いぬがしゃべりました ㉞【サトーさん捕まる】あと6話
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第34話>「サトーさん捕まる」
建付けの悪そうな古い窓から山々が見える。三方が山で囲まれた盆地の京都市街らしい。遠近感をとらえられずまるで手が届きそうだ。東京の私たちの住んでいるあたりでは見慣れない風景だ。
窓の横には点滴がぶら下がり、寝ている私の脈拍計ベルトを、看護師さんが外している。

ベッドの傍らにはあの2人のおじさんたち。丸椅子に静かに座っている。
私たちを執拗に追った上にサトーさんを捕らえた奴ら。背の高い痩せた男と、太った小柄な男だ。病室外の廊下にも、何人か様子をうかがう気配がする。
テーブルには2枚の名刺。パパとママは表情を固くして、男たちと向き合っている。
私が倒れてから、二日が明けた。
痩せた方のおじさんが猫なで声でささやく。
「桃々さん、お具合はいかがですかぁ?」
笑顔で妙に優しく懐柔しようとする。年の頃は40歳半ばだろうか、まるで蝋人形のようにつるんとした肌。シワ1つないダークグレースーツ。タレた細い目がずっと微笑んでいるように見える。整えられた髪に、左眉にぺろんと垂れ下がった前髪の束が気になるのか、何度もかきあげていた。

「ええ、まあ。」
寝たまま目を合わさず応える。信用できないから。
そんな中2のやさぐれ態度にも穏やかな笑顔を崩さず前髪をかき上げ、
「本当に良かったですねぇ。医師が驚いていましたよ。危ない状態を越えられたのは、倒れてすぐの応急処置が適切だったおかげですって。さすがサトーさん。」
やたら言葉は丁寧だが、『良かった』などとは微塵も思ってもいないのがよく伝わった。
私たちは、棚に置かれたサトーさんのキャリーバッグに目をやるが、姿はない。奴らに踏み込まれたあの日からだ。
「サトーさんは?サトーさんはどうしていますか?」
「いやあ、困りましたよ。黙秘を続けていらっしゃいます。サトーさん、全く話してくださらなくてね。東京の留置所で、ずっとこんな感じですよ。」
差し出したスマホには留置所の映像。ライブ中継らしい。
口枷と首輪で締め付けられた姿で、畳まれた布団の上に乗り、冷たく見下ろすカメラに向かって飛び跳ね、何かを訴えようとしている。
「サトーさん!」
「口を開けばずっと『桃々は無事か?家族はどうしてる?』ってそればっかり。食事にも手をつけてくださらなくてね。超熟成プレミアムドッグフード、お好きなはずなのに。手を焼いてます。」
サトーさん、私のことを…。
プツッ。画面が真っ黒に落ちた。もう充分だろうといわんばかりの退屈な表情で、「ここまでにしときましょう。」
「ひど…。」言いかけた私より、
「かわいそうじゃないですか!」「あなたたちにサトーさんを拘束する権利あるんですか!?」ママとパパの訴えが勢いを上回った。しかし、やせ男には全く響かない。
「あらら、おだやかに。申し訳ございませんね。やむを得ないんですよ。サトーさんは誘拐の主犯、そして人に嚙みついて逃亡した。」
「あれは、突き飛ばされた私を助けるために…。」
「危険な害獣ではないという確証もない。どんな病原菌を保有しているかもわからない。詳しく調べる必要があります。桃々さんが倒れなかったら、今頃あなたたちだって取り調べ漬けですよ。」一瞬、凄みのある目をしたが、「あら、ごめんなさいね。怖いこと言って。」笑いながら手元は鋭利な刃物を音もなく相手の腹に刺し込む、そんな人間像を思わせた。小心者のパパは少しひるみつつも、「ライカはどうなったんです?」
「彼女は、我々が責任をもってネオ・サピエンス研究機構にお返ししておきました。ああ、ご安心を。甘納藤CEOは、誘拐について訴えるつもりはないとおっしゃってくださっています。」
さて、と膝を揃えて、「本題に入らせていただきます。」と切り出した。
「あらためまして、私は内閣情報調査室で内閣情報分析官をしております、くずきり…葛切と申します。」前髪がぺろんと垂れる。「ま、要するに内閣の重要政策にかかわる情報収集と分析を行っているのですが、本件のような特定秘密の保護も担当しております。」
全然、わかんない。『要するに』になってないし。
「いやあ。驚きました。サトーさんの知能があんなに高いなんて。彼がSNSでアップしていた例の災害予測の書き込み、『Mr.シュクレマン』。素晴らしい的中率でした。」
「はあ。」
「世界でもトップレベルの我が機関の予測より早いくらい。でもね…、」
そのあとに続いたのは、私たちにとって意外な言葉だった。
「でもね、困るんですよねえ。」
「何が?何が困るの?」私の問いを受けてパパも、
「そうですよ、天災を早く国民に知らせる、サトーさんは世の中のためになることをしたまでですよ。」
「いやね、予知発表が早すぎると、地域のパニックを誘発する恐れがあるんですよ。もしも大震災が起こると分かっていたら、人々は逃げようとすべての交通機関はマヒし都市機能がストップする。防災車両や物資運搬の妨げとなってしまう。あるいは、災害を利用して、スーパーやコンビニを襲ったり、犯罪のチャンスと考える輩だって現れる。知らない方がいいこともあるんです。だから、余計なことをしないで頂きたいんですよね。」
「国民は何も知らないまま、危険な目に巻き込まれていいと言うんですか。」
「発表には適切なタイミングがあるっていうことです。」
「ちょっと待った。」太ったおじさんが割って入った。「ご家族の言うとおりじゃないか。災害の情報は国民に早く知らせるべきだ。今も太陽フレアの動きが活発になって危険な状態を迎えているかもしれない。一刻を争うんだ。だから…、」
葛切調査官が、甲に血管が浮き出るほどのか細く長い手で制する。
「余計なことを。『防災さん』はあまり出しゃばらないでもらえます?」
「なんだと?まだ話は終わってないだろ。国民に知らせるべきだと言っているんだ。どうせ政治家やお前ら官僚が先に逃げたいだけだろ。」口角泡を飛ばす。
「こちらは?」あまりの剣幕にパパが葛切に尋ねた。
太ったおじさんは、冬にもかかわらず汗だく。メガネをはずしてクシャクシャのハンカチで顔を円くぬぐい、くたびれたズボンのポケットに押し込んで、ペコリと頭を下げた。

「申し遅れました。私は、内閣府防災担当課長の、しらたま、白玉と申します。サトーさんの災害予知の精度は見たことのない素晴らしいものでした。私たちとしては彼の知見をご教示願いたく…。今迫っている危機について『Mr.シュクレ』の意見を聞きたくて、私、ずっと探しておりました。」
またハンカチでふきふき。
「こっちの話は終わってないんだよ。災害屋さん。大事な話があるんだから。」身内には口が悪い。
「災害屋とはなんだ!」
白玉災害担当課長は、不服そうにハンカチで首をぬぐった。
葛切は私たちに作り物のおだやかな笑顔を向け、「とにかくね、探すの大変だったんですよ。」
彼の説明によれば、調査チームがいくら調べても、サトーさんのネット投稿がどこから発信されているのか分からなかったという。いくつかの国のサーバーを点々としていたがために調べるのに時間を費やした。家を特定できたとしても、家族の誰が投稿主なのか、なかなか突き止められなかったという。
やがて尾行チームから、不思議な報告を受けた。神社の帰りに犬が言葉を話しているのを目撃した、というのだ。そこでとうとう飼い犬に疑念の目が向けられた。
以来、ネット通信やSNS投稿などをチェックし、ライカとやりとりしているサトーさんの会話も傍受されていた。
「驚きました。あの天災版パンクシーの正体が、まさかワンちゃんだったとは。」
私たち家族を追っていたのは、捕まえられなかったからではない。サトーさんの目的を調べるためにしばらく泳がせていたのだという。
「あの双子のご婦人方も口が堅くてね。しかも一人は『これでも弁護士どす。』とか暴れて、手を焼きましたよ。でも、押収した資料で、あのワンちゃんが特別だってことがよくわかりました。高い知能を持った犬がなぜ存在するのか?その解明と、国民の生活に引き起こす影響を早急に検証する必要があります。」
「サトーさんは誰にも迷惑をかけたりなんかしません。」
「ライカさんの例を見ても分かるでしょう。人間はね、自分たち以外の動物やAIが賢くなることを恐れているんですよ。生活を脅かすかもしれない。人間を超えるほど知能があった場合、生活圏を乗っ取られるんじゃないかと恐れる。」
「そんなことするわけないでしょう。」
「それは分かりませんよ。サトーさんだっていずれ権利を主張し、財産や土地の所有を要求するかもしれない。いずれにしても内閣情報調査室で引き取りますよ。すでにこの案件は私たちの手に移っている。国民安全の緊急性はこちらにある。」
「いやいや、緊急性においては災害こそではないか。」白玉は汗をふきふき食い下がる。「今まさに地殻変動が活発化しているんだ。一刻も早くサトーさんに意見を聞きたい。」
「もはや、権限はうちに移りました。いつもの辛気臭い業務に戻ってください。」
「なんだと!?そうやってすぐ目新しいモノに飛びついて横取りする、その体質こそ…」
身内の争いだ。あきれたママも「何をもめているんですか。」
「失礼。」「失礼。」
大の大人がママにたしなめられ、しゅんとする。
気を取り直し、葛切はネクタイの結び目を整えながら、ぺろんと垂れた前髪をかき上げた。
「とにかくです。私たちは、このままサトーさんを保護します。こちらにサインを。」
差し出されたタブレットに権利譲渡の書類をスクロールさせる。「ここね、指で直接署名できますから。」
大変だ。サトーさんをよこせだと?私たちの家族だぞ。
「何バカなことをおっしゃるんですか?サトーさんを返してください!」
毅然と姿勢を崩さないママ。
「そうはいきません。」
「サトーさんは家族です。」パパも対抗する。「いくら国でも、勝手に身柄を拘束することはできませんよね。」
「拘束?いいえ、危険物の押収です。サトーさんには人権がありません。あの知能犬が、国民の暮らしにどのような影響を与えるのか?まだ分かりません。災害大国の我が国の助けとなる存在かも知れないし、一方で、治安維持のため駆除すべき害獣となる可能性も否めない。皆さんご家族の安全のためなのです。ご理解ください。」
「駆除?害獣?サトーさんはウチに来てから今まで一度も誰にも迷惑をかけていません!言いがかりです!」
「じゃあ、ネオサピエンスからライカさんを誘拐した件は?」
「え…。」
「訴えはなくとも、検察は立件したがっています。私たちがおさめないと、あなた方一家全員、窃盗の罪に問われますが。なんならお父さんの駐車違反、サトーさんの噛みつき暴行、何でも理由にして超法規的に家まで差し押さえることだってできますよ。どうしようかなあ、私たちならおさめられるんだけどなあ。」前に乗り出し、細い目をもっと細くして、「ま、穏便に行きましょうよ。」
「うっ…。」痛いとこ突かれたし。
「あっはっは。ごめんなさいね。ことを荒立てるつもりはないんです。ただ、これは人類史上、重大な発見なんです。どのような事情でこんな犬が誕生したのか?発見した我が国として明らかにする責任があります。もろもろ結果が出たところで、駆除するのか?研究対象として管理するのか?検討したいと思います。と、いうことで、それまではすべてご内密に。ま、おわかりでしょうが。」
蝋人形のようなつるんとした顔で、口端を片方、ニヤリと釣り上げた。ダメだ。これは分が悪い。
さらにふぅっと一息置いて、意外な条件を切り出した。
「いやあ、大切なペットちゃんをお預かりするんです。タダでなんてねえ、言いませんよ。」
「は?」
「ご家族の負担もケアしなければですね。」
「ケア?なんのことです?」
パパもママも話が見えない。
「桃々さんのご病気です。承諾していただければ、治療についても我々が何かとお手伝いさせていただきます。親御さんも心配ですよね。先天性QP延長症候群の一種。治療法が見つかっていない新しい難病だとか。」
「それは……、」パパが私の顔をうかがう。
「東京の主治医が言ってましたよ。『致死的心室性不整脈を起こしそうです。このままだと、お兄さんの樽斗君のように心臓突然死を起こす可能性があると言わざるを得ない。』ってね。ね、時間がないでしょ?」
ママが「この子の前で…、」言いかけると、
「言う必要ないだろうが!!」パパがどなった。今まで見たことのない怒りであふれている。
知ってるよ。
私はタル兄ちゃんと同じ遺伝性の病気。東京で再検査して私の状態が良くないことを知らされたんだよね。昨日の夜、パパとママがこっそり話しているのも聞こえたし。
だけど私の病気のせいだとしても、2人が会話をしてくれることは嬉しい。
「桃々さんには、心臓病の権威である餡饅教授の国立病院をご紹介します。診察に行列ができて2年待ちですが。ふふっ、人気のラーメン屋以上です。でも我々の紹介があれば優先的に治療を受けられますよ。海外で手術するとなったら億はかかるそうじゃないですか。協力金は十分にご用意があります。」前髪がぺろんと落ち、ゆっくりかき上げた。
「えっ……?」
笑顔で手を差し伸べる。
「私たちも大切なワンちゃんとご家族を守りたいんです。国としても精一杯の支援をさせていただきますよ。真心をこめて。」
パパとママは二人とも明らかに動揺していた。
「……。」
見透かすように笑いかけ、ぺろんとした前髪をかき上げた。
「むむむ……。」
国家権力の甘い言葉にパパは心揺れたが、雑念を振り切るように、
「ふざけるな!帰ってください!」
2人を押し出して、威勢よく病室のドアを閉めた。

◆
あの会話から、パパとママはずっと黙りこんでいる。
頭の中は完全にある考えに支配されていた。私の身体のことを考えると、サトーさんを引き渡すしかない。親として、そう心が揺れていることが子どもながらに見てとれた。私に何か言いたそうで、言い出せない。そんな二人を見ていたらモヤモヤした。
だから私はベッドで上半身を起こした。
「家族会議するよ。」
「え?ああ、うん。」
我に返ったパパがイスを並べた。
「言いたいことあるんでしょ。」
ママは「あのね、桃々ちゃん…。」その先は言わない。
「なによ。ダメだよ。サトーさんを渡すなんて。」
「そうは言ってないんだけど…。」
「そうは言ってないけど、なに?」
無言のプレッシャー。私が「うん。」とOKするのを待っている空気が嫌だ。大人はずるい。
「ハッキリ言ってよ。」
「まあ、あれだ、まだなにも決めてるわけじゃないし。」
「その顔、心揺れてるじゃん。」
「揺れてないさ。」パパは穏やかに「勝手になんて決められないよ。」
本当に?私の気持ちを尊重するふりをしながらも、心の中では決めているんじゃないの。
だからあえて問いかけてみる。
「サトーさんは家族だよね。」
「もちろん家族だよ。」
「これがタル兄ちゃんでも同じことが言える?」
「!!」
「サトーさんは家族だとかなんとか言って、やっぱり犬は犬ってこと?」
「………。」
答えに窮する。その表情が答えだ。
「絶対にダメーーーーッ!!!!」
パパとママはため息をついて、顔を見合わせた。
私は認めない。
絶対にサトーさんを渡したくない。
(つづく) あと5話…
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