いぬがしゃべりました ㉘【秘密の入口】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする。冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第28話>「秘密の入口」
勢いよく車のドアを閉め、走り出す。背後に遠のいていく大文字山。
” 犬がしゃべる秘密 ” を求め、探していた場所はここではなかった。じゃ、一体どこに向かうというのだろう?
揺れる車内で、サトーさんがパソコンを見ながら前足でナビを指した。
「衣笠氷室町。パパ、ここへ向かって。」
汗だくになったパパがタオルで首をふきふき、「はいよ。」と信号待ちでナビを操作するのを横目に、私はもどかしかった。その衣笠氷室町には一体何があるというのだろう?
いつもサトーさんは、「どうせ理解できないでしょ。」なんてもったいぶって、なかなか教えてくれない。
「なにこれ?どこ?あんた頂上で何を見たの?教えてよ。」
「いやあ、うっかりしていた。もうひとつあったのを思い出したよ。」
と片方のヒゲを曲げてニヤリとした。負け惜しみもいちいち腹立つ。
「もうひとつ?だから何がもうひとつ…。」
イラつきながら後部座席のサトーさんを小突いたとき、パパが叫んだ。
「あっ!またあの車!」
車?
振り返ってリアウインドウに目を移した。
たくさんの後続車の隙間に、黒いワンボックス車が一瞬姿を現す。まさか昨日の?
思わず背もたれに身を隠し、「ほんと?そんなわけ…。」おそるおそるヘッドレストの隙間からのぞいたら、
…品川の「わ」ナンバー、あの車だ!
ずっと後を付けてきたの?昨日の夜、東京から?ヤバくない?ってか、何者??
「なんなんだアイツら?よし、パパが行って…」
ギアに手をかけセカンドに入れようとしたら、ママが制した。
「危険よ。相手がだれか分からないうちは。こっちには子どもたちもいるし。」
「…あ、ああ、そうだね。捕まえるつもりなら、とっくに捕まってるわな。」あきらめるように、ギアをドライブを戻し、「とりあえず、振り切ろう。」アクセルをふかした。
サトーさんはライカの背をかばうように「揺れるから気を付けて。」と寄り添う。
市バスや車で混雑している今出川通り。すき間を軽自動車でぬうように飛ばす。
追いかけてくるワンボックスカー。ぴったり2台分後ろにつけている。加茂大橋を渡った瞬間、信号が赤になった。追手は引っかかるタイミング。
「そこ曲がって!」サトーさんの指示が飛ぶ。
急な左折でタイヤを鳴らす!
鴨川にまっすぐ沿った川端通りでスピードを上げる。足止めを食らったワンボックスは姿が見えなくなった。
キラキラ光る川面でのんびり散歩する人々はこんな逃走劇が繰り広げられているなんて気づいていない。
「よしっ!撒いたぞ!」
「やった!」
皆で喜んでいるのも束の間、
赤信号で待ちのはずのワンボックスは、橋の手前からわき道をショートカットしたのか、我々のすぐ後ろに躍り出た!
「うわっ!やばいやばい!」
逃げる私たち。追うワンボックス。どんどんスピードを上げ、私たちの後ろを突っつくようにピッタリつけている。これでは逃げきれない!
もはやこれまでか?と、あきらめかけたその時、
「あぶないっ!!」パパが叫んだ!
突然どこからからともなく、いきなり見知らぬ「ベージュ色の影」が飛び出してきた。
私たちの後ろギリギリに横入りして、驚いたワンボックスが急ブレーキをかける!
“ キーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!! “
事故なのか?小さなベージュの車体が2車線を横にふさぐ。ワンボックスは足止めを食らい、激しくクラクションを鳴らしている。おかげで私たちは彼らを残し、一気に先へと走り抜ける。

窓から顔を出すと、小さな丸いベージュの外車と、その後ろで動けないワンボックスの姿がどんどん遠くへ小さくなっていく。
私たちは、すぐにわき道にそれ、何度も角をジグザグに曲がって自分たちでもわからなくなるほど違う方向へと足を延ばした。ベージュちゃんの乱入のおかげで、すっかり追手の姿を見ることはなかった。
「とりあえず撒いたっぽいね。」
「っぽいね。」
パパと私がほっと胸をなでおろしていると、ママが怪訝な顔。
「おかしいわ…。いえ、そんなはずないわ。そんなはず。」
いつも家族の誰よりも落ち着いているママが、めずらしく動揺の色を隠せない。髪をかき上げ、誰もいない後ろを何度も振り返っている。
「何がおかしいの?」
「私の見間違いよ。きっと。」
「何を見たの?」
「横から割り込んだベージュの車…おかげで助かったんだけど。運転席に乗ってた人の顔。あの人に見えた、ような気が…。」
「あの人って?誰?」
リアウインドウに釘付けになっていたママが、言うか言うまいかためらった末に振り向いた。
「…八ツ橋さん。図書館の。」
「へ?いつもカーディガンが食い込んでる関西弁のおばちゃんの?あの八ツ橋さん?」
「…………。」
あまりに信じられず、言葉にならないのだろう。黙ってコクリとうなづいた。
「助けてくれたの?てか、ここまで追ってきたの?ママのズル休みを怪しんで?」
「…いや、ないわ。ないない。そんなわけ。見間違えたんだわ。きっと。」
自分の疑念を打ち消したいのか、私たちを不安にさせたくないのか、力なく微笑んだ。
◆
信号待ちで、パパがナビの画面パネルを指先でコンコンとはじいた。
「あと5分で着くよ。京都って意外に狭い街なんだね。」
そう言うのを待っていたかのように、サトーさんが後部座席から進行方向を指した。
「ほら、見てごらん。」
まっすぐきれいにのびた見通しの良い西大路通。右前足の向けられた方を見ると、ゆっくり北上する私たちの先には、見慣れた山影が見えた。
大文字山だ。
横に広がる「大」の文字が遠くでもハッキリと読める。
「あれ、大文字山?戻ってきちゃったの?」
「別の山だよ。大文字山は2つあるんだ。ここは『左大文字』と呼ばれる。」
「ひだりだいもんじ?2つ?スペア?」
「『京都五山の送り火』って呼ばれるのは聞いたことあるでしょ?」
「うーん。」
ぼんやりした私の顔に、あきれて耳をペタンと下げた。さしずめ人間なら ”やれやれ” と肩をすくめたようなものだろう。仕方なく説明してくれた。
「送り火ってのは、いくつも種類があるの。有名な『大文字』でしょ。それに漢字の『妙』『法』。図形の『船形』と『鳥居形』。そしてもう一つが向かって左にある『左大文字』。」
「知らんかった。」
「常識。」
むか。
「なんで大文字だけ2コなの?余計じゃない。」
「どうしてかは、謎だ。」
ほお。まあいい。
とにかくサトーさんよ、あんた得意げにウンチクたれてるけど、肝心の話をしてないよね。
「どうして左大文字に来たの?ここに犬の像があるっての?今度は本当なんだろうねえ。」
いやみっぽく指でつんつん突っつくと、「フン」とそっぽ向きながらも、後ろ足でタブレットをくるっとこちらに向けた。
「僕を生んだ母の残してくれたメッセージ。思い出してごらん。」
おばあさんの神社で撮った画像が表示されている。
飴宮神社の縁の下。薄暗い中、スマホライトに照らされた2本の柱。
それぞれに大文字山を模した『イカマーク』が引っ掻くように刻まれていた。


これは何度も見ている。それがどうしたというのだろう。
「だから大文字山を表してるんでしょ。」
「ずっと気になってたんだ。母は、どうして2つマークを描いたのかって。」
「たまたまじゃないの?」
「大文字の山の上から、遠くの左大文字山が見えた。その時、思い出したんだよ。」
「なにを?」
「マークは2つの大文字山を表していた。そして、母のおしっこマーキングの匂いが残っていたのは、向かって左側の柱。つまり、もしかしたらこの左大文字山。それを僕に伝えたかったんじゃないだろうか。」
サトーさんは遠くにそびえる左大文字山をあらためて見上げた。
お母さん犬がどれくらい賢かったのかはわからない。
だけど、精一杯伝えたかった気持ちはわかったよ。このことだったんだね。ママがサトーさんの小さな肩を抱いた。
「お母さんは、一生懸命描いてくれたのよね。いつかあなたをここに呼びたくて。」
「お母さん…。」
「しんみりしてるときになんだけど。」
私は見逃さない。
「うん?」
「ってことはさ、往復1時間もかけて山に登る必要なかったってこと?」
「おっとぉ。」
「おっとぉ、じゃねーよ!」
パコン。
◆
金閣寺や竜安寺といったメジャー級に有名な観光地が並ぶエリア。
そんな中、ここ左大文字山の衣笠登山口だけは、人影もなくひっそりとしていた。気まぐれなハイキング客さえもいない。今日のような寒い冬の平日にはなおさらだ。
きれいに舗装された坂をのぼると、ほどなく土道の入口が私たち家族を迎えてくれた。古い石標には、「大北山大文字山」と書かれている。ホントはそんな名前の山らしい。
さあ、ここから本格的な登山道の入口だ。細い山道が先まで続いている。「やだな、また登るのかぁ。」
ネットの投稿によると30分くらいで山頂だという。半ばあきらめ気分で、足首と膝をキコキコとストレッチしていたら、あいつの姿がない。
「あれ?サトーさんは?」
「さっきそこの茂みに入っていったわよ。」
ママが指す方を見ると、登山口から数メートル離れたところにこんもりと雑木林が生い茂っている。
”ガサガサッ”
いきなり藪の葉っぱたちが揺れたと思ったら、ひょっこりとサトーさんとライカが顔を出した。
「あのねー、ルートはそっちじゃないでしょ。道草食ってないでさっさとやっつけようよ。」
「面白いものを見つけたよ。」
「は?」
「誰かが通った跡がある。何人も。昔から。」
道なき道に人の歩いた痕跡を感じ、ライカが足跡の匂いに誘われて茂みに迷い込んで行ったという。
枯れかけたアカガシとワラビがこんもりと茂った場所。ひざ下くらいに葉っぱがポッカリ開いた小さなトンネルがある。
「もしかしてここ入るの?何があるの?」
「イヤならいいけど。」
およそ誰も入ろうなどとは思わないような小さな葉っぱのトンネル。
しゃがんで四つん這いになると、手のひらとひざに冷たい土と枯草の柔らかさを感じた。ヨモギの匂いが鼻をくすぐる。のぞくと日に照らされた出口の向こう側まで7~8メートルもありそう。
「まじかぁ。」
サトーさんに続いて進む。とんがったシダの葉と枯れ枝が頭と身体にひっかかる。
「いてててて。サトーさんゆっくり進んで。」
顔のすぐ前では、サトーさんのお尻の尾っぽが揺れる。鼻先がつきそう。
「オナラしないでよ。」
茂みの出口には、日が射すケヤキ林がひらけていた。
「よっこら。」
立ち上がって膝についた枯葉を払っていると、鋭い逆光で遮られた行く先に、何かが立ちすくんでいる気配がする。
「ん?」
人に見えたのは、鳥居だ。
荒削りの木でできた古い小さな鳥居が静かにたたずんでいる。
頭上の笠木に老朽化したしめ縄を垂らし、風で緩やかに揺れていた。
さらに鳥居の横にもうひとつ。
小さな祠(ほこら)がある。
私の胸くらいの高さのこじんまりした石の祠。まるで守り神のようにひっそりと置かれている。
しっかりとした四角い基礎の上に、三角屋根をかぶせた小さな箱のような石がちょこんと乗っていた。角が少し欠け丸みをおびた風化具合から、かなり古いことがうかがえる。
長い年月を思わせる苔がうっすらと全体を覆って、祠と鳥居を尊ぶかのように冬の木漏れ日がまぶしく照らし、幻想的な光景をかもしていた。

「これ、なに?」
「見てごらん。」
近寄ると、祠の部分に何か四文字が彫ってある。長年の雨風でかなり崩れており、読みにくい。
「なんて書いてあんの?これは…だ…『大』かな?」
「これが弘法大師堂だよ。左大文字山の。」
「へ?あの犬神様の?」
逆光の木漏れ日を全身に浴びながら、
サトーさんが振り向き、言った。
「ようこそ。秘密の入口へ。」
(つづく…)
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