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いぬがしゃべりました ㉕【逃走中】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第25話>「逃走中」


車は豊洲市場前交差点を急な右折。豊洲大橋から高架を抜けて汐留方面へ。
宝石を散りばめたような美しい東京湾岸の夜景を眺める余裕もなく、そのまま環二通りのトンネルへと突っ込んでいった。後ろに追手はいなさそうだ。

「危なかったあ。」
流れるオレンジ色の誘導LEDを数えながら、私は絞り出すように安堵のため息をこぼした。
「くそ、駐禁切られてる!」
パパが指すサイドミラーに黄色いタグがばたばた風に泳ぐ。
「それいつのよ。そんなことより、ライカ、連れてきちゃったよ。」
「困ったな。今から戻ろうか。」
ビクビク肩をすくめながらもニヤニヤしているパパ。人は追い詰められると壊れてしまうのだろうか。

後部座席をのぞくと、ママとサトーさんの間にライカが丸くなって横たわっている。澄んだ目は暗い中で光り、私の顔を見つめていた。
さっき私たちを助けてくれた彼女はとても凛々しく頼もしかった。家族の空間に、あのライカがいることが不思議な気がした。狭い車内だと、彼女の体格はより一層大きく見えた。



「ライカ、大丈夫?さっきは痛くなかった?」

ライカは私の問いに、
『ワン』と、ひとつ吠えた。

「あれ?ライカ?どうしたの?」
『ワン、ワン』
その目は、いつものライカではなかった。純粋無垢な赤ん坊のような瞳。

「普通の犬に戻ってる。」

「え?…ああ、そうか。」
驚きつつも、サトーさんは納得したように「施設から離れたからだ。」と納得する。

「どういうこと?」
「Wi-Fiでクラウドにつながってるって言ってた。途切れると、普通の犬に戻っちゃう。」
「なにそれ、スマホじゃん。じゃ、スタパとか寄ろうよ。Wi-Fiあるでしょ。ならライカと話せるってことでしょ?」
「危険だ。GPSで居場所がバレてしまう。彼女の見えている光景もコンピュータに筒抜けだし。」

「じゃ、ライカはこのまま話せないの?」
「うーん、ちょっと心残りだけど、結果オーライってことかな。そのために助けたんだから。」
「サトーさんはそれでいいの?せっかく会えたのに話せなくなったんだよ。」

「目を見れば気持ちは通じる。」

「ヒュー、言うねー。」
「ヒュー、言うねー。」
パパと揃って笑ったら、サトーさんは「うるさい。」と両前足で助手席の私のヘッドレストを小突いた。
「いて。」

そうだ、思い出したぞ。
「…それよりあんた、さっき助けてくれた時、私の事を『大切な人』って言ったよね。…いっひっひ。」

「言ってないけど。」
とぼけてそっぽを向いた。毛で覆われているけど、まるで赤くなったように見える。

「いや言ったし。」
「言ってない!」
「言った!」
「死んでも言わない!」
「はあ?素直じゃない!」
メンツの張り合い。

「あんたたち、この状況分かってんの?」
ママに叱られ、二人ともしゅんと黙ってしまった。「見てみなさいよ」と差し出したスマホには、

“ しゃべる犬がもう一匹いた! “

“ ネオ・サピエンス研究機構、密かに開発か!? ”

” 謎のグループが誘拐、逃走中 ”

ヤバめなワードで、早速SNSにアップされてしまっていた。
しかもサトーさんが言葉を話してしまった瞬間の動画まで!
抗議デモの男たちに撮られてしまったらしい。どんどん拡散されている。
困った。多くの人にバレてしまった。

「どうしよう。」
「でもさ、AI犬ライカの第2号と勘違いされているね。バレてない。セーフ。」
と、サトーさんはタブレット端末をいじりながら涼しい顔。
「ほんのりアウトなんですけど。」

ドタバタでライカを助けたのまではいいが、行きがかり上、連れてきちゃった。ヘタすると誘拐罪…、いや、貴重な犬を盗んだ窃盗罪だ。もしかして警察にも探される?泥棒家族になっちゃう。
しかも、サトーさんがしゃべることまで広まった。
家に帰るか?…いや、ネオ・サピエンスの甘納藤カヌレCEOたちに住所もバレている…!?
やばい、やばい、やばい。
さあどうしよう?家族に流れる沈黙。トンネルの乾いたアスファルトを疾走する音が響く。

「詰んだ。」
「詰んだね。」
フロントガラスに顔をくっつけながらニヤニヤ運転するパパ。ピンチすぎてハイになってるのか。

「…連絡すべきよ。」

ママがつぶやいた。いつでも冷静で、正しい。確かにライカは、研究機構に残ると意志を示していた。

「そ、そうね。」
我に返った私がスマホを取り出そうとコートのポケットをまさぐった時、偶然にも、

”♬ワン、ワン、ワワン♪” 
着信音が鳴った。

見ると、「知らない番号だよ。」

一斉に目を合わせる。誰が出る?無言でアイコンタクトのパス回し。
サトーさん?ママ?パパ?私?…いやいやいやいや、やっぱりここは男でしょ。
せーので、皆がパパを見る。

「…ですよね。」
バックミラー越しに観念するパパ。

私がスマホをかざしながら、おそるおそる人差し指でスピーカーフォンにしてみる。
咳払いをし、パパがハンドルを手に背筋を伸ばして、「あ…、もしもし…」と言いかけたら、

「もしもし!」

小さなスマホから、動揺した甘納藤カヌレCEOの大声が飛び出した。

「わわわっ!」ハンドルが揺らぎ車が蛇行する。「パパ!気を付けて!」「ごめんごめん。」

「どこにいるんですか?」スマホからの質問に、なんて答えるか迷ったあげく、
「すみません!まだ車で走っています。すぐ…すぐ、近くなんですよ(ウソだけど)。ライカさんを預かってます。」

(預かってるって!?誘拐犯みたいな言い方になってる!)

(ごめん!)「あの…ライカさんをお預かりいたしており…、とてもお元気です。はい。なんかすみません。」妙な敬語になってる。

「それより一体どういうことなんですか?お宅のワンちゃんがしゃべるだなんて。詳しく事情を教えてください。どうも首を突っ込みすぎだと。あなたたちは何者なんですか?まさか同業?そういえば隣国でも研究を試みているっていう噂が…」

次から次へと湧いてくる好奇心を処理しきれないかのように、矢継ぎ早に攻めたてる。
だよね。そうだよね。うーん困った。

「いや、そんなつもりはなかったんですが。なんて説明すればいいのか…。要するに私たちもわかってないんです。」
パパが必死にとりつくろっても、
「そんな説明じゃ納得できません!」

「ライカさんは、今すぐにお返ししに参りますので…。」
パパは汗をかきかき、トンネルの出口を抜け、方向転換しようとウインカーをはじいた。

「…いえ、今は困ります。」

「は?」

” キキキキキーッ! “ 思わず急ブレーキ!
予想外の答えに、皆が顔を見合わせた。

「今は来られても困るんです。」

電話の向こうから、抗議の男たちとセキュリティーガードの揉める声が漏れ聞こえ、そこに甘納籐の悲痛な声が重なる。
「こちらも大変なことになっていまして。それどころじゃないんです。対応が終わるまで少し待ってください。」

待つって?それは困ります。
「ライカさんをお返ししないと。私たちが誘拐したことになってしま…」

「いいの。」

「は?」

「だったらライカには休暇を与えます。心身のダメージが積み重なったということで、一旦、表向きには実験を休止したと発表します。だから…、アッ!ちょっとやめなさい!そこは!」
ガシャーンと何かが壊れる音がしてプツッと電話が切れた。

しーん。静まり返った車内。

「お取込み中の…。」
「ようですね。」
「だね…。」

「ほらね。」サトーさんだけが余裕の顔。
私たち家族は、騒動から取り残されてしまった。
ライカもここの方が安全みたいだし。

「どうする?」
「家も危ないかもだし…」
「てか、ここどこ?」

黙ってしまった。
虎の門を行き交うタクシーたちの音と、ライカがあどけない表情で舌を垂らして息するハアハアという声が車内に響く。遠くで鳴る見知らぬパトカーのサイレンが不安をあおる。

と、サトーさんが変なことを言い出した。

「パパ、このまま首都高に乗れる?」

「そんな遠くまで逃げなくても…」
「3号渋谷線から東名に入って。」
後部座席から上半身を乗り出してナビを操作しようとするので、私は思わずさえぎった。
「んん?どこ行くのさ?」

「京都。」

「は?なんで?」
「冬の清水寺もいいもんだよ。」
「ふざけないで。」
「これ見て。」

くわえたタブレット端末。自慢げに肉球を器用にあやつって操作する。肉球でも生物の微弱な電流によってちゃんと液晶パネルが反応するのだそうだ。

サトーさんが私たちに見せたのは、ある写真。
かなり古い写真らしく白黒で、『2匹の犬の像』が写っている。



狛犬だ。一匹ははりりしく座って片前足で先を指す白い犬、もう一匹は伏せて警戒しているような黒い犬。後ろには鳥居らしき柱が見える。
ああ、いつかのおばあさんの犬神様の神社で見たぞ。

「これって、飴宮神社の狛犬だよね。」
「違うよ。別の場所だ。背景も時代も違う。昔どこかで撮られた写真だ。」

よく見ると、そっくりだか確かに違う。狛犬の後ろに石畳が続いているのだが、その先には田んぼと森林、そして遠くにぽつぽつと民家が見える。明らかに、神社の境内を撮ったものではない。
ここは一体どこなんだ?

「さっきあの時、帰り際にライカが耳打ちしたでしょ。教えてくれたんだ、僕にメールを送ったって。日本中の博物館や資料館にハッキングして、この写真のデータを見つけたって。」

「確かに同じ像。だけどどうしてこれが京都にあるって言えるの?」

「京都国立博物館の保管庫データに写真が所蔵されていたんだけど、記録によると像は京都市内のどこかにあるらしい。それに…。」

「それに?」

「僕を生んだお母さん犬が残してくれたあの記号さ。」神社の縁の下の柱に傷で刻まれていた例の印だ。「ライカが分解して検証してくれたパターンの一つを見つけて、もしかしたらって思ったんだ。」



「なに?なに?あのイカマークのことがわかったの?」

「僕の勘が当たっていたらね。」

「どういうこと?」

「秘密。まだ、確証はないから。でも、あの時、ライカは言ったんだ。『あなたの謎の答えはきっとそこにある』って。」

やぶれかぶれだ。
「よし!何にも用意してないけど、このまま行っちゃうか!」
パパがギアを入れながら、バックミラーでママと目を合わせた。
ママはあきらめたような笑みをチラリ見せてウンとうなずいた。
それを見て、私はちょっと嬉しくなった。

そうだ、京都行こう。




(つづく…)


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