いぬがしゃべりました ㉜【答えを探す】あと8話
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第32話>「答えを探す」
今夜、私たち家族は八ツ橋さんのお家でお世話になることになった。
やっと一息。京都旅行らしいゆったりとした時間が訪れた。
家族で記念撮影をしてみた。こんな何気ないあたりまえのことさえ何年振りだろう。
「夕食の時間だよ。」
ライカを連れて職員室をのぞいたら、小さな明かりだけを灯し、たくさんの資料を広げて、サトーさんが一人で考えている。
『なぜ犬がしゃべれるのか?』その問いに答えるためだ。
…どうやって秘密を解き明かせばいいのだろう…
散らかった資料に背を向け、窓の外を眺めて彼は考える。山の日没は早く、すっかり星空が広がっていた。冬の寒さで空気が澄んでいるからか、とても美しかった。

「手伝おっか。」
「ん?」
呼びかけたら、サトーさんは振り向いたけど、考え込んでいるときの顔だ。どうも心ここにあらず。
だけど私はいつでもあんたの味方。肉球の手の届かない資料を取ったり、ページをめくってあげるから。
「私、一緒に考えてあげるよ。」
「あ、ああ…ありがと。お気持ちだけ…。」
せっかくの申し出にも、話半分な反応。
いつもだ。私は頼りにされていない。
「はいはい、どうせ戦力外ですよ。」
その時ライカが、すうっと音もなく近づき、悩める知能犬の傍らにちょこんと座った。
彼女はじっと無垢な瞳を向ける。視線に気づいたサトーさんは、すがるようにつぶやいた。
「ライカ、君だったら、なんて言うだろうか?どんな考察をするだろうか?」
…もちろん今はもう、あの時の彼女ではない。
コンピュータAIとの接続を自ら絶ち、普通の犬に戻ってしまった。心通わせた日々なんて、もう覚えていないのかもしれない…。
そんな憂いを感じたのか、ライカは頭をサトーさんの肩にグイっと押し付けた。その力になにか意志のようなものを感じさせながら。
「どうしたの?」
彼女は理解していないはず。
でもサトーさんが困っている…本能的にそう感じて、何かを伝えようとしてくれている。
おもむろにライカは後ろ足で頭を掻いて見せた。
「え?」
もう一度、掻いた。そして頭を見せようとする。
耳の後ろには、小さな豆つぶ大の小さなLEDライトが消えている。
瞳で優しく何かを伝えようとするように。
「ライト…?」
サトーさんは半信半疑で、問いかけた。
「まさか、もう一度、AIコンピュータにつないでくれって?」
“ ワン “
ライカは柔らかな尻尾を大きく振った。
「いや、でも…」
心が揺れた。無理もない。
Wi-Fiにつなぎさえすればライカとまた話せる。犬が話す謎について、彼女は何と言うだろうか。聞いてみたい。
しかし、ここの場所がバレてしまう恐れがある。なによりまたライカの脳に負担をかけることになる。サトーさんは大きくため息をついて、首を横に振った。
「いや、ダメだよ。僕にはできない。」
その時だ。
私は、この暗い部屋で今、ぼんやり壁に緑の光が映って点滅しているのに気づいた。
「サトーさん、見て。」
ライカの耳だ。根元のLEDライトが小さく点滅している。
サトーさんを見つめる表情がみるみる変わっていく。
「これは、どういう…?」
点滅が小刻みに瞬きだして、目を見開き声を絞り出す。
『ウァ、うぁ…。』
とたんに生気を帯びた表情になっていく。ライカはアゴをあくびのように大きく開け、試すようにパクパク動かす。全身の毛が逆だって、突然、ライトが輝きを放つ。
『うぁ…うぁ…、』
ブルブルブルブルッと何かを振り払うように、激しく身を震わせて、声を上げた。
「ふぁあ…やっと、しゃべれました。」
「うわっ!」「えっ!!」
ライカがしゃべった!
「な、なんで?」
「こっ、こっ、…こん…ばんは。ああ、まだ舌が回らない。…サトーさん、驚かせてすみません。24時間後、AIに自動再接続するタイマーをセットしていたんです。昨晩逃げるときに。」
まさしく知性をまとった表情。あの時の顔だ。
「でも居場所がバレてしまう…。」
「安心してください。ついでにGPSシステムも破壊しておきました。」
「ライカ、君の脳の負担が…。」
サトーさんは心配の色を隠せない。
「ちょ、あんた、そんなこと言ってっけど、思いっきり尻尾振ってるし。」
シリアスな表情とは裏腹に、ちぎれんばかりにブルブル振り回している。嬉しくて仕方がないのがバレバレ。
「うるさいな。」
ライカも尻尾を振って嬉しそう。
「少しの時間です。東京のエンジニアスタッフが私の居場所を特定しようと試みるでしょう。だから、そんなに長くは持ちませんけど。それでよろしければ、数時間少しだけ、お付き合いさせてください。」
安心した表情で、「…ありがとう。僕と一緒に考えてくれるかな。」
「もちろん。喜んで。」屈託ない笑みをこぼし、「犬だった私がさっきまで見聞きした記憶は、脳内組織にかすかに残っているはずです。東京のマスターコンピュータで記憶を取り戻すまで少々お待ちを。すぐに追いつきますね。」
「うん。わかった。」そう言いながらちょっと考えて振り向いた彼が、はにかみながら言った。
「あ、桃々ちゃんも。」
ふいに呼ばれて、「え?」
「資料の閲覧、手伝ってくれるかな。手が届かなくてさ。」
ちょっと気恥ずかしそう。頼ってくれた。初めてだ。嬉しくなって思わず胸がほんわかした。
「パパとママも手伝うよ。」
後ろからの声で気が付くと、2人が笑顔でドアから顔をのぞかせていた。「パパはここで食べられるもの持ってくるね。」「寒いでしょ。ママはストーブ持ってくるわ。」
「私らも忘れんとってや。」八ツ橋さんたちも後ろから顔をのぞかせた。「これまでの歴史、なんでもこたえまっせ。」
「みんな…。」サトーさんはブルブルっと身体を震わせた。「さあ、始めようか。」
うす暗い部屋の静寂の中、2人の犬はささやくように話し始めた。
「まずは、歴代のお犬さまの言動からアルゴリズムを導き出して、考えうる可能性を検証していこう。」
「それじゃ私は、世界中の学術論文から他にも似た事例がないか、もう一度洗いなおしますね。」
どうして犬がしゃべれるようになったのか?
窓を見ながら並んで座り、ひたすら議論を重ねた。
少し離れて見守る私たち家族からは、小さな研究者たちが、それはそれは楽しそうに見えた。
もしかしたら…、もしかしたらだけど、サトーさんはライカにお母さんの面影を重ねていたのかもしれない。ついぞ会うことのない母。こんな話を一緒に交わしたかったのかも。同じしゃべる犬、ライカに母の温もりを求めていたのかもしれない。
嫉妬していた自分が恥ずかしくなった。
青白い月明かりが窓からしのび寄って、2人の犬をやさしく照らす。
いつまでも、いつまでも、話し合った。
◆

パパが職員室のドアの隙間から手招きする。
「桃々。桃々にも聞いていてほしい。今、こんな時に話すことじゃないけど。」
「なになに。こわいこわい。」抜け出して廊下をついていく。
「サトーさんが人生に決着をつけようとする姿を見て思ったんだ。パパもケリをつけなきゃいけないことがある。」
背中を見せた。何か思うところがあるらしい。黙ってついていくと、幼稚園の倉庫の裸電球に照らされて、ママがストーブを探している後ろ姿があった。
「パパとママのこと、桃々に気を遣わせてごめんね。」
私の耳にこそっと言い残して、ママに近づく。
「千巻。今までごめん。ちゃんと謝らせてほしい。」
思わぬ言葉にママの手が止まった。だけど背は向けたまま。
パパは緊張でデニムの腿をさすりながら、
「ずっと過去のことを後悔してきた。樽斗が病気で亡くなったとき、あまりに辛すぎておかしくなっていた。家にいると変になりそうで、ずっと仕事のせいにして、千巻にすべて任せっきりにしてしまっていた。つらい思いは同じなのに。本当に申し訳ない。」頭を下げた。
しかし目もくれず黙ってストーブを引っ張り出し、カチャカチャと電源スイッチを確かめている。パパは頭がつきそうなくらい床ををじっと眺めたままで、
「近ごろは話をしてくれるようになって、嬉しかった。本当に嬉しかった。ありがとう。だけど、このままなし崩しにしてはいけないと思ったんだ。過ちを償うことはできないし、許してもらえるとも思っていない。ましてや無かったことになんてできるわけない。だけど、はっきり謝っておきたかった。けじめをつけるべきだと思ったんだ。これからは、家族にちゃんと向き合う。桃々の病気にもちゃんと向き合う。約束する。こうやって桃々にも一緒に聞いてもらいたかった。本当にごめんなさい。」
「………。」
まるで聞こえないように、何も答えない。
「ママ…。」私はどう声をかけていいか分からなかった。
そうだよね。パパはパパなりの誠意を見せたんだろうけど、あの時のママの孤独を考えたら、そんな簡単じゃないのかも。ママも長い時間をかけて心の奥にしまい込もうと努力してたのに、今さら記憶を呼び起こされても迷惑かもしれない。
ママはぼんやり灯り始めたヒーターの赤い光に頬を染めながら、ふうっと息をついて、
「もう少しだけ待って。もう少しだけ時間をくれればいいから。…さっ、この話はおしまい。」
よいしょと立ち上がって大きく伸びをした。
「千巻…。うん、ありがとう。ごめん。ごめん…。」
パパは何度も頭を下げていた。

◆
“ ガラガラッ “
うとうとしかけた私たち家族は、サトーさんが扉を開く音で我に返った。
ちょっと休憩のつもりだったのに、うっかり居眠りしてしまった。とりつくろう私たちなんておかまいなく、サトーさんは言う。
「分かったよ。」
「なにが?」
” 寝てなかったよアピール “ で目を2倍に開きながら尋ねると、
「答えが。」
「え?なになになになに?」
「パパとママ、八ツ橋さんも一緒に。さあ、こっちへ。」
そう言いつつ、ライカと廊下を出て行きながら振り向いた。
「今から話すね。僕の正体を。」
(つづく) あと7話…
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