いぬがしゃべりました ㉖【謎解く旅へ】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第26話>「謎解く旅へ」
夜中。東名高速道路を走り抜ける深緑の4WD軽自動車。ブロックトイで組み立てたような四角くてかわいいオフロードモデル。パパの趣味だ。
タル兄ちゃんが生まれたきっかけで買ったそうだ。今は少しくたびれて、時々サイドミラーが開かない。少し妙な音はするけど、タル兄ちゃんがいなくなった今も私たち家族を乗せて頑張って走ってくれている。
どうして京都へ向かうのか?
その理由もよくわからない。サトーさんはなにも教えてくれない。
でも、いい。バラバラだった私たち家族は、これから起こることに何かを期待し、身を委ねることで心が一つになっていた。

私が無言で追い越し車線の流れるライトを眺めていたら、
「すっかり寝ちゃったね。」
ママが小さくささやいた。「見て。」と私に微笑む。
後部座席。サトーさんとAI犬ライカが丸まって背中をくっつけ寝息を立てている。窓の外を通り過ぎる光が、2匹の背中を撫でるように繰り返し照らす。安心したのだろうか、ママの隣で気持ちよさそうに眠っている。
ママは起こさないように小声でスマホで話す。
「はい、2~3日で戻りますので、ご迷惑をお掛けします。はい、はい。それじゃ失礼します。」と頭を下げながら通話を切った。
「図書館の八ツ橋さん?」
「うん、有休取らせてもらった。旅行ってことにしたけど、『えらい急どすな。』ってすごく怪しまれたわ。資料が消えた後だからね。」
フフフと笑う。「あら、ネットでさっきのことが話題になっているわ。」
見せてくれたスマホのニュースサイトでは、
” AI犬、もう1匹の存在が発覚。男女3人グループと2匹が逃走中!?
ネオ・サピエンスは騒動を否定 "とある。
『もう1匹』はサトーさんのこと、『男女3人グループ』とは私たち家族のことだ。動画では彼がしゃべったところが写っているけど、暗くてハッキリしない。
これが私たちだってバレたら、大変なことになる。
誰かが追いかけて来はしないだろうか?
記事によると、
" ネオ・サピエンス研究機構、広報が発表も、『逃走はフェイクニュース。AI犬は2匹とも我社のコントロール下にある。』それ以外はノーコメント。"
「どうして彼女たちはサトーさんのことを隠しているの?」
疑問だ。ライカの行方が心配ではないのだろうか?
「体裁を気にしてるんじゃないかな。」
サトーさんの声がした。
「あ、起こしちゃった?ごめん。」
「ふんぁ〜あ。」
車の揺れにバランスをとりながら、サトーさんは両前足を突っ張って伸びをする。「ネオ・サピエンス研究機構としては、『2匹とも確保している。』と思わせた方が、機密漏れをゴマかすことができる。企業のダメージは少ないと考えたんだろうね。株価とか。」
「ライカは探されてないのかな。」
「残念だけどライカはただのモルモットだった。AIシステムさえあれば、代わりの犬でいくらでも実験を再開できるって、CEOの甘納藤カヌレさんは思ってんじゃないのかな。」複雑な思いをにじませる。
「そうとも言い切れないわ。きっと。」
ママがポツリと口を開いた。
「えっ?」意外そうに振り向くサトーさんに、
「あの時、あなたたちの戻りを待つ間、甘納藤カヌレさんに聞いたの。『弱ってるライカさんをこのままにしていいんですか?』って。」
「そしたら?」
「『ライカは、人類の発展のために犠牲になるしかない。』って。」
「ほらね、ひどい人。」
やっぱり。ガッカリだ。私は信用できない。
「でもね、ママはそう思えなくて。突っ込んで訊ねてみたの、本当の気持ちを。同じ母親として。『本当にそれでいいんですか?あなたはライカさんに何の愛情もないんですか?』って。」
「聞いたってムダだよ。」
「いいえ。こう言ったわ。『苦しいです、死ぬほどね。ライカを我が子のように愛してしまったから。』って。声を絞り出すように。」
「えっ?」
「『私には開発を続ける義務がある。だからライカに愛情を抱かないようにしてきました。でも生まれて初めて " ママ " と呼んでくれた日のことは忘れません。ずっと世話をして、まるで自分の娘のような気がしていた。だって、あの子には人間と同じ感情があるんですよ。本当は可愛くて仕方がない。どれだけ愛しても愛しきれないほど愛しい。』って。ママの目をまっすぐ見て話してくれたの。」
「そんなことを?」サトーさんが三角耳をピクリと動かす。
「あの人、心のどこかでこれで良かったと思っているのかもしれない。今のライカに伝えてあげたいわね。もう何も理解しないだろうけど。」
脳の疲労がたまっていたのだろう。尻尾を枕に丸まって、安心して眠っている。ママは、ライカの丸い背を優しくなでた。
「そっか…。」
彼女が穏やかに寝息を立てる様子をサトーさんは眺めた。
もうライカは、しゃべれない。サーモン寿司の美味しさについて語ることもできないし、しゃべる犬について考察し合うこともない。
たった一人のサトーさんの理解者になれたかもしれないのに。
ライカ、あなたとサトーさんとのことに実はイライラしてたの、ごめんね。
「寂しくないの?話せる犬、あんたしかいなくなったよ。」
「これで良かったんだ。…良かったんだよ。」
自分に言い聞かせるかのように繰り返していた。
ふと、サトーさんはママに向き直り、
「あの…ママ。」
「ん?なあに。」
「さっきはごめん。言いすぎました。」
「うん?なにが?」
心当たりなく瞬きをする。
サトーさんは姿勢を正すと、
「『タル兄ちゃんの代用品じゃない。』だなんて。」
「あ…。ああ、いいのよ。」
戸惑いつつも嬉しそうに優しく笑いかけるママを見て、サトーさんはホッとしたような笑みで返した。
あんた、素直なところもあるじゃん。
私たちの話し声でライカも目を覚ましたようだ。
乱闘で擦りむいたサトーさんの足を、ペロペロやさしくなめはじめた。
その姿を見つめ、彼も同じように優しく舌で毛並みを整えてあげた。
「幸せそう。」ママがポツリと言ったのを受けて、
「ほんとに。」つられてパパが答えた。
パパとママが言葉を交わすのを見るのは久しぶり。
車内にちょっぴり恥ずかしいような、温かい空気が流れた。久しく感じていなかった気持ちだった。

パパは気分が良くなって、「旅行なんて久しぶりだな。」と、ちょっと嬉しそう。
「どうせなら新幹線に乗ってみたかったなあ。」サトーさんは言ってみる。
グールグル先生で検索してみたら、「ペットは手回り品として、290円だって!」
パパは「安っ!高速代とガソリンより、そっちの方が良かったかな。」と悔しがるフリで笑った。
「モノとして扱われて、なんだか面白くないな。」不満そうなサトーさんの顔でみんな笑った。
「パパ、明日お仕事は?」
「いいのさ。仕事より大切なことだから。」パパは鼻歌で上機嫌だ。
「変わるもんだねえ。結婚式挙げられなかったくせに。」ママの代わりにツッコんでみたら、
「あっ、それは…。」パパがシュンとした。
そっとママの様子を見たら少し苦笑いをしていた。
ライカの騒動で、家族が近づいたような気がする。
なりゆきでライカを乗せて逃げてきた私たち。これからどうなってしまうのか?
サトーさんの秘密は解明できるのか?先行きが何も決まっていない不安さとは違って、なんだかまるで穏やかなリビングにいるように感じた。
「おっ、この先のサービスエリア寄ってく?」
「そこってドッグランがあるらしいよ。最近はなんでもあるなあ。サトーさん、良かったね。」
「イヌ扱いしないで。」
「ライカも外の空気も吸いたいだろうし。逆に目立たないでしょ。」
「教育の悪い犬がいると興ざめしちゃうからな。」
「文句ばっかり。」
「とりあえず、寄ってくか。」
ウインカーを出して入口方向に車線変更しようとしたその時、楽しい雰囲気に水を差すように「はっ?」とパパの表情が険しくなった。
「どうしたの?」
「誰かに後をつけられている気がする。」
バックミラーをにらむ。後続車のヘッドライトで照らされ、凝らす目がまぶしそう。
「高速に乗ったあたりから同じ車がずっと後ろにいる気がして。…ほら、あの黒いワンボックスカー。家の前にいたのに似てない?」
「ワンボックス?えっ?どれ?」
後ろを見る。ライトがまぶしい。何台か車が交錯して良く見えない。
「ほら、あれだよ…」
「どれよ。」
「…あれ?いない。」
見失ってしまった?ため息をつく。
「気のせいじゃない?」
「だといいんだけど。でも確かに…。」
「気味悪いね。」
なんだろう?パパの見間違いだろうか。
それから怪しい車は姿を見せることはなく、京都に到着したのは夜中の2時だった。
一体何者だったんだろうか?
彼らの存在が、私たち家族の運命を大きく変えることになるとは、
この時はまだ誰も知らなかった。
(つづく…)
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