いぬがしゃべりました ㉝【サトーさんの正体】あと7話
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第33話>「サトーさんの正体」
「それでは僕の " 正体 " について、今から授業を始めます。」
サトーさんが、教卓の上にすっと飛び乗った。
彼の背後の黒板には、チョークをくわえて書いたであろう不器用な字で、
" なぜ犬がしゃべるのか? "
とタイトルがつづられていた。AI犬ライカはその傍らで見守るようにイスの上に座っている。
「ちょっと…。」私は手を挙げて、サトーさんに質問した。「これ、必要ある?」
なぜなら、机とイスが並んだ幼稚園の教室で、大の大人たちが、まるで生徒のように座ってサトー先生の話を聞いているのだから。園児用のイスは、パパもママも体がはみ出して窮屈そう。
「雰囲気出るでしょ。」サトーさんはおかまいなしだ。
「そうかなあ…。」
八ツ橋さんたちにいたっては、ピチピチのカーディガンどころじゃなく、お腹が机の上に乗って苦しそう。だけど、長年の真相を知りたくてたまらないようで、
「桃々はん、私らのことは大丈夫やさかい。気にせんと。それより早よ聞かせておくんなはれ。」
サトーさんは咳払いをして、黒板の文字を前足でトントン指した。
「どうして僕がしゃべるのか?僕は何者なのか?なぜ ” お犬さま “ と呼ばれるご先祖さまが生まれたのか?僕たちなりの答えが出たよ。意外とシンプルな理由だ。拍子抜けするほど。ね、ライカ。」
「ええ。仮説でしかないですが、こう考えるのが最も自然で合理的だと思います。」
ライカは耳の後ろの緑の小さなLEDを光らせながら、豊かな尻尾をゆっくり振った。
「ね、なになに?なんだったの?」
じれったくて前のめりになると、サトーさんは、得意そうに私を見下ろした。
「カンタンに言うと僕は…、」
「僕は…?」
「…フツーの犬だった。」
「は?」
ぽかんとしてしまった。こんなに大仰に振りかぶって、あまりに肩透かしな言葉だったから。「意味わかんない。フツーなんかじゃないでしょ?しゃべるんだし。」
「いや、普通の犬だ。ただ正確に言うと…」
口にくわえたチョークをカツカツ黒板になすりつける。大きく書いた文字は、
“ 進化 “
「し・ん・か?」
「そう、進化したんだ。」
「へ?どういうこと?」
「知ってる?例えばチンパンジー。DNAの96%が人間と同じと言われている。そんなに賢いはずのチンパンジーでも、太古の時代の祖先から実はそんなに進化していない。しかし、我々イヌは進化している。進化の伸び幅はチンパンジーと比較にならないほど劇的だ。その鍵はなんだと思う?」
「うーん、鼻が良……。」
「ブー。不正解。勉強しなおして。」
「チッ。なに?」
「それは…、『人間と暮らしてきた』から。」
「どういうことですのん?」
八ツ橋さんが生徒のように手を上げる。
「人類史上もっとも人間とコミュニケーションをとり、人間に依存し、人間に生活を変えられた動物は何か?それは、ネコでもなく、サルでもない。そう、イヌだ。」
「ほんとに?」
「その証拠に…」
ライカがひきとって解説する。
「氷河期末期の約1万2000年前の遺跡から女性と子犬が一緒に埋葬されているミイラが見つかっています。ヒトと暮らすイヌの起源は1万5000年前~3万3000年前とも考えられています。古代エジプトの壁画に『アビヌス』という犬の神が描かれているほどです。それくらい、人類の歴史に犬は古くから関わっているのです。」
ライカが首をピクッと傾けると、前のモニターにBluetoothで『古代エジプトの壁画』の映像が映し出された。神話に登場する犬の神『アビヌス』の姿が描かれている。褐色の肌に腰に剣を下げ、杖のような棒を手に持っているが、人間の体の上に乗っているその頭は…犬だ。

「あ、見たことあるかも。」
続いて、犬のような骨の標本の写真と想像図が映し出された。短い足と長い体毛が特徴的で、鋭い牙がのぞいている。
「これは?」
「野生のオオカミだよ。」
「こんな姿をしてたのね。」
ライカが優しくうなずいた。
「ええ。最初、イヌは野生のオオカミでした。食べ物の匂いに誘われて人間の集落にたどり着いたオオカミ。その中でも攻撃的ではない者が、人にとって狩猟や護衛、そして友だちといった役割を担いました。元々、群れで生活するオオカミ。だから人と暮らすことにも対応できたのです。人類最古のペットとして。」
映像には、数万年前の人間とイヌがともに生活をしている想像図が描かれている。エサを与えられ、農作業の畑を守り、一緒に子どもと遊んでいる。

「人間は手を使い、火を使い、集団で狩りをし、農耕を生み出し、社会を作りました。そのすべてを人間と寄り添って食住を享受してきたのがイヌ。まさしく『イエイヌ』と呼ばれる種類です。人間に家畜化され共に行動したため、犬はすさまじい進化を遂げてきました。」
「さあ、お楽しみはここからだ。」
サトーさんが、教卓からパパの机の上に勢いよく飛び降りた。
「犬の進化の秘密は3つある。1つ目は…、」
モニターに文字が出た。
” ① 脳の発達 ”
なんか、テレビの情報番組みたい。
「1つ目は、ヒトと生活することによる脳の発達。」
パパが手を挙げた。
「サトー先生、人間は二足歩行で手を使えるから、脳が発達したんだよね。犬は手が使えないけど、どうして?」
「いい質問だね。そう、なぜイヌは脳が発達したのか?それはホモサピエンス、人類と同じ大陸移動を行い、そして同じ食生活をしたからだ。」
「どういうこと?」
ライカが補足する。
「私たちイヌは、ヒトと同じ木の実や野菜、肉などを分け合って食べ、脳の成長に必要なタンパク質と炭水化物を効率よく摂取できたのです。学術誌『サイエンス』によると、ホモ・サピエンスの歴史で、長く一緒に大陸移動して同じ環境変化を共にしたため、イヌ科の遺伝子の一部はヒトの遺伝子パターンを模している、とイギリスの研究者によって実証されています。」
「よし次。」
サトーさんは、”ポン”とママの机の上に飛び移った。
「2つ目は、ヒトとのコミュニケ―ションによる認知能力の発達。」
モニターに、 ” ② 認知能力の発達 ” と文字が表示される。
「ここでクイズ。犬はよく飼い主の顔を見る。なぜでしょう?」
かわいいチワワのカメラ目線の写真が映し出された。こっちを見ている。うるうるした瞳。心奪われそう。
「どうして?家族が好きだから?」ママが尋ねる。
「家族への愛情、それもある。でも、もうひとつある。」
「もうひとつ?」
「生きるためさ。イヌは、飼い主の顔を見て何を思っているのか、知ろうとしている。もっと言うと、何を望んでいるのか判断するんだ。飼い主が喜んだり、餌をくれることを理解して、動物は飼い主の微妙な表情の変化や反応を実によく見て行動を変えている。愛情よりもっと本能的なものだ。」
「そのとおりです。」ライカがうなずいた。「イヌは家畜化の過程で、人間に従順で心を理解することが、人間に好かれ、繁殖していく大切な要素だったのです。家族のように人間の思考を読む者が生き残り、そうでない者は淘汰されてきました。」
「人に好かれないと生きていけないってこと?」そんなの私は信じたくない。
サトーさんは残念そうにうなずいた。「残念だけどね。近ごろは、もっとサイクルが激しい。無計画に繁殖させられ、ペットショップで売れ残ったり、大きくなって可愛くなくなったら捨てられて殺処分。人間に愛される犬の遺伝子だけが残っていく。そりゃ、本能的に人間の顔色をうかがうようになるよね。」
「なんだか、かわいそうね。」チワワの写真を眺めながら、寂しそうにママがつぶやく。愛らしければ愛らしいほど、その悲しみが際立つようだ。
「想像してごらん。もしも桃々ちゃんたち人間が何者か別の生物に飼われていて、賢くしないとごはんが食べられず次々殺されていく歴史だったら…。必死で支配者の意図を理解するため、感性を磨くよね。それが何万年も続いたら?」
「ま、まあ…。」
「これでわかるでしょ。犬たちは何万年もの人間とのコミュニケーションを通じて、誰にも知られず密かに、知能の発達に必要な『認知能力』を獲得したんだ。脳が記憶し、論理的に考え、注意を払い、考え、読み、学習する能力。」
ライカとうなずき合って、
「よいしょっ。」
今度は、私の机に飛び移った。
「そして最後に3つめ。これが最も大きな理由。
ヒトによる過剰な品種改良。」
モニターに “ 過剰な品種改良 ” と出る。
「これほどまでに品種改良された動物は犬だけだ。猫の比ではない。たとえば、ダックスフントはアナグマなど小動物の巣に入れる猟犬として手足を短くされ、ブルドッグは闘犬として雄牛に噛みつきやすいように鼻が低く品種改良された。人間は、自分たちの言うことを聞いて狩猟や番犬の役に立ち、愛される見た目も含む、新しい犬種をどんどん開発しつづけてきた。」
画面に、さまざまな種類の犬の写真が映し出される。
プードル
シェパード
ブルドッグ
ビーグル
ゴールデンレトリバー
ダックスフント
ヨークシャテリア
アフガンハウンド
ポメラニアン
コリー
シベリアンハスキー
柴犬
土佐犬
ボクサー
マルチーズ
パグ
スピッツ
ダルメシアン
ドーベルマン
・
・
・
大きい犬、小さい犬、細長い犬、丸い犬、狩猟のために開発されたであろう犬、愛玩物として徹底的に可愛く品種改良された犬の写真が映し出される…。
次々、16画面が36画面に、さらに64画面…へと無限に細かく増えていく。
「こんなにたくさん…?」
「ほんの一部さ。まだまだいる。世界中、数えきれないほどね。すべて人間の都合だ。永年にわたって、無理な遺伝子の組み換えと交配を繰り返しているうち、遺伝子異常が潜在的にすべての犬に潜んでいた。それが何千年もかけて突然表出。突然変異として生まれたんだ。」
「ええ、それが究極に表出したのが、サトーさんを筆頭とする『お犬さま』と呼ばれる血筋です。」
「そもそも僕たち東アジアの犬の祖先は非常に複雑だ。最も原始的な犬種のひとつと呼ばれるニューギニアンシン・ギング・ドッグや、オーストラリアのディンゴとかかわりを持ち、欧州やロシアのステップ高原からやってきたものもいる。大陸移動の終着点だよ。こっそり僕自身の遺伝子検査をしたことがあるんだけど、世界中のさまざまなエリアのさまざまな犬種のゲノムが検出された。実に面白い結果だったよ。」
『お犬さま』の血筋において、遺伝子の突然変異は、数十年おきに現れたという。
時には、脳や神経回路が発達したイヌ。
時には、舌や頬の筋肉が柔軟なイヌ。
また時には、喉の腫瘍が変異して気管の構造に奇形が現れたイヌ。
『お犬さま』は、代々その遺伝子を受け継いできた。

「最後は江戸時代オランダからやってきた " 倭布留 " の血も、ちょこんとトッピングのように父である宇井郎によって加わった。…それが、僕だ。」
「サトーさんは、言わば『ギフテッド』です。数万年の犬の歴史で積み上げられた遺伝子異常がすべて組み合わさって覚醒した突然変異なんです。」
サトーさんは、みんなの机の上を池の飛び石のように順々に渡っていく。
「そうだね。体の奥底に眠っていた遺伝子が僕の中で目を覚ましたんだ。発達した大きな脳は、高度な思考力と言語中枢を生み、口を自在に動かす繊細な神経回路と柔軟な舌や頬の筋肉。そして気管の構造の奇形も加わってしゃべる能力を獲得した…。」
そして、「これらを一言で言うと…、よいしょっ。」と最後に教卓に戻り、
「『進化した。』と言える。」
「じゃ、サトーさんは、犬神様の神通力でもなく、誰かの生まれ変わりでも、星からやってきたのでもなかったの?」
ライカが優しく答える。
「自然の摂理なのです。サトーさんは地球に選ばれたのです。」
「そうさ。僕は生まれるべくして生まれた。3万年かけて自然界に認められた正統な進化をとげた『新種犬』なんだ。ダーウィンもびっくりさ。知恵のある犬、学名『カニス・サピエンス・ファミリアリス』の完成だ。…ま、僕は見た目は愛玩犬としては失敗作だけどね。」と笑った。
「人間以外に、こんなことがあるなんて。」
私は信じられなかった。
サトーさんは姿勢を正して向き直り、「八ツ橋さん。」と、神妙な表情で2人を呼んだ。
「ふえっ?」
「八ツ橋さん、そしてお二人のご先祖さまのおかげです。さぞご苦労もあったと思います。長年にわたって僕たちを、母を、代々のお犬さまを守ってくれて、本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
八ツ橋姉妹の脳裏には、子どものころから犬たちの世話をして秘密を守りつづけてきた記憶が思い返された。仲の良い友達にさえ秘密にしなくてはならなかった生活。両親、祖父母、親戚たち、遺志をつないだご先祖様たちの思い…。
「おおお…。」
ハンカチで顔を覆う。『お犬さま』の正統な後継者に感謝を告げられたのだから無理もない。長年の一族の努力がすべて報われた気がした。
窮屈なイスと机に挟まりながら肩を寄せ抱き合って涙し、おもむろに立ち上がったかと思うと、教壇のサトーさんの顔をガツッとつかんでクニュクニュ撫で始めた。
「おおきに。おおきに。おおきにえ…。」
サトーさんはクニュクニュされながら、「もう僕は堂々と胸を張って生きていていいんだ。コソコソ隠れなくていい。誰にも非難されない……。」
「サトーさん、感動してるの?」
「う、ううん。そんなことない。」
顔を歪めながらヤセ我慢。よかった。カッコつけてるけど、嬉しかったんだね。
小さかった頃のサトーさんを思い出した。『体のしくみ図鑑』を見て、人間じゃないと気づいた日。自分は何者なのかと、ずっと悩んできた思春期。大人になってからもずっと勉強し、自分自身に問い続けてきた日々…。
私たち家族もよく知っている。だから、みんな嬉しかった。
サトーさんは、パパママに、
「パパ、ママ、ありがとう。」
「こちらこそ。」
「よかったわね。」
そして、私の顔を見て、
「桃々ちゃん…うん、あれだ………あの、ありがとな。」照れ交じりでぶっきらぼうに言う。
不意打ちだったから、「お、おお。」とぶっきらぼうに答えるしかなかった。胸がじんとした。
そんな時、
ライカがすまなそうに様子をうかがう。
「あの……こんな時に申し上げにくいのですが…。」
サトーさんは気づかず、
「ライカ、君がいてくれたからだ。本当にありがとう。」
「実はそろそろ私、失礼しなければなりません。」
と静かに床に降りた。
「え?」
私たちは驚いて、ライカの顔を覗き込んだ。「どうして?」
「私は普通の犬に戻ります。お世話になったサトーさんにやっと恩返しができたのです。思い残すことはありません。さっき脳内のマイクロプロセッサに機能消滅のタイマーをかけました。」
「ライカ…。」
「どうなっちゃうの?」
「AIから切断されます。完全に。もう二度と元へは戻れません。」
「どうして…。」
「自分の意思で自分を解放するのです。自由で誰からも責められることのない人生を手に入れるのです。だから…、今夜、日が変わる午前0時に、私は普通のイヌに戻ります。」解き放たれた穏やかな表情だ。
「0時!?」
時計の針は、夜中の11時57分を指している。
「あと、数分じゃん。ね、このままじゃダメなの?」と尋ねても、
「それしか方法はありません。まもなく東京のエンジニアスタッフが、ここを特定してしまいます。」
「…決めたんだね。」
サトーさんはライカの覚悟を予想していたようだ。落ち着いた様子で教壇から降りた。
「ちょっと、あんたこれでいいの?なんか言いなさいよ。」
肩を揺すったが、目も見てくれない。
「………。」
確かにそうだ。
このままコンピュータとつながれているとライカの脳組織が先にやられてしまう。しゃべるAI犬のままで東京に戻っても敵だらけだし。
わかってるよ。わかってる。でもさ、やりきれないじゃん。サトーさんはライカと話せてあんなに喜んでたから。
「私がこんな楽しい時間を過ごせたのも、あなたたちが助けに来てくれたおかげです。本当にありがとう。」
やるせない私たち家族に、なぐさめるように礼の言葉を贈ってくれた。
やがてなにかを伝えたげな眼差しをもって、サトーさんの方へ向き直った。
「サトーさん。私のようにならないで。あなたはAI犬とは違う。誰かが作ったものではない。あなたはあなた自身。自由がある。どうか、思うままに生き方を決めてください。『進化』だなんて、そんな尊い理由があって、あなたはここに存在するのだから。」
「ライカ……。」
「いつも私の不安を聞いてくれて、あなたは優しかった。心の支えになってくれました。ありがとう。」ふうっと安心するように息を吐いて、
「…ああ、よかった、ちゃんと言えて。」
何も言わずに別れてしまうところだったから。
「あなたと一緒に過ごせたならどんなに幸せだったでしょう。サーモンのお寿司、食べられなかったのだけ、心残りだわ。ふふ。」と寂しくおどけた。
あと、十数秒…。
「さようなら。桃々さんと仲よくね。」
「ライカ、ありがとう。」
ライカは何も言わず微笑みながら目を閉じると、涙の粒が美しい毛並みのほほを伝った。
黒い大きな体がぶるっと震え、全身の毛が逆立った。耳の横のライトが吸い込まれるようにゆっくりと消えていった。
毛が落ち着き、再び目を開いたときには、すっかり犬っぽくなった仕草で、教室の床の匂いを嗅ぎ始めていた。
「ライカ?」と呼んでみたら、「ワン」と吠えて、私の手をなめた。
◆
" キキキーッ!! "
夜の沈黙を破って、突然、近所の犬たちが一斉に騒がしく吠え出した。
数台の車の振動。急なハンドルで土道にタイヤをこする音が轟く。
八ツ橋さんの笑顔が消えた。落ち着きつつも鋭い眼光でため息をつく。
「あらま、いらん客でも来はったかいな。」

急いでカーテンの隙間からのぞくと、まぶしいヘッドライトの大群が、静かな村を疾走する。
黒いワンボックス車。私たちをつけていた、あの「わ」ナンバーだ。
後続に、まるで自衛隊のようなカーキ色のトラック。荷台に軍のような装備の見知らぬ男たちが大勢乗っている。
よく見ると一番前には彼らを先導するように自転車でフラフラと漕ぐ警察官が「こちらです~。」と叫んでいる。
「あんたら、裏口から出て!神社の裏から山道に戻りなはれ。」
私たち家族は、人目につかぬよう勝手口のドアを音を立てずに開く。玄関の方から、八ツ橋姉が誰かと対峙する声が遠く聞こえた。
「あらー、加糖巡査さんやん、どないしはったん?向かいのおばあちゃん、また階段から落ちはったんか?」
「いやー、そやのうてね。東京の家族連れがこの村へ来てはりませんか?犬を2匹連れとるらしいんですわ。」
「なにがあったんですのん?」
「いやね、ちょっと話を聞きたいっちゅうお方が来てはってね。」
やばい、やばい、私たち犯罪者!?完全に探されてるじゃん。てか、誰?
とにかく逃げなければ。案内する八ツ橋妹の背中を頼りに、私たち家族とサトーさん、ライカは、庭を抜けて神社本殿の裏山を目指した。
「そこから山道へ抜けなはれ。」
本殿の裏道への抜け道が月明かりに浮かび上がっている。
その時だ。
聞き馴染みのない何者かの声に呼び止められた。
「あらぁ、どちらへお出かけですか?」
不意打ちに思わず足がすくむ。
行く手を阻んで見知らぬ男が2人、私たちの目の前に立ちはだかる。山中には似つわしくないスーツ姿。ライトの逆光に映し出されたシルエットは、痩せた背の高い男と太った小さな男。痩男が妙に慇懃無礼なうすら笑いを浮かべているのが白い歯でわかった。
八ツ橋さんは私たち家族を守るように盾となって、
「どうもこんにちは。ちょっとお見送りに。ねえ。」
私たちの方を振り向き、見たことのない鋭い目を配らせ、唇の動きで『行きなはれ』と指示した。
パパは、ビビりながらも私たちを守るように背後に回し、咳払いにとびっきりの笑顔で、男たちに話しかけた。
「えーっと、金閣寺道って、こっちで合ってましたかねぇ。」
パパ、大丈夫?調子に乗ってトボケすぎじゃない?
「ああ、道をお間違えのようですね。麓の方から回られた方がいいですよ。」
優しい笑顔で指をさす。
「あっ、そうかもー。ありがとうございました。では。」
私もママも続くしかない。
「では。」
「では。ありがとうございました。おほほほ。」
と間をすり抜けようとすると、
「道をお探しなら…、そこの頭脳明晰な彼にお尋ねになってみては?」
男が冷たい眼差しを向け、言った。
「ね、サトーさん。」
サトーさん思わず、
「どうも……。えっ?」
どきっ!しゃべってもうた。あかん、終了。
突然!天を割くように
”キャン!!キャン!!”
サトーさんとライカの悲鳴のような鳴き声が轟いた。
振り向いた時には、大きな網の中で2匹がもがき苦しんでいる姿が飛び込む。
暴れるほど、頑丈で伸縮性のある繊維が身体に痛々しく食い込んでいく。
爆弾処理スーツのような犬の訓練防護服に身を包んだ数人の男たちが捕獲ネットをかぶせたのだ。
「はいはい、おとなしくしてくださいね。暴れると痛いですよ。」
「やめろ!あんたら何者だ!?」
「ちょっと何するの!?やめてください!!」
パパは警察官に抑えられ、
ママと私が男たちに掴みかかったが屈強な腕に犬咬傷防止カバーが巻き付いており、私たちのか細い腕ではどうしようもなかった。
「お願い!やめて!うちの家族なんです!やめて!痛がってるじゃないですか!やめて!サトーさん!ライカ!」
叫んだ途端、頭がくらくらして、めまいが私を襲った。
強い風が吹いて木々が騒がしく揺れた。
夜空に震える黒い葉っぱたちのシルエットが暗くぼやけてきて、私の身体が大きく弧を描いて雑草だらけの地面に叩きつけられる感触が分かった。
「桃々!?大丈夫か!?」
パパが駆け寄った気配を頬に感じた。肩を叩くけど、声しか聞こえない。
「パパ!ダメだっ!!!」ネットの中のサトーさんが叫んだ!
「おお、しゃべった!本物だ!」男たちは喜びの声をあげた。
気にも留めず、網の中のサトーさんが叫び続ける。
「パパ、身体を揺すらないで!ママ、桃々ちゃんに大きな声で名前を呼びかけ続けて!八ツ橋さん!ここにAEDはありますか!?」
「あ、はい!幼稚園に!とってきまっさ!」
私は「ダメ、サトーさんしゃべっちゃダメ。」と叫ぼうとしたが声が出ない。
「あなたたち!誰か知らないけど、そう、そこの人!救急車も呼んでください!パパ、桃々ちゃんの気道確保だ!額に手をあて、それから……」
サトーさんの声が遠くなっていく。
そこからは覚えていない。
(つづく) あと6話…
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