いぬがしゃべりました ㉗【イカマークの正体】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする。冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第27話>「イカマークの正体」
翌朝。冬の京の朝は底冷えが厳しい。
思わぬ展開から、" 謎を解く旅 " へと踏み出してしまった私たち家族。京都南IC高速出口近くのペット可コンドミニアムを早々にチェックアウトした。
朝日の中、市街を走る。
地元の話題で盛り上がるラジオとパパの鼻歌。それとママのコーヒーの香りが漂った車内。サトーさんはライカと背中を寄せ合いながら、「コンビニのドッグフードもなかなかイケるな」とポリポリつまんで満足気だ。
私は眠い目をこすりながら、朝のファストフードのベーコンサンドと、カリッカリに揚げたハッシュドポテトをほおばっていた。
「桃々ちゃん、ナビ入力して。」というサトーさんの指示で、 “ 左京区銀閣寺町 “ という住所を検索させられた。
「ほれほほ?」
「なに?ほおばらないで話して。」
「これどこ?なにがあるの?そろそろ教えてよ。」
「知りたい?」
「もったいぶらないで。」
「犬の像にヒントがあったんだ。」
サトーさんはタブレット画面を見せた。
昨夜、私たちに見せてくれた画像だ。白と黒の二匹の犬の像の写真。飴宮神社の狛犬とまるでそっくりな姿。AI犬ライカが京都国立博物館の資料館にハッキングして見つけてくれたものだ。

ライカの残したメールによると、この写真の詳しいことは不明。
この像が一体どこにあって、いつ撮られたのかさえもわからない。
「ただね、新情報をゲットしたよ。博物館の資料の記述によると、犬の像は『弘法大師』の言い伝えに出てくる『2匹の犬』がモデルらしい。」
「コーボーダイシ??なんの石?」
「人の名前。弘法大師。昔のお坊さんだよ。」
西暦800余年、弘法大師がまだ『空海』と呼ばれていたころの話。
中国から帰って京の地に密教を広める場所をさがしていた空海は、なんと山道で犬に助けられたという。
偶然出会った猟師の連れていた2匹の犬。白い犬と黒い犬に導かれて、真言密教の聖地となる高野山の地を見つけた、という言い伝えがある。
「有名な話らしい。金剛峯寺のホームページの受け売りだけど。」

「白と黒の犬!?」おっと、近づいてきたよ。「犬が偉いお坊さんを助けたんだね。じゃ、その ” コーボー “ ってお坊さんに関係ある場所を探せば、その犬の像が見つかるってこと?」
「まあね。だけどそんな簡単じゃない。京都には、寺や神社だらけ。弘法大師の広めた真言宗のお寺やゆかりのある場所なんてたくさんある。それを全部回って探すわけにもいかない。」
「じゃ、どうすんのさ?」
「そこで思い出して欲しいのが、僕の母さんが残したマークだ。」

「イカマークが?どゆこと?」
「想像してみた。母さんが、たとえ犬としては賢かったとしても、読み書きができなかったとしたら?だったら絵で何を表したかったんだろうって。ある仮説を立ててみた。」
「仮説?」
「もし母が、幼児並みに不器用で、何かを模して描きたかったとしたら?もしかして弘法大師にゆかりがあるモノだったとしたら?…そんな視点で、片っ端から関係ありそうなモノを探してみた。」
「モノ?なにかモノを示していたってこと?」
「行けばわかるよ。」
京都の街並みを抜ける。古い建物と新しいビルが混在する静かな町。
盆地の小さな町らしく、こんな近くに山並みがせまって見えるなんて…。私たちが住んでいる東京と全く違う風景がなんだか新鮮だった。
「着いたよ。ここで停めて。」
サトーさんがフロントガラスを覗き込みながら言った。
「ここ?」
「銀閣寺町。住所はだいたいこのあたりだけど…。」とパパはナビを見つめながら、停止ハザードを点灯させた。「道が広くないから長くは停められないかも。」
何の変哲もない道だ。車1台が行き交う広さの道。住宅の合間にちょっとした寺社と土産物店が少し点在する。観光案内板を読むと、銀閣寺に通じる道らしい。
ドアを開けて、降りる私たち。パパだけ運転席で心配そうに待つ。
「ああ、やっと背を延ばせた。」
サトーさんは伸びをして外の空気で深呼吸。ライカも嬉しそうに歩道の匂いを嗅ぎ回る。
「ここがどうかしたの?ただの道じゃん。犬の像とかイカマークはどこにあるの?」
「まあ、見てて。」
開け放ったドアから、サトーさんは前足でタブレット端末を操作した。
画面にはイカマークをバラバラにしたパターンがいくつも並んでいる。
「ライカの作ってくれたシミュレーションCGだ。120通りある。」
こんなにも複雑な作業ができていたAI犬ライカも、今は何も理解していない。ただの犬になってしまった。無邪気に私たちを見上げるだけだ。
「そのうちの一つ。イカの頭にあたる三角をこの部分で分解すると、2つのパーツに分かれる。」
と、サトーさんは前足で指す。
「その1つ目はひらがなの『ヘ』のような『山型』の記号と…、

「…2つ目は『山型』に『一本線』を串刺ししたような、漢字の『大』に似た形になる。」

「これがどうしたの?」
「この形を見ても、何か気がつかない?」
「なにが?」
「じゃほら、今いる場所。周りを見て。」サトーさんがアゴで指す。
周り?見渡したけど、何もない。目の前には何の変哲もないただの道路。観光案内の看板だったり、バス停だったり、観光客らしい外国人がちらほら歩くだけだ。
「違うよ、もっと上。似たものがあるでしょ。よーく見てごらん。」
道の行く先をゆっくり見上げていく。
視界を遮る建物と電線の陰から、私たちが目線を移す動きにそって、徐々に現れる美しい山並み。
私は、そこにある何かに気が付いたのだ。
「えっ!?あれ!?」
峰の中でひとつ。ひときわ美しく、空を突くようにそびえる形の山。
その山肌に、くっきりと浮かぶ文字、「大」。
京都大文字山だ。
テレビで観たことがあるかも。
私たちの知る大文字山のイメージは、1年に1回、夏の夜の大文字の送り火。紺色の夜空の下の漆黒の山。闇に浮かぶ細かなオレンジの炎が点々と連なって文字や図形を描く姿を思い浮かべる。
だが今は午前10時。大文字山は朝日の下に照らされ、木々によって緑に彩られた山の中腹に、むき出しになった山肌をあらわにしている。そこに小さな火床が連なり『大』という文字が型どられている。素顔を見られてちょっと気恥ずかしそうなその姿。盆の終わりには、ここに火が灯されるのだ。
「ほらね。」
山のラインをかたどった山型「へ」に漢字の「大」。そうは見えないだろうか。
まさにあのイカマークが、くっきり京都の山並みに浮かんでいた。

「やば。まじか…?」
サトーさんのお母さんはこの大文字山を描きたかったというのか。
息子ほど喋れたのか?文字を理解できたのか?知能がどれほどあったのかはわからない。自らの命が短いことを悟って、残された時間で何が残せるか?を考え巡らせた、としたら…。
「山」と「大」を描きたくて、尖った石をくわえ、サトーさんを身ごもった体で一所懸命柱にこすりつけた。そんな弱々しくつづられた記号。
だとすると、我が子をここへ呼びたくて、それを伝えたい一心で精一杯の表現だったのかもしれない。
だけど…、
「確かに、そう見えるけど…。さすがにムリがあるんじゃ。似てるモノなんて他にもあるかもよ。これだって言い切れる?証拠は?」
「証拠?あるさ。大文字の送り火を始めたのは、誰だと思う?」
サトーさんが試すように眼差しを向ける。
ママが最初に気づいた。
「え?もしかして……。」
「なになに?ママ、わかったの?」
「もしかして………弘法大師ってこと?」
「そう。送り火は弘法大師によって始められたと言われている。人の形を表した大の形に護摩焚きを行なったらしいんだ。諸説あるけど。」
「まじ。2匹の犬に助けられた偉いお坊さん。……狛犬と大文字山がつながっちゃった。」
「だからあの山の上に…。」
「え?まさか…。」
「うん。あの山に登るよ。車は入れないから、歩いてね。」
「うげ。」
◆

私たちはそこから40分も木々が生い茂った山道を登ることに。
京都トレイルと呼ばれ、ハイキングの登山客が誰でも自由に歩ける道がある。幸いにも、しっかりした防寒着と靴で来てたから良かった。
サトーさんとライカが、どんどん進むものだから、最近お腹が出始めたパパは2本リードを持たされて悲鳴を上げていた。時おり帰り道に迷わぬよう、犬特有のおしっこマーキングをしてくれる間だけ小休止させてもらっていたが、40代のおじさんにはキツすぎる。
そんな情けない後ろ姿でも、「まるで2匹の犬に導かれた弘法大師みたいだな」なんて思ってみたりした。
私もママも置いていかれないように息を切らしながら、ゴツゴツした山道の凹凸を飛び移るように一歩一歩、地面を蹴った。
ようやく最後、100段もあろうかという石段をのぼり切ったところで、一気に視界が開けた。
古都を一望する景色が広がる。急な勾配は切り立つ崖を思わせ、足下をトンビらしき鳥が旋回する。まるで空に浮かんでいるような錯覚にとらわれた。
昼過ぎの光に一面を照らされた市街を、大きな雲の影がゆっくりと横切っていく。ひんやり乾いた風が吹き上がり、汗ばんだ首を癒してくれた。ここまで登った者をちょっと労ってくれているようだ。
焦げた火床がいたるところに点在し、急な土の段が左右斜めに広がって下の方まで並んでいる。
そうだ。ここが「大」の文字の中心部。送り火では、火床一つ一つの灯火が連なって、はるか遠くから望むと、夜空に大の字を描くのだ。
その山上には、小屋くらいの祠(ほこら)のような建物があった。黒い日本式の屋根に、石垣で作られた窯のような立派な建造物。護摩木焚きの際には、ここで灯明が灯され読経を上げるのだという。

見ると、祠の上部に文字が彫ってある。「ん?師、大、法…?」「逆から読むんだよ。昔の字だから。」
「弘法大師堂。」…ほんとだ。サトーさんの言った通り。
「ほらね。この大文字山は実際に弘法大師とゆかりがある。」
「じゃ、ここにサトーさんのママが導いたってこと?この弘法大師堂にサトーさんの秘密が隠されているのかな?」
はしゃぐ私たちをよそに、
「このあたりにあるはずなんだけど…。」と周囲を探し始めた。
「犬の像があるってこと?」
「もしくは何かヒントになるものがあるに違いない。」
意気揚々とサトーさんは嗅ぎまわるが、しかし、どんなに探しても見つからない。
弘法大師堂のまわり、火床ひとつひとつ、家族総出でくまなく探したけど、犬の像やヒントとなるような怪しいモノなんて一切見当たらない。
サトーさんは何かに引っかかっていた。
「おかしいな。ひとつだけこんなところに火床の跡がある。」
ブツブツこぼしている。
確かに、「大」の文字とはかなり離れた一角に、草木がはげた半径10メートルほどのスペースがあった。火床がすっぽり入るくらいの広さだが、しかしだからと言って、写真の犬の像らしき姿は全くない。
くたびれて座り込んだ私が、
「えー、ここまできたのに。40分も登らされて?あんた、間違えたんじゃないの?」と責めると、
「そんなことはない。謎には近づいている…はず。」
さすがの高IQ犬にも焦りの色が見え始めた。
「まあ、サトーさんもさ、気にしないで。家族みんなで京都でハイキングできたって思えば、パパは十分嬉しいけどな。」
下手ななぐさめも、いまいち響いていない。
「なにかが違う…そう、なにかが。」
と、頭の中をぐるぐる回転させていたサトーさんをからかうように、
” ピーヒョロロロロ……”
トンビの鳴き声がした。
翼を広げ、上昇気流に乗って目の間を気持ちよさそうにゆっくりと横切って行く。
途方に暮れた私たちは、その飛行のあまりの優雅さに目を奪われた。鳥は盆地の街を渡って、そのまま向こう側の山へと消えていった。
「ワン」
とひと吠えしたライカが、鳥に吸い寄せられるように、坂をフラフラと歩いて行く。切り出した崖ギリギリで足を止め、腰を落とし空を眺めながら、おしっこマーキングをした。
「ライカ、危ないよ。そこは…。」
サトーさんは駆け寄り、その先を見て「ん?」と、何かに気づいた。
眺望はるか遠くの、どこか一点を見つめている。
「"マーキング"………”神社の縁の下”………”印が2つ"………"ひだり"。」
やがて、目の色がみるみる変わっていった。
「…そうか!!」
「え?」
「わかったぞ!なんで早く気づかなかったんだ!」
視線の先には、街が広がっている。
「どういうこと?」
いきなり私が持っていたリードがすごい勢いで引っ張られた。
「うえっ。」
「ここじゃなかった!行こう!」
「えっえっえっ!?サトーさん!ここじゃないって?」
ピンと張ったリード。引きずられる私。
サトーさんは全身を突っ張らせハーネスが肌に食い込むことも気にせず、ハアハア息を鳴らしすごい勢いで来た道を戻ろうとしている。その表情はなにかの確信に満ちていた。ライカもすぐにあとを追い、パパもママも続く。
「戻るの?えー?またぁ!?」
サトーさんは一体何が分かったというのか?
果たしてどこへ向かおうとしているのだろう?
(つづく…)
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