いぬがしゃべりました ⑧【いつも一緒】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第8話>「いつも一緒」
とにかく私とサトーさんは、毎日楽しく過ごした。
『モモちゃん、モモちゃん。』
私にずっとくっついていつも一緒。
遊ぶ時は一緒に駆け回り、一緒に転ぶ。一緒に笑って、一緒に泣く。
ごはんを食べる時も一緒。
アイスのフタを舐めるのも一緒。
シロツメグサで紡いだ王冠を2人頭に載せるのも一緒。
扇風機に顔を向け「あー」と声を震わせるのも一緒。
シャワーは顔にかかるからちょっと苦手らしいけど、お風呂に入る時も一緒。
寝る時も一緒。よく絵本を読んでほしいとせがんだ。
ママに言わせると、お腹を出してあお向けにバンザイして寝てしまう姿も仲良く揃っているらしい。
成長がおそろしく早く、会話も人間の幼児くらい。かなり充分なコミュニケーションがとれるようになってきた。
これってフツーじゃないよね。やっぱり。普通の賢い犬ってレベルを超えちゃってる。もうとっくに。
この先サトーさんはどうなっていくんだろう。ちょっと怖くもあり、嬉しくもあった。
サトーさんは、やたら私たち家族のマネをしたがった。これも『幼児あるある』。
『サトーさんも。サトーさんも。いっしょにたべる。』
最初は床のお皿で食べていたけど、『これじゃない。』私たち家族のようにテーブルに並んで食べたいとゴネはじめた。確かにね。家族みんなの顔を見ながら食べたいよね。
試しに私の赤ちゃんのときのベビーチェアに座らせてみた。備え付けの小さなテーブルにドッグフードのお皿を乗せると、前脚で器用に皿をおさえて散らかしながらも食べた。あまりに汚すのでよだれかけをつけようとすると、『サトーさん、赤ちゃんじゃないもん!』と嫌がった。
プライドもあるんだな、いっちょ前に。
◆

「あ、サトーさん!大変!」ママが叫んだ。
見ると部屋の壁一面にクレヨンで落書きがいっぱい。
クレヨンを口で器用にくわえて、こすりつけるのが楽しかったようだ。ママと私にこっぴどく叱られて、耳をペタンと倒してすねたりした。
パパは空気を読まず面白がった。「桃々ちゃんが小さい時に描いた落書きはもっとすごかったよ。ママのお気に入りの服に描いた時は怒ったなあ。」
「うるさい。」
「紙にかくんだよ。」とサトーさんに教えたら、「うん。」と紙にグリグリなすりつけて、お絵描きを始めた。
最初はマルやただの線など意味不明だったけど、だんだん、人らしきものを描いては”桃々ちゃん”と言ったり、4本脚の動物らしき線画を描いては”サトーさん”と言った。
パパは「すごいなあ。脳内のイメージをちゃんと2次元に置き換えて表現しようとしている。しかも道具を使って。人間と同じ成長のプロセスだ。」と面白がってスマホのビデオ動画で撮る。
「でも、全部青色と黄色ばっかり。私のスカート、赤なのにグレーに塗られてる。」
「ああ、犬は赤が見えないんだ。」
「え?」
「犬は青色と黄色は分かるけど、赤はグレーに見えるらしい。」
なにそれ。
「かわいそう。きれいな花畑とか分からないんだね。」と残念がったら、
「でもさ、暗闇でも良く見えるし、人間に見えない紫外線が見えるっていう話もある。」ポジティブ天然のパパらしく、「もしかしたら犬から見た世界は、また違う形できれいなのかもよ。」
やがてサトーさんは文字を覚えたがった。
絵本に書いてある文字を指して、「おしえて、おしえて。」とうるさいので遊び半分に文字を教えてみた。「これは桃々ちゃんの”も”。これはサトーさんの”さ”だよ」と教えたら、すぐに自分で書けるようになった。
今は、あいうえおを順番に教えているけど、すごい早さで習得している。「覚えが早いなあ。」私の赤ちゃんのときより圧倒的に速いスピードだ、とパパは感心する。
サトーさんがたずねる。『「だ」ってどう書くの?』
「こう書くんだよ。これが『た』。んで、ここに点々って。」私は床に指でなぞって書く。
『「す」は?』
「こう。」
やがて一人で”うにゃうにゃ”やっていると思ったら、やがて、
『見て。』と得意そうに言う。
サトーさんがくわえて見せた画用紙には、クレヨンでかきなぐった女の子の画。黒くて長い髪。くねくね針金みたいな手足に黄色の三角スカートをはいている。
「これ…?」
『モモちゃんだよ。』
その下に、へたくそな字で書いてあった文字は…、
”ももちゃんだいすき”
くー、たまらん。
◆
朝、私がママと図書館に出かける時、
『サトーさんもいきたい。ガッコ、ガッコ。』
と玄関で私の足元に絡みつく。なぜだか「学校」へ行きたがる。私、行けないのに。
「学校じゃないよ 図書館だよ。」と訂正しても、
『ガッコいく、ガッコいく。』
行きたくて行きたくて飛び出そうとするから、ドアを開けられない。私は毎朝ドアの隙間から身体をすり抜けるように脱出する。
でも、ふと疑問が。
「ね、どこで覚えたの?学校。」
『のぴ太が行ってた。』あっけらかんと舌を垂らしてハアハア。
のぴ太?ああアニメね。
たくさんの友だちと机を並べて、文字や計算を習ってみたいのだと言う。それが私は今苦手なんだけどね。
仕方ないから、
「ママ、図書館連れてっちゃいけない?」
ちょっとの期待を込めて訊ねてみた。
「ダメでしょ。さすがに図書館はねぇ。サトーさんがしゃべったら八ツ橋さんひっくり返っちゃうわ。」と、大人の分別。
だよね。
幼少期より少し重くなったサトーさんを抱き上げて、
「ごめんね。いい子でお留守番しててね。」
『やだ、やだ』と泣いて胸元にすがる。
そんな私たちをママは微笑ましく眺めた。
「この子、桃々のことをお母さんかお姉さんだと思ってるのかもね。」
くー、たまらん。
◆
しゃべり方がまるで5歳の幼児のよう。
ちゃんと話せなくて、
『テベリ、テベリ』
とサトーさんが呪文のように叫んでいる。
「なに言ってんの?」と聞くと、
『テベリ見る。』
「テベリ?…ああ、テレビね。言えてないよ。好きなくせに。」
お気に入りは子供番組。歌ったり踊ったり一緒にした。アニメも好きだし、特に『ムーンケーキマン』が好き。まるで人間の幼児だ。
観終わったとたん、興奮してぬいぐるみたちを悪者に見立ててガブガブ噛んでやっつけはじめた。そういうとこは男子だなあ。
アクションに熱中しすぎるとサトーさんには狩りの本能が目覚めるらしい。『ねぇ、ねぇ』と咥えたアヒルのオモチャを私の手に押し付ける。投げて、というサインだ。仕方なく放り投げると、一目散に追いかけて、小さいけど鋭い歯で首をガブリと仕留め、激しく振り回す。
「狩猟本能だよ。獲物の体重を利用した遠心力で首の骨を脱臼させるんだ」パパは意地悪な笑顔で言う。
「もう、やめてよ。」
時々、サトーさんが野生の怖さを感じさせる時があってドキリとする。動物って不思議。誰にも教えられたわけじゃないのに、獲物の狩り方を知っている。
くわえて舞い戻ってきては、また「もっともっと」とせがんだ。アヒルのオモチャは野生の本能の餌食になってボロボロだ。
「こらこら、アヒルさんが可哀そうだよ。優しくしてあげてね。おねがい。」
そう言って注意したつもりなのに、サトーさんはふっと振り向き、キラキラした瞳で、
『ワルモノをやっつけたんだよ。ワルモノが来たら、ムーンケーキサトーマンが桃々ちゃん守ってあげる。』
なんだよぉ…、くーたまらん。
「ちゃんとテレビって言ってごらん。」
『テベリ。』
「ははは。じゃ、ポップコーンは?」
『ぽっくこーん。』
「違うよ、ポップコーン。」
『ぽっくこーん。』
ゆっくり口を大きく開けて見せて、
「ポップコーン。」
私の口を見ながら、『ぽっくこーん。』
うーん、ダメか。でもかわいい。愛らしい舌ったらずがたまらない。
じゃ、ゆっくり一音づつは?
「ポ」
『ぽ』
「ポップ」
『ぽっぷ』
「コーン」
『こーん』
そうそう、「ポップコーン」
『こっぷぽーん』
「んな!!!」
私がコケるのを、ママが笑った。
ママが、笑った…。
久しぶりに見た。私に心配させまいと時おり見せる「つくり笑顔」じゃなく、ママが心から笑った、その微笑。
私も嬉しくなって、「こっぷぽーん、こっぷぽーん」とはしゃいで見せた。
サトーさんが来てから私たち家族の何かが変わってきた。
ガチャガチャで転がり落ちたカプセルからオモチャが出てくるような、ささやかな幸せ。そんな小さな幸せが毎日少しずつ私たちを楽にしてくれている。
ソファに座ると、私にもたれかかるように背中をくっつけて体重を委ねてくる。
膝の上にちょんとアゴを乗せて私を見上げる姿。
見ていたら、無性に愛おしくなった。
学校に行かなくても、友だちが少なくても構わない。
サトーさんと過ごす日々。幸せだった。
一生続けばいいのに。
(つづく…)
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