起きた類似構造を調べる。
自分の意見を書く前に、どのような構造があるのかを整理する。
こうした助言なら、関心をつぶさずに、探究の安全性を高めることができます。
教師は、問いの内容をすべて知っている必要はありません。
むしろ必要なのは、問いとの距離の取り方を一緒に考えることです。
関心を守るために、問いをずらす
私が台風19号をすぐには研究せず、カスリーン台風へ問いをずらしたように、現代のセンシティブなテーマも、いきなり正面から扱わなくてよい場合があります。
それは、逃げるためではありません。
関心を守るためです。
問いを長く持ち続けるためです。
調べる本人を守るためです。
調査される人を守るためです。
学校や地域の中で、探究を続けられる形にするためです。
AIは、この「ずらし」を支援する相手になります。
もちろん、AIが答えを決めるわけではありません。
AIが出してきた事例を、そのまま研究の結論にしてはいけません。
けれど、モヤモヤした関心を、別の時代、別の地域、別の分野へと広げるための相手にはなります。
「これは何かに似ているのではないか。」
そう問いかけることで、目の前の問題に少し距離が生まれます。
距離が生まれることで、ようやく見えてくる構造があります。
探究では、正面から扱う勇気だけでなく、正面から扱わない判断も必要にななります。そして、その判断は、関心を否定することではありません。
関心を守るために、問いをずらす。
これからの探究学習やゼミ指導において、AIはそのための一つの道具になるのではないかと思います。
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